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本編
05:案内役の少女
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その後のことはすべて覚えている。なぜならぬいは気を失ったりしていないからだ。
人間意識が完全になくなることは、そう滅多にない。ぬいはただ極度の緊張と疲労で、動けなくなっていただけだ。
そこに自分を探しているらしき人物が来て、気が抜けてしまっただけである。
教皇は後から来た少女にすべてを任せると、どこかに行ってしまった。困った顔をした少女は、手を組んで何かを唱えると、ぬいの体を軽々と持ち上げた。薄い意識の中で、これはノルが行ったことと同じものだろうと確信した。
目を閉じて、うとうとしているといつの間にかベッドに身を横たえられ、そのまま寝てしまった。
久しぶりのベッドだったからか、少なくとも半日以上は寝ていたようだ。ベッドの横には水差しが置いてあり、ぬいはありがたくいただくことにした。
服はいつの間にか着替えさせられていたのか、簡素な白のワンピースを着用している。
元の服は洗濯してくれたようで、水差しのすぐ近くに置いてあった。それに袖を通し、髪の毛を元のように二つに結ぶ。ようやく落ち着けたのか、ぬいは息を吐いた。
しばらく部屋の様子を見ていたが、あったのはそれらだけである。広い部屋の割には調度品も少なく簡素だ。
やがてすることがなくなり、外に出ようと立ち上がった時、扉が開かれた。
「よかった、起床されたのですね」
ぬいを支えてくれた少女は、金色の目を細めて優しく微笑むと、後ろを向いて部屋の扉を閉めた。ちょうど窓から風が吹き込み、髪を揺らす。
「ここは……」
「教皇さまが御座す神殿内にある、宿舎です」
光に当たって輝く金糸のような髪の毛は、まさに神の僕であるという実感を強めた。身にまとっている神官服は教皇とは違い、ところどころ青い線と刺繍が施されている。
「はじめまして、わたくしミレナ・シュヴェストカと申します……その、あなたさまの案内役を申し付かっております」
「わたしはぬいです」
「ヌイさまでございますね。その……祈りを捧げてもよろしいでしょうか?」
遠慮がちに、伺うように尋ねる。慎重さにぬいは首をひねったが、断る理由もない。
「どうぞ」
「ありがとうございます。どうか、あなたさまの行く先に幸いあらんことを」
ミレナは手を組むと目を閉じて祈りをささげた。
ぬいはノルの一件から疑心暗鬼気味であったが、どうやら見る限り裏表がなさそうな人物である。少しだけ警戒心を緩めることにした。
「お体に差しさわりはないでしょうか?」
「いや、とくに……」
言った途端お腹が鳴る、空腹を自覚したからだろう。起床してから水だけで、何も食事をとっていない。当然のことである。特に恥じる様子はなかった。
「あ……そうですよね。ですが、教皇さまにお会いする前には、食事をしないほうが良いと思いまして」
申し訳ありませんと、ミレナは悲しそうな顔をする。
「その、教皇さま?とはいったいどんな方なんでしょうか?」
ここに居たかとぬいに言った。このことから、面識はないが探されていたことは予想できる。
「偉大なお方です。建国時からこの国を支え、迷い子である我らの道しるべとなっておられます」
その輝く瞳にぬいは圧倒される。敬虔な信者であると同時に、大人びていたミレナは年相応の表情を見せた。
それを見たからか、ぬいの対応は年下相手の砕けたものへと変化していく。
「教皇さまって、いったいどれだけ生きて……いや、ここは建国何年?」
「千四百二十七年でございます」
不吉な数字であるとぬいは思った。しかし、この国では良い意味である数字である可能性もある。
「今年は何かおめでたいことでもあるの?」
「特には。詳しいことは教皇さまに聞くのが良いと思います。目が覚めたら、案内するように承っておりますので」
「分かった、すぐに行くから連れて行ってもらえる?」
ぬいが快諾すると、ミレナは扉を開けた。
