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本編
15:気になるあのお方
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それから二人は地道な下積みの日々を過ごした。ノルがこの付近が怪しいと言えば調べるのを手伝い、口論する。
何日共に過ごそうが、ノルのぬいに対する態度はあまり変わらなかった。
おまけに帰る場所は同じところである。今日も微妙な雰囲気の中、宿舎に向かっていると、珍しく遠くの方に神官らしき人物が見えた。
ぬいは最初ミレナかと期待したが、近づくにつれどう見てもそれは男性であり、枢機卿であることが分かった。
「堕神と会うとは……しかも、なぜ甥がここに居る」
「叔父上こそ、堕神と知合いですか?」
どこか面影があるとは気づいていたが、血縁とは予測していなかった。厄介ごとを感じたぬいは、じりじり後退するが部屋はまだ遠い。
「フン……誰が知り合いか、他人だ。あまりここを出歩いてもらっては困る」
「まったくもって、同感です。神官たちもさぞ居心地が悪いでしょう」
ノルが頷く。ぬいはムッとするが、それと同時に疑問に思った。
「二人ともわたしのことを堕神呼ばわりするけど、それの何がいけないっていうの?」
「存在そのものがだ。堕落した神。我々の信仰を阻害する。だというのに、教皇さまはおまえたちに肩入れする。不愉快極まりない」
ぬいは自分が元神であるという自覚は全くない。だが、少しだけ腑に落ちた。
自分たちが信仰しているはずの存在が表に出てきては、多少なりとも揺らいでしまうのは当然である。
「要はヴァーツラフのことを敬愛してるんだね」
一人納得すると、部屋に戻っていった。枢機卿の罵倒をものともせず、かわしたぬいを、ノルはただ見つめていた。
◇
部屋に戻り、しばらくゆっくりしているとミレナがやってきた。浄化のことを心配されたが、ぬいは特に不満をもらすことはなかった。
そしていつも通り、勇者さま話がはじまる。ぬいはただ黙って聞いていたが、唐突に質問を投げかけられる。
「ヌイさまには、どなたか気になるかたがいらっしゃるのでしょうか?」
急に振られた話に、ぬいはすぐに反応することができなかった。いつもであれば、彼女が一方的に話し続け、それを聞くだけだからだ。
「何かあったの?」
そう推測できる程度に、ミレナとの付き合いは長くなってきている。
「う……その……いつものことなんですけど、勇者さまが他の女性と歩いていまして。本当にあのお方は人気があるんです、もしかしたらヌイさまもと……」
後半になるにつれ、ミレナの表情が暗くなり下を向くと服をいじりはじめる。
「まだ会ってもいないんだから、嫉妬しないの」
ぬいがそっとたしなめると、ミレナは申し訳なさそうに顔を上げた。
「ごっ、ごめんなさい……我らが神たちよ、どうかこの傲慢をお許しください」
手を組んで祈りを捧げる。
「そう心配しなくても、大丈夫だよ。わたしそういう皆の人気者って感じの人とは、あんまり関わり合いになりたくないし」
「なぜでしょうか?」
不思議そうに問いかけるミレナにぬいは即答する。
「なんでって、そんなの……」
不毛だと、そう返事をしようとしたが、ぬいは続きを言えなかった。口が石のように固く閉ざされているのを感じる。
まるでこれ以上その言葉を言うなと禁じられているようであった。
「ですが、わたくしは……あきらめることなどできません!」
興奮したのか、握りこぶしを作り立ち上がる。だが、すぐに冷静さを取り戻すと席に着いた。
「それで、ヌイさまのタイプは一体どんなお方なんでしょうか?」
「えっ、まだ聞くの?」
慣れないガールズトークに、ぬいはどうしていいかわからなかった。薄い過去を振り返っても、そんな平和な話をした記憶がなかったからだ。
「うーん、多分。わたしあんまりそういうことに、興味ないと思うんだ。それよりも食べ物とか建物の方が……」
「でしたら、なおさらです!勇者様は内面がとても優れているのですから」
遠回しに外見はそうでもないと言ってるのと、同意義である。ぬいは心の中で勇者の外見は普通とメモしておいた。
「なんだろうね……そう簡単に死なない、強い人かな?もうわたしの前であんな風になるのは……」
ぬいは努めて明るく言うが、閉ざされた記憶の扉が開きそうになると、鋭い痛みが走り、頭を抱える。
「あら、それって教皇さまではないですか?もー、早く言ってくださいよ」
「はい?」
ミレナの爆弾発言に、ぬいは薄くなった意識も頭痛も瞬時に吹っ飛んだ
「教皇さまは建国当初から生きておりますから、ヌイさまの条件を必ず満たすはずです」
キラキラとした目でぬいに詰め寄ってくる。
「いや、ちょっと……なんか色々違う気が」
「最初は誰でもそう思うものです」
ミレナは一人納得したように頷いた。
その日からミレナは会うたびに教皇の元へと行かせようとした。彼女が同席することがあっても、いつのまにかいなくなっている。
ーー正直なところ、ぬいにとってかなりきつい状況であった。
