16 / 139
本編
15:気になるあのお方
しおりを挟む
それから二人は地道な下積みの日々を過ごした。ノルがこの付近が怪しいと言えば調べるのを手伝い、口論する。
何日共に過ごそうが、ノルのぬいに対する態度はあまり変わらなかった。
おまけに帰る場所は同じところである。今日も微妙な雰囲気の中、宿舎に向かっていると、珍しく遠くの方に神官らしき人物が見えた。
ぬいは最初ミレナかと期待したが、近づくにつれどう見てもそれは男性であり、枢機卿であることが分かった。
「堕神と会うとは……しかも、なぜ甥がここに居る」
「叔父上こそ、堕神と知合いですか?」
どこか面影があるとは気づいていたが、血縁とは予測していなかった。厄介ごとを感じたぬいは、じりじり後退するが部屋はまだ遠い。
「フン……誰が知り合いか、他人だ。あまりここを出歩いてもらっては困る」
「まったくもって、同感です。神官たちもさぞ居心地が悪いでしょう」
ノルが頷く。ぬいはムッとするが、それと同時に疑問に思った。
「二人ともわたしのことを堕神呼ばわりするけど、それの何がいけないっていうの?」
「存在そのものがだ。堕落した神。我々の信仰を阻害する。だというのに、教皇さまはおまえたちに肩入れする。不愉快極まりない」
ぬいは自分が元神であるという自覚は全くない。だが、少しだけ腑に落ちた。
自分たちが信仰しているはずの存在が表に出てきては、多少なりとも揺らいでしまうのは当然である。
「要はヴァーツラフのことを敬愛してるんだね」
一人納得すると、部屋に戻っていった。枢機卿の罵倒をものともせず、かわしたぬいを、ノルはただ見つめていた。
◇
部屋に戻り、しばらくゆっくりしているとミレナがやってきた。浄化のことを心配されたが、ぬいは特に不満をもらすことはなかった。
そしていつも通り、勇者さま話がはじまる。ぬいはただ黙って聞いていたが、唐突に質問を投げかけられる。
「ヌイさまには、どなたか気になるかたがいらっしゃるのでしょうか?」
急に振られた話に、ぬいはすぐに反応することができなかった。いつもであれば、彼女が一方的に話し続け、それを聞くだけだからだ。
「何かあったの?」
そう推測できる程度に、ミレナとの付き合いは長くなってきている。
「う……その……いつものことなんですけど、勇者さまが他の女性と歩いていまして。本当にあのお方は人気があるんです、もしかしたらヌイさまもと……」
後半になるにつれ、ミレナの表情が暗くなり下を向くと服をいじりはじめる。
「まだ会ってもいないんだから、嫉妬しないの」
ぬいがそっとたしなめると、ミレナは申し訳なさそうに顔を上げた。
「ごっ、ごめんなさい……我らが神たちよ、どうかこの傲慢をお許しください」
手を組んで祈りを捧げる。
「そう心配しなくても、大丈夫だよ。わたしそういう皆の人気者って感じの人とは、あんまり関わり合いになりたくないし」
「なぜでしょうか?」
不思議そうに問いかけるミレナにぬいは即答する。
「なんでって、そんなの……」
不毛だと、そう返事をしようとしたが、ぬいは続きを言えなかった。口が石のように固く閉ざされているのを感じる。
まるでこれ以上その言葉を言うなと禁じられているようであった。
「ですが、わたくしは……あきらめることなどできません!」
興奮したのか、握りこぶしを作り立ち上がる。だが、すぐに冷静さを取り戻すと席に着いた。
「それで、ヌイさまのタイプは一体どんなお方なんでしょうか?」
「えっ、まだ聞くの?」
慣れないガールズトークに、ぬいはどうしていいかわからなかった。薄い過去を振り返っても、そんな平和な話をした記憶がなかったからだ。
「うーん、多分。わたしあんまりそういうことに、興味ないと思うんだ。それよりも食べ物とか建物の方が……」
「でしたら、なおさらです!勇者様は内面がとても優れているのですから」
遠回しに外見はそうでもないと言ってるのと、同意義である。ぬいは心の中で勇者の外見は普通とメモしておいた。
「なんだろうね……そう簡単に死なない、強い人かな?もうわたしの前であんな風になるのは……」
ぬいは努めて明るく言うが、閉ざされた記憶の扉が開きそうになると、鋭い痛みが走り、頭を抱える。
「あら、それって教皇さまではないですか?もー、早く言ってくださいよ」
「はい?」
ミレナの爆弾発言に、ぬいは薄くなった意識も頭痛も瞬時に吹っ飛んだ
「教皇さまは建国当初から生きておりますから、ヌイさまの条件を必ず満たすはずです」
キラキラとした目でぬいに詰め寄ってくる。
「いや、ちょっと……なんか色々違う気が」
「最初は誰でもそう思うものです」
