上 下
2 / 4
一章 孤児院編

祭事の補佐 1『いつもと違う1日』

しおりを挟む
 外がほんのりと薄明るくなる頃、いつもの時間に目を覚ました。

 この世界は、1月が60日であり6の月間で1年が終わる。


 今は1月の半ばを過ぎた頃で、まだ寒さの厳しい季節。陽は出ておらず、部屋の中はまだ薄暗かった。

 空気が冷たい。
 小さい体を、もぞもぞとさせた後、少女は覚悟を決めたように、布団から出る。

 いやな夢、見たな……

 憂鬱に思いながら、素早く着替え、備え付けの小さな鏡をのぞいた。

 10歳のわりに小さい体は、7歳くらいの歳の子と同じくらい。
 伸ばしっぱなしの、もこもこで、灰色の髪を後ろで束ね、目にかかる前髪の上から、瓶底のような分厚い眼鏡をかけた姿を眺めた。

 あ、もう伸びてきたかも……

 鏡の中の自分に顔を寄せ、隠すように、くしゃくしゃ、と生え際を揉んだ。


 ここは、4つの季節がある『フェガロフォト』
 王都『アクティナ』にある、大聖堂に付属して建てられた、孤児院。

 わたしは、サファ。ただの孤児。
 ここに6年前からいて、その前の記憶がない。

 他に変わった事といえば、少し変わった髪の色をしていて、他の人にはない瞳を持っている。

 それと、体には『契約魔術』というものでつけられる刻印と呼ばれる痣があった。

 性格は、割とおっとりしているんじゃないかな。だけど、馴れ合うことや、目立つ事は好きじゃない。

 とにかく静かなのが好き。

 周りには、それが無愛想に見えるらしく、いたずらや、意地悪をされることも、よくあった。

 だけど、まぁ、それなりに、ここで、過ごしている。

 無口?