ストッパー役であるミレナがいなくなれば、延々と教皇は説法をやめない。げんなりしている所に、ノルがいつも通りやってくると、これ幸いに逃げ出す。居づらい相手が、救いの主となりつつあった。
何日共に過ごそうが、ノルのぬいに対する態度はあまり変わらなかった。
おまけに帰る場所は同じところである。今日も微妙な雰囲気の中、宿舎に向かっていると、珍しく遠くの方に神官らしき人物が見えた。
ぬいは最初ミレナかと期待したが、近づくにつれどう見てもそれは男性であり、枢機卿であることが分かった。
「堕神と会うとは……しかも、なぜ甥がここに居る」
「叔父上こそ、堕神と知合いですか?」
どこか面影があるとは気づいていたが、血縁とは予測していなかった。厄介ごとを感じたぬいは、じりじり後退するが部屋はまだ遠い。
「フン……誰が知り合いか、他人だ。あまりここを出歩いてもらっては困る」
「まったくもって、同感です。神官たちもさぞ居心地が悪いでしょう」
ノルが頷く。ぬいはムッとするが、それと同時に疑問に思った。
「二人ともわたしのことを堕神呼ばわりするけど、それの何がいけないっていうの?」
「存在そのものがだ。堕落した神。我々の信仰を阻害する。だというのに、教皇さまはおまえたちに肩入れする。不愉快極まりない」
ぬいは自分が元神であるという自覚は全くない。だが、少しだけ腑に落ちた。
自分たちが信仰しているはずの存在が表に出てきては、多少なりとも揺らいでしまうのは当然である。
「要はヴァーツラフのことを敬愛してるんだね」
一人納得すると、部屋に戻っていった。枢機卿の罵倒をものともせず、かわしたぬいを、ノルはただ見つめていた。
◇
部屋に戻り、しばらくゆっくりしているとミレナがやってきた。浄化のことを心配されたが、ぬいは特に不満をもらすことはなかった。
そしていつも通り、勇者さま話がはじまる。ぬいはただ黙って聞いていたが、唐突に質問を投げかけられる。
「ヌイさまには、どなたか気になるかたがいらっしゃるのでしょうか?」
急に振られた話に、ぬいはすぐに反応することができなかった。いつもであれば、彼女が一方的に話し続け、それを聞くだけだからだ。
「何かあったの?」
そう推測できる程度に、ミレナとの付き合いは長くなってきている。
「う……その……いつものことなんですけど、勇者さまが他の女性と歩いていまして。本当にあのお方は人気があるんです、もしかしたらヌイさまもと……」
後半になるにつれ、ミレナの表情が暗くなり下を向くと服をいじりはじめる。
「まだ会ってもいないんだから、嫉妬しないの」
ぬいがそっとたしなめると、ミレナは申し訳なさそうに顔を上げた。
「ごっ、ごめんなさい……我らが神たちよ、どうかこの傲慢をお許しください」
手を組んで祈りを捧げる。
「そう心配しなくても、大丈夫だよ。わたしそういう皆の人気者って感じの人とは、あんまり関わり合いになりたくないし」
「なぜでしょうか?」
不思議そうに問いかけるミレナにぬいは即答する。
「なんでって、そんなの……」
不毛だと、そう返事をしようとしたが、ぬいは続きを言えなかった。口が石のように固く閉ざされているのを感じる。
まるでこれ以上その言葉を言うなと禁じられているようであった。
「ですが、わたくしは……あきらめることなどできません!」
興奮したのか、握りこぶしを作り立ち上がる。だが、すぐに冷静さを取り戻すと席に着いた。
「それで、ヌイさまのタイプは一体どんなお方なんでしょうか?」
「えっ、まだ聞くの?」
慣れないガールズトークに、ぬいはどうしていいかわからなかった。薄い過去を振り返っても、そんな平和な話をした記憶がなかったからだ。
「うーん、多分。わたしあんまりそういうことに、興味ないと思うんだ。それよりも食べ物とか建物の方が……」
「でしたら、なおさらです!勇者様は内面がとても優れているのですから」
遠回しに外見はそうでもないと言ってるのと、同意義である。ぬいは心の中で勇者の外見は普通とメモしておいた。
「なんだろうね……そう簡単に死なない、強い人かな?もうわたしの前であんな風になるのは……」
ぬいは努めて明るく言うが、閉ざされた記憶の扉が開きそうになると、鋭い痛みが走り、頭を抱える。
「あら、それって教皇さまではないですか?もー、早く言ってくださいよ」
「はい?」
ミレナの爆弾発言に、ぬいは薄くなった意識も頭痛も瞬時に吹っ飛んだ
「教皇さまは建国当初から生きておりますから、ヌイさまの条件を必ず満たすはずです」
キラキラとした目でぬいに詰め寄ってくる。
「いや、ちょっと……なんか色々違う気が」
「最初は誰でもそう思うものです」
ミレナは一人納得したように頷いた。
その日からミレナは会うたびに教皇の元へと行かせようとした。彼女が同席することがあっても、いつのまにかいなくなっている。
ーー正直なところ、ぬいにとってかなりきつい状況であった。
ストッパー役であるミレナがいなくなれば、延々と教皇は説法をやめない。げんなりしている所に、ノルがいつも通りやってくると、これ幸いに逃げ出す。居づらい相手が、救いの主となりつつあった。
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