ミレナは一人納得したように頷いた。
その日からミレナは会うたびに教皇の元へと行かせようとした。彼女が同席することがあっても、いつのまにかいなくなっている。
ーー正直なところ、ぬいにとってかなりきつい状況であった。
ストッパー役であるミレナがいなくなれば、延々と教皇は説法をやめない。げんなりしている所に、ノルがいつも通りやってくると、これ幸いに逃げ出す。居づらい相手が、救いの主となりつつあった。
何日共に過ごそうが、ノルのぬいに対する態度はあまり変わらなかった。
おまけに帰る場所は同じところである。今日も微妙な雰囲気の中、宿舎に向かっていると、珍しく遠くの方に神官らしき人物が見えた。
ぬいは最初ミレナかと期待したが、近づくにつれどう見てもそれは男性であり、枢機卿であることが分かった。
「堕神と会うとは……しかも、なぜ甥がここに居る」
「叔父上こそ、堕神と知合いですか?」
どこか面影があるとは気づいていたが、血縁とは予測していなかった。厄介ごとを感じたぬいは、じりじり後退するが部屋はまだ遠い。
「フン……誰が知り合いか、他人だ。あまりここを出歩いてもらっては困る」
「まったくもって、同感です。神官たちもさぞ居心地が悪いでしょう」
ノルが頷く。ぬいはムッとするが、それと同時に疑問に思った。
「二人ともわたしのことを堕神呼ばわりするけど、それの何がいけないっていうの?」
「存在そのものがだ。堕落した神。我々の信仰を阻害する。だというのに、教皇さまはおまえたちに肩入れする。不愉快極まりない」
ぬいは自分が元神であるという自覚は全くない。だが、少しだけ腑に落ちた。
自分たちが信仰しているはずの存在が表に出てきては、多少なりとも揺らいでしまうのは当然である。
「要はヴァーツラフのことを敬愛してるんだね」
一人納得すると、部屋に戻っていった。枢機卿の罵倒をものともせず、かわしたぬいを、ノルはただ見つめていた。
◇
部屋に戻り、しばらくゆっくりしているとミレナがやってきた。浄化のことを心配されたが、ぬいは特に不満をもらすことはなかった。
そしていつも通り、勇者さま話がはじまる。ぬいはただ黙って聞いていたが、唐突に質問を投げかけられる。
「ヌイさまには、どなたか気になるかたがいらっしゃるのでしょうか?」
急に振られた話に、ぬいはすぐに反応することができなかった。いつもであれば、彼女が一方的に話し続け、それを聞くだけだからだ。
「何かあったの?」
そう推測できる程度に、ミレナとの付き合いは長くなってきている。
「う……その……いつものことなんですけど、勇者さまが他の女性と歩いていまして。本当にあのお方は人気があるんです、もしかしたらヌイさまもと……」
後半になるにつれ、ミレナの表情が暗くなり下を向くと服をいじりはじめる。
「まだ会ってもいないんだから、嫉妬しないの」
ぬいがそっとたしなめると、ミレナは申し訳なさそうに顔を上げた。
「ごっ、ごめんなさい……我らが神たちよ、どうかこの傲慢をお許しください」
手を組んで祈りを捧げる。
「そう心配しなくても、大丈夫だよ。わたしそういう皆の人気者って感じの人とは、あんまり関わり合いになりたくないし」
「なぜでしょうか?」
不思議そうに問いかけるミレナにぬいは即答する。
「なんでって、そんなの……」
不毛だと、そう返事をしようとしたが、ぬいは続きを言えなかった。口が石のように固く閉ざされているのを感じる。
まるでこれ以上その言葉を言うなと禁じられているようであった。
「ですが、わたくしは……あきらめることなどできません!」
興奮したのか、握りこぶしを作り立ち上がる。だが、すぐに冷静さを取り戻すと席に着いた。
「それで、ヌイさまのタイプは一体どんなお方なんでしょうか?」
「えっ、まだ聞くの?」
慣れないガールズトークに、ぬいはどうしていいかわからなかった。薄い過去を振り返っても、そんな平和な話をした記憶がなかったからだ。
「うーん、多分。わたしあんまりそういうことに、興味ないと思うんだ。それよりも食べ物とか建物の方が……」
「でしたら、なおさらです!勇者様は内面がとても優れているのですから」
遠回しに外見はそうでもないと言ってるのと、同意義である。ぬいは心の中で勇者の外見は普通とメモしておいた。
「なんだろうね……そう簡単に死なない、強い人かな?もうわたしの前であんな風になるのは……」
ぬいは努めて明るく言うが、閉ざされた記憶の扉が開きそうになると、鋭い痛みが走り、頭を抱える。
「あら、それって教皇さまではないですか?もー、早く言ってくださいよ」
「はい?」