 そう言われたら、そうかもしれないけれど、別に、何も考えてない訳じゃなくて……思ってる事は、たくさんあるほうなんじゃないかなって思う。



 支度を済ませて部屋から出る。
 朝ごはんの良い匂いが漂っていて、サファは、少しほっこりとした。

 トントントン
 目方の少なそうな音をたてて、階段を降りていく。

 料理場の当番に軽くあいさつをして横を通り過ぎ、テーブルに向かった。

 暖炉には薪がくべられて、暖かく、窓の外には、もう、陽が出ている。
 草木が霜で白くなっていた。

「サファ、おはよう」

 ここで親しく話すひとは多くなくて、3人。
 そのうちの、2人が先に座っていた。

「おはよう。エナ 、ライル」

 席は決められてないけど、毎日決まって左端に座っている。

「おはよう、今日も天気が良さそうね」

 栗色の瞳を細めて、エナが微笑んでいた。
 彼女は栗色のふわふわとしたゆるいウェーブの髪を後ろでひとつに束ねている。

 いつもなら、わたしの方が早く食堂に来ていることの方が多かった。

「寝坊でもしたの?」

 エナの隣で、ライルが緑色のハネた髪をおさえ、鳶色の瞳を、眠そうに半分にしている。

「別に……」

 サファが顔を横に向ける。
 ライルがエナと顔を見合わせ、肩を竦めていた。

 と、いつも、こんなに無愛想じゃないんだけど……

 夢見が悪くて、つい、こんな態度を取ってしまい、サファは時計の方を向いた。

 1から6の数字のがふられている時計は、長中短の3つの針がついていて、長い針が日付け、中くらいの針が時間、短い針が月を表している。

 ちなみに今は、3の刻半(7時)になるところ。
 孤児達が食事のために、集まってきていた。

 女子は灰色のワンピース、男子はシャツと灰色のズボンが、ここでの決まった服装。

 食事をした後は、各自決められた務めをすることになっていて、わたしは、ほとんどと言っていいほど、掃除をしている。
 それは、わたしが、それに向いているから。

 また、いつもの一日が始まった。


 と、思っていたのに……

「サファ、ちょっと話がある」

 孤児院長を兼ねる、司祭のエミュリエールに声をかけられた。

 彼は、よく話す、3人目。
 薄い金髪を緩く三つ編みしていて、年頃の女性が、放っておかないんじゃないかと思うほど、整った顔をしている。

 エミュリエールは、にっこり笑い、空色の瞳に、今日も優しくサファを映している。白いくるぶしまであるローブを揺らして歩いてきた。

「……なんでしょう?」

 悪い予感はしていた。
 そろそろ、その時期だし。

「最近、嫌がらせは受けていないか?」

 椅子に座るように促されて、サファは、仕方なく腰を下ろした。

「大丈夫です」
「そうか。そろそろ、祈念式がある。補……」
「嫌です」

 言われる用事は分かっていた。

 孤児院では、日常的に行われている務めの他に、祭事に携わる『補佐役』というものがある。

 毎年、孤児の年中か年長者の中から選ばれ、エナも、ライルも、他のみんなもしているのに、わたしだけはずっと断っていた。

「嫌なのは分かっているが、もう、10歳になった。そういう訳にはいかない。君だって分かっているだろう?」

『補佐役』というのは、ただ単に、お手伝いが必要だから、ではない。

 この国は11 歳で社会に出て働く決まりとなっていて、孤児院も例外じゃないからだ。

「わたし、ここに残ろうと思ってるので」
「ダメだ。必ず、祭事に関わり、視野を広げてやる。それは、ここの決まりだ。それに、君は、一度もしていないだろう? これはさすがに、もう、見過ごせない。命令、だと思って欲しい」

 うう……
 普段、命令を嫌うエミュリエールが、珍しく強い口調で言うものだから、サファは何も言えなかった。

 膝の上に重ねておいた指先に、布が引っかかって、とても、気になっていた。

 『補佐役』をやったところで、他にやりたいものが見つかるとは思えない、と言いたいところだけど……

「はぁ……」

 サファは代わりに、深くため息をついた。

 これは……いよいよ仕方ない。
 そう、思うと、コクっと小さく頷いた。

「だが、君がここに残りたいと言ってくれた事は嬉しい。この一年『補佐役』を務め、それでも、ここに残りたいと言うなら、私は歓迎する」

 エミュリエールは、サファの頭を撫でていた。

「やってくれるな?」

「……努めさせて頂きます」
「よろしい」

 そう、言うと、エミュリエールは立ち上がり、大聖堂の奥へと消えていく。

 やだな。

 足音が聞こえなくなった。
 俯いたままだったサファは、重くなった体を立ち上がらせて、身に入らない掃除を続けることにした。



「どうしたの? そんなにどんよりして」

 昼食の時間、戻ってきたエナが、暗い顔をしたサファの肩に手を置いた。

「そりゃ、『補佐役』をやれ、命令だ! とでも言われたんだろ?」

 ライルも、エナの後ろについて来ていた。

「…………」
「え? マジ?」
「あらら、ついにやることになったのね」
「……やだ」

 ほんとに。

「仕方ないわよ、わたし、手伝うわ」
「そんな、落ち込むことないって。そんな大変じゃないし、俺らも手伝うからさ」

 そんな、優しい言葉に、サファは少しだけ気が楽になった。

 その後は、午後からの務めをして、お風呂に入り、夕飯。小さい子を寝かしつけたら、自分も寝る時間。


 6年間続けていた同じ生活は、この日、初めて違うものになる。サファは翌日から『補佐役』としての日々を送ることになった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。 ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。 ※短いお話です。 ※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

豪傑の元騎士隊長~武源の力で敵を討つ!~

かたなかじ
ファンタジー
東にある王国には最強と呼ばれる騎士団があった。 その名は『武源騎士団』。 王国は豊かな土地であり、狙われることが多かった。 しかし、騎士団は外敵の全てを撃退し国の平和を保っていた。 とある独立都市。 街には警備隊があり、強力な力を持つ隊長がいた。 戦えば最強、義に厚く、優しさを兼ね備える彼。彼は部下たちから慕われている。 しかし、巨漢で強面であるため住民からは時に恐れられていた。 そんな彼は武源騎士団第七隊の元隊長だった……。 なろう、カクヨムにも投稿中

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

〈完結〉この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。

江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」アリサは父の後妻の言葉により、家を追い出されることとなる。 だがそれは待ち望んでいた日がやってきたでもあった。横領の罪で連座蟄居されられていた祖父の復活する日だった。 十年前、八歳の時からアリサは父と後妻により使用人として扱われてきた。 ところが自分の代わりに可愛がられてきたはずの異母妹ミュゼットまでもが、義母によって使用人に落とされてしまった。義母は自分の周囲に年頃の女が居ること自体が気に食わなかったのだ。 元々それぞれ自体は仲が悪い訳ではなかった二人は、お互い使用人の立場で二年間共に過ごすが、ミュゼットへの義母の仕打ちの酷さに、アリサは彼女を乳母のもとへ逃がす。 そして更に二年、とうとうその日が来た…… 

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

COSMOS ~百億年の歴史と一輪の秋桜~

碧桜 詞帆
ファンタジー
 女子高生にしてプロの作詞作曲家である白川秋桜(しらかわあきな)は中学2年生の秋、不思議な出会いをしていた――。  桜の精だと名乗る、見るからにあやしい男女――桜花(おうか)・守桜(すおう)はなんと秋桜を助けに来たのだという。  忘れたわけじゃない  ただ蓋をしようとしただけ  失くしたわけじゃない  ただ置