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本編
03:正体
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翌朝、何かを顔に押し付けられる感覚で覚醒した。夢か現かわからなくなったせいか、ぬいは学生時代の感覚に陥っていた。
教科書を顔に押し付けて寝ていたのだろう。まだまどろんでいたいが、仕方ないと起き上がろうとした。しかし、顔どころか体も動かせない。
目を開けると、そこはもちろん教室ではない。ほんの少し青白い太陽が、頂点の方に輝いている。つまり一見何もないように見える。しかし動くことはできない。
ぬいは落ち着こうと何回か深呼吸する。圧縮のせいで鼻が少し潰れているが、なんとか息はできる。
辺りを見渡したいが、できない。鞄を探そうと手を横に移動する。これはできた。このことから、壁はぬいをプレスするように覆っていることがわかる。
身動きが取れない状況と手元に鞄がない不安に苛まれた所、ノルの姿が見えた。
「あの!わたしのかぁ………え」
ぬいは問う前に気づいた。彼が自分の鞄を持っていることに。
声をかけられたノルは逃げると思いきや、ぬいを見るとニヤリとした笑みを浮かべる。初対面時に見たものと同じような、悪人面である。
見せつけるように鞄を突きつけ近づくと、ぬいの顔を足蹴にした。
直前で目を閉じるが、やはり衝撃は来ない。見えない壁の実在は明らかである。野営時の時のように、ぬいにはわからない何かを行使したのだろう。
なんとか自分にも何か技を使えないだろうかと、以前のノルのように手を組もうとする。しかし、そんなスペースはない。その様子を見た彼は鼻で笑った。
「っは、異教徒が御技を行使できるわけがない」
その瞬間ぬいの淡い希望は打ち砕かれた。少しだけ期待はしていたのだ。衝撃で空いた口が塞がらない。
「っくっく、そのまま寝ていればいいものの。まったく、タイミングが悪かったな」
ぬいの視界にはノルの表情は見えず、靴裏しか見えていない。だが、悪い顔をしてるのは予想できる。
「これで起きないほうがおかしいよね?」
今の状態では少し会話をし辛い。短くしかし怒りを込めた言葉を発することしかできなかった。
「おっと、座標が少しずれたな。鼻の位置を考慮し忘れた。これは申し訳ない」
暗に鼻の高さを揶揄され、ぬいは声を荒げそうになる。しかし、ここで怒鳴っても呼吸が苦しくなるだけだ。そう思うと、急速に怒りは覚め冷静になっていく。
「最初からこうするつもりだったの?」
ぬいが問うと、ご明察と言わんばかりに首を振る。しかし、その行動は見えていない。
「いいか?この世は奪うか奪われるかだ。君はたまたま後者になった。それだけだ。恨むならその不条理さを恨むんだな」
そう言い残すと、ノルは足を退ける。その場を急ぐことなく、ゆっくりと去っていった。
◇
数分ほどぬいは身動きが取れずにいたが、やがて壁は自然消滅したらしい。ようやく解放された。
圧迫され続けた鼻を撫でると、よろけながら立ち上がる。
「あいつめ……絶対に、後悔することになるよ。泣きながら跪かせてやる」
呪詛のような言葉を吐き捨てる。ぬいは普段このような強い言い方をすることはない。であるがゆえに、相当な恨みを持っていることがわかる。
着の身着のまま、荷物は何もない状況では致し方ないことである。だが、急にむくれ顔はしぼみ、落ち着きを取り戻した。
「嘆いてもしかたないね」
このままリスクを恐れてじっとしていては、目的を果たせることはない。幸い昨夜たらふく食事をしたので、体力は有り余っている。
ぬいはしっかりとした足取りで街道を歩きだした。
教科書を顔に押し付けて寝ていたのだろう。まだまどろんでいたいが、仕方ないと起き上がろうとした。しかし、顔どころか体も動かせない。
目を開けると、そこはもちろん教室ではない。ほんの少し青白い太陽が、頂点の方に輝いている。つまり一見何もないように見える。しかし動くことはできない。
ぬいは落ち着こうと何回か深呼吸する。圧縮のせいで鼻が少し潰れているが、なんとか息はできる。
辺りを見渡したいが、できない。鞄を探そうと手を横に移動する。これはできた。このことから、壁はぬいをプレスするように覆っていることがわかる。
身動きが取れない状況と手元に鞄がない不安に苛まれた所、ノルの姿が見えた。
「あの!わたしのかぁ………え」
ぬいは問う前に気づいた。彼が自分の鞄を持っていることに。
声をかけられたノルは逃げると思いきや、ぬいを見るとニヤリとした笑みを浮かべる。初対面時に見たものと同じような、悪人面である。
見せつけるように鞄を突きつけ近づくと、ぬいの顔を足蹴にした。
直前で目を閉じるが、やはり衝撃は来ない。見えない壁の実在は明らかである。野営時の時のように、ぬいにはわからない何かを行使したのだろう。
なんとか自分にも何か技を使えないだろうかと、以前のノルのように手を組もうとする。しかし、そんなスペースはない。その様子を見た彼は鼻で笑った。
「っは、異教徒が御技を行使できるわけがない」
その瞬間ぬいの淡い希望は打ち砕かれた。少しだけ期待はしていたのだ。衝撃で空いた口が塞がらない。
「っくっく、そのまま寝ていればいいものの。まったく、タイミングが悪かったな」
ぬいの視界にはノルの表情は見えず、靴裏しか見えていない。だが、悪い顔をしてるのは予想できる。
「これで起きないほうがおかしいよね?」
今の状態では少し会話をし辛い。短くしかし怒りを込めた言葉を発することしかできなかった。
「おっと、座標が少しずれたな。鼻の位置を考慮し忘れた。これは申し訳ない」
暗に鼻の高さを揶揄され、ぬいは声を荒げそうになる。しかし、ここで怒鳴っても呼吸が苦しくなるだけだ。そう思うと、急速に怒りは覚め冷静になっていく。
「最初からこうするつもりだったの?」
ぬいが問うと、ご明察と言わんばかりに首を振る。しかし、その行動は見えていない。
「いいか?この世は奪うか奪われるかだ。君はたまたま後者になった。それだけだ。恨むならその不条理さを恨むんだな」
そう言い残すと、ノルは足を退ける。その場を急ぐことなく、ゆっくりと去っていった。
◇
数分ほどぬいは身動きが取れずにいたが、やがて壁は自然消滅したらしい。ようやく解放された。
圧迫され続けた鼻を撫でると、よろけながら立ち上がる。
「あいつめ……絶対に、後悔することになるよ。泣きながら跪かせてやる」
呪詛のような言葉を吐き捨てる。ぬいは普段このような強い言い方をすることはない。であるがゆえに、相当な恨みを持っていることがわかる。
着の身着のまま、荷物は何もない状況では致し方ないことである。だが、急にむくれ顔はしぼみ、落ち着きを取り戻した。
「嘆いてもしかたないね」
このままリスクを恐れてじっとしていては、目的を果たせることはない。幸い昨夜たらふく食事をしたので、体力は有り余っている。
ぬいはしっかりとした足取りで街道を歩きだした。
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