ミレナの爆弾発言に、ぬいは薄くなった意識も頭痛も瞬時に吹っ飛んだ
「教皇さまは建国当初から生きておりますから、ヌイさまの条件を必ず満たすはずです」
キラキラとした目でぬいに詰め寄ってくる。
「いや、ちょっと……なんか色々違う気が」
「最初は誰でもそう思うものです」
ミレナは一人納得したように頷いた。
その日からミレナは会うたびに教皇の元へと行かせようとした。彼女が同席することがあっても、いつのまにかいなくなっている。
ーー正直なところ、ぬいにとってかなりきつい状況であった。
ストッパー役であるミレナがいなくなれば、延々と教皇は説法をやめない。げんなりしている所に、ノルがいつも通りやってくると、これ幸いに逃げ出す。居づらい相手が、救いの主となりつつあった。
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

【完結】おしどり夫婦と呼ばれる二人
通木遼平
恋愛
アルディモア王国国王の孫娘、隣国の王女でもあるアルティナはアルディモアの騎士で公爵子息であるギディオンと結婚した。政略結婚の多いアルディモアで、二人は仲睦まじく、おしどり夫婦と呼ばれている。
が、二人の心の内はそうでもなく……。
※他サイトでも掲載しています
公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~
朱色の谷
恋愛
公爵家の末娘として生まれた幼いティアナ。
お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。
お父様やお兄様は私に関心がないみたい。
ただ、愛されたいと願った。
そんな中、夢の中の本を読むと自分の正体が明らかに。

冷遇する婚約者に、冷たさをそのままお返しします。
ねむたん
恋愛
貴族の娘、ミーシャは婚約者ヴィクターの冷酷な仕打ちによって自信と感情を失い、無感情な仮面を被ることで自分を守るようになった。エステラ家の屋敷と庭園の中で静かに過ごす彼女の心には、怒りも悲しみも埋もれたまま、何も感じない日々が続いていた。
事なかれ主義の両親の影響で、エステラ家の警備はガバガバですw
ゼラニウムの花束をあなたに
ごろごろみかん。
恋愛
リリネリア・ブライシフィックは八歳のあの日に死んだ。死んだこととされたのだ。リリネリアであった彼女はあの絶望を忘れはしない。
じわじわと壊れていったリリネリアはある日、自身の元婚約者だった王太子レジナルド・リームヴと再会した。
レジナルドは少し前に隣国の王女を娶ったと聞く。だけどもうリリネリアには何も関係の無い話だ。何もかもがどうでもいい。リリネリアは何も期待していない。誰にも、何にも。
二人は知らない。
国王夫妻と公爵夫妻が、良かれと思ってしたことがリリネリアを追い詰めたことに。レジナルドを絶望させたことを、彼らは知らない。
彼らが偶然再会したのは運命のいたずらなのか、ただ単純に偶然なのか。だけどリリネリアは何一つ望んでいなかったし、レジナルドは何一つ知らなかった。ただそれだけなのである。
※タイトル変更しました

後悔はなんだった?
木嶋うめ香
恋愛
目が覚めたら私は、妙な懐かしさを感じる部屋にいた。
「お嬢様、目を覚まされたのですねっ!」
怠い体を起こそうとしたのに力が上手く入らない。
何とか顔を動かそうとした瞬間、大きな声が部屋に響いた。
お嬢様?
私がそう呼ばれていたのは、遥か昔の筈。
結婚前、スフィール侯爵令嬢と呼ばれていた頃だ。
私はスフィール侯爵の長女として生まれ、亡くなった兄の代わりに婿をとりスフィール侯爵夫人となった。
その筈なのにどうしてあなたは私をお嬢様と呼ぶの?
疑問に感じながら、声の主を見ればそれは記憶よりもだいぶ若い侍女だった。
主人公三歳から始まりますので、恋愛話になるまで少し時間があります。
悪役令嬢だとわかったので身を引こうとしたところ、何故か溺愛されました。
香取鞠里
恋愛
公爵令嬢のマリエッタは、皇太子妃候補として育てられてきた。
皇太子殿下との仲はまずまずだったが、ある日、伝説の女神として現れたサクラに皇太子妃の座を奪われてしまう。
さらには、サクラの陰謀により、マリエッタは反逆罪により国外追放されて、のたれ死んでしまう。
しかし、死んだと思っていたのに、気づけばサクラが現れる二年前の16歳のある日の朝に戻っていた。
それは避けなければと別の行き方を探るが、なぜか殿下に一度目の人生の時以上に溺愛されてしまい……!?

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる