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一章 孤児院編

祭事の補佐 2『祭事とは 2人の補佐官』

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 『補佐役』をすることが決まってから、数日が経つ。
 特に、大きな変化はなくサファは過ごしていた。

 エミュリエールに呼び出されたのは、3日してからの午後のことだった。

「君に、この国の事と、祭事について、ザッと説明しておこうと思ってな」

 彼は机に座り、仕事をしていた。

 結構ですよ、という言葉をのみこんで、見えないからと、露骨に視線を逸らす。
 エミュリエールは、書類を書く手を止めてサファをじっと眺めていた。

「まだ、そんな事言っているのか?」
「何も言ってませんが」

 エミュリエールの後ろにいた、2人の男の人が笑っていた。

 彼らは『補佐官』、名前は確か……

「ハーミット、そっちにお茶を用意してもらえるか?」
「はい。レイモンド、これも一緒に頼む」
「ああ」
「サファは、もうすぐ終わるから、座っててくれ」

 エミュリエールは、ソファを指さした。そこに、腰を掛けると、体が沈んで足が浮く。

 窓が白い。その向こうで、寒そうな空を、鳥が飛んでいくのが見えた。

 眠い……

 ついさっき、昼を食べたばかり。胃の入った食べ物の重みで眠気に襲われる。

 早く、終わらないかな。
 思えば思うほど、睡魔は襲って来た。

 あぁ、だめ。我慢できない。

 眉を寄せた、頑張ってみたものの……サファは人知れず目を閉じていた。

「待たせたな。サファ、眠ってるのか?」

 パッと、目を開けた。
 いつの間にかエミュリエールが目の前に座っている。

 サファは、ふるふると首を振った。

 あぶなかった……
 前髪と、眼鏡のおかげで、居眠りをしていたと言う事は、バレなかったみたいで、心の中で息を吐いた。

 手を口にあて、こみ上げる欠伸を堪えると、鼻がツーンとする。
 サファは、胸に手を置いて、気づかれないように息を吐いた。

「サファ、ここはなんという国か知ってるか?」
「フェガロフォト、ですか?」
「その通りだ。では、王都であるこの土地の名前は?」
「アクティナです」

 知らない人なんて、いるのかな?

 サファは首を傾げていた。

「ライルは……これをやる時、それすら知らなかったぞ」

「え?!」

 エミュリエールは、その時のことを思い出したのか、苦笑いをしていた。

「まぁ、君はそんな事はなさそうだ」

 カップを持ち、彼はお茶を啜っている。

 ちなみに、ここは、『アクティナ大聖堂』といって、お城や国にまつわる、色々な祭事が行われる場所。

 他領と比べたら、大きな造りになっていて、わりと知られている。
 それくらいの事は知ってるんだけど。

「祭事の事は、どれくらい知ってる?」
「行われる時期と、名前くらいです」
「そうか」

 エミュリエールが、カップを置くと、説明を始めた。

 2の月(4月)に行われる『祈念式』は、この一年で亡くなった魂を慰め、今後の平和を祈るもの。
 祭事で唯一、トラヴィティス(唄い手)を呼び、唄を捧げるのが特徴的な行事である。

 3の月(6月)には、この一年の間に生まれた赤ん坊と、15歳になる者の『洗礼式』が行われる。唄はなく、祝いの言葉を送るために、王族から1人来ることになっている。

 5の月半(11月)
 今年の行いの集大と、作物などの実り、収穫祝う『奉納式』は一年間の最後の締め括りとして行われる、3つの中でも一番大きい祭事。
 2日間に渡り行われるものである。

「大まかに言うと、こんな感じだな」
「王族……来るのですか?」

 すっかり眠気も覚めて、サファは手の甲を軽くつねって言った。

「どれも、参加するのは平民が主だが、国王陛下から依頼されている催しだからな、王族も来たりするし、貴族もそれなりに出入りする」

 えぇ、いやすぎる……

 サファは眉を寄せていた。

 たぶん、目の前にいるエミュリエールや、後ろで仕事をしている2人も、貴族なんだろう。

 彼らは、ここで何年も平民に接しているから威圧的にならないようにしてくれている。
 だけど、生粋の貴族は、そういうものじゃない。

 それに。
 普段、孤児達は、貴族の前に姿を現してはならないことになっている。

 『祭事補佐役』というのは、祭事に関わる事で、礼儀作法や、読み書き、人々の事を学び、独り立ちできるようにするためのもの。

 そのため、『補佐役』だけは、特別にその期間だけ、貴族に姿を見せることを許されている。
 必要があれば、話したりもしなくてはけない。

「はぁ……」

 思わず、溢してしまい、サファが慌てて、口を覆った。

「驚いた、割と頑固なんだな」
「いやだ、と思うのは仕方ありませんよ」

 膝に手を置いて、サファは俯いていた。

「最初はそう思うかも知れない、終わったらきっと違うことを思ってると思うぞ?」
「なぜですか?」

 エミュリエールを見て、首を傾ぐ。

「君のように、嫌々補佐役になった孤児を見てきたからな。みな、よかったと言って役目を終えていく」
「わたしもそうならいいのですが……」
「まず、1つ目の『祈念式』をやってみたらいい。ハーミット、ちょっと来てくれ」

 エミュリエールは、補佐官の1人を呼び出して横に立たせた。

「ハーミット=グローバー。役の間、君の指導をしてくれる。読み書き、礼儀作法、他色々質問があったら、彼に聞くといい」
「よろしくね」

 ハーミット。彼は、男性にしてはピンクの癖っ毛をしていて、体型もゴツくなく、あまり背も大きくない。穏やかそうに、浅葱色の瞳を細くしてにこっと笑った。

「よろしくお願いします」

 座っていたら失礼だよね。

 立ちあがろうとして、サファがジタバタとする。
 座り心地が良すぎて、ソファに埋まってしまっていた。

「大丈夫?」
「すみません……」
「はははっ」

 ハーミットが手を引いて助けてくれると、それを見たエミュリエールが大笑いする。
 サファの見えている肌が、恥ずかしくて赤くなっていた。

「エミュリエール様、可哀想ですよ」
「すまん、すまん」

 ぅぅ……恥ずかしい……

 まだ、赤くなっているわたしに、エミュリエールが話を続けた。

「サファ、君の最初の任務は、ハーミットと、歌姫の所へ行き、祈念式の唄を依頼してくる事だ」
「……あの」

 疎い自分でも歌姫と言われて思いつく人物は一人くらいしかいない。

「システィーナ様、ですか?」
「そうだ。彼女はここ毎年やっているし、そんな大変な事じゃない」
「私のような孤児が行っても、大丈夫なのです?」
「ハーミットの付き添いとしてだからな、心配は無い」

 ホントかな。

 ただ単に、エミュリエールには、そんなにたいした事じゃない話なんだろうとな思った。
 そんなエミュリエールは、不思議そうにわたしを見ている。

「貴族に会いにいく。それなら、身なりや、礼儀作法も整えなくてはな」

 ずっと待っていたかのように、エミュリエールは、崩れるくらい、にこにことしている。

 次の日から、サファはそれらを身につけるための練習が始まる。

 祭事にを手伝うのも、何かを依頼しにいくのも別にいい。礼儀作法を覚えるのだってそこまで嫌じゃなかった。
 だけど……身なりだけは。

 サファは、この事を考えると、とても不安で仕方なかった。
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