「基本的にわたくしと同じ動きをしてもらえれば、問題ありませんが……一つ覚えてもらいたい言葉がございます」
そう言うと、ある聖句をぬいに教えた。
人間意識が完全になくなることは、そう滅多にない。ぬいはただ極度の緊張と疲労で、動けなくなっていただけだ。
そこに自分を探しているらしき人物が来て、気が抜けてしまっただけである。
教皇は後から来た少女にすべてを任せると、どこかに行ってしまった。困った顔をした少女は、手を組んで何かを唱えると、ぬいの体を軽々と持ち上げた。薄い意識の中で、これはノルが行ったことと同じものだろうと確信した。
目を閉じて、うとうとしているといつの間にかベッドに身を横たえられ、そのまま寝てしまった。
久しぶりのベッドだったからか、少なくとも半日以上は寝ていたようだ。ベッドの横には水差しが置いてあり、ぬいはありがたくいただくことにした。
服はいつの間にか着替えさせられていたのか、簡素な白のワンピースを着用している。
元の服は洗濯してくれたようで、水差しのすぐ近くに置いてあった。それに袖を通し、髪の毛を元のように二つに結ぶ。ようやく落ち着けたのか、ぬいは息を吐いた。
しばらく部屋の様子を見ていたが、あったのはそれらだけである。広い部屋の割には調度品も少なく簡素だ。
やがてすることがなくなり、外に出ようと立ち上がった時、扉が開かれた。
「よかった、起床されたのですね」
ぬいを支えてくれた少女は、金色の目を細めて優しく微笑むと、後ろを向いて部屋の扉を閉めた。ちょうど窓から風が吹き込み、髪を揺らす。
「ここは……」
「教皇さまが御座す神殿内にある、宿舎です」
光に当たって輝く金糸のような髪の毛は、まさに神の僕であるという実感を強めた。身にまとっている神官服は教皇とは違い、ところどころ青い線と刺繍が施されている。
「はじめまして、わたくしミレナ・シュヴェストカと申します……その、あなたさまの案内役を申し付かっております」
「わたしはぬいです」
「ヌイさまでございますね。その……祈りを捧げてもよろしいでしょうか?」
遠慮がちに、伺うように尋ねる。慎重さにぬいは首をひねったが、断る理由もない。
「どうぞ」
「ありがとうございます。どうか、あなたさまの行く先に幸いあらんことを」
ミレナは手を組むと目を閉じて祈りをささげた。
ぬいはノルの一件から疑心暗鬼気味であったが、どうやら見る限り裏表がなさそうな人物である。少しだけ警戒心を緩めることにした。
「お体に差しさわりはないでしょうか?」
「いや、とくに……」
言った途端お腹が鳴る、空腹を自覚したからだろう。起床してから水だけで、何も食事をとっていない。当然のことである。特に恥じる様子はなかった。
「あ……そうですよね。ですが、教皇さまにお会いする前には、食事をしないほうが良いと思いまして」
申し訳ありませんと、ミレナは悲しそうな顔をする。
「その、教皇さま?とはいったいどんな方なんでしょうか?」
ここに居たかとぬいに言った。このことから、面識はないが探されていたことは予想できる。
「偉大なお方です。建国時からこの国を支え、迷い子である我らの道しるべとなっておられます」
その輝く瞳にぬいは圧倒される。敬虔な信者であると同時に、大人びていたミレナは年相応の表情を見せた。
それを見たからか、ぬいの対応は年下相手の砕けたものへと変化していく。
「教皇さまって、いったいどれだけ生きて……いや、ここは建国何年?」
「千四百二十七年でございます」
不吉な数字であるとぬいは思った。しかし、この国では良い意味である数字である可能性もある。
「今年は何かおめでたいことでもあるの?」
「特には。詳しいことは教皇さまに聞くのが良いと思います。目が覚めたら、案内するように承っておりますので」
「分かった、すぐに行くから連れて行ってもらえる?」
ぬいが快諾すると、ミレナは扉を開けた。
「基本的にわたくしと同じ動きをしてもらえれば、問題ありませんが……一つ覚えてもらいたい言葉がございます」
そう言うと、ある聖句をぬいに教えた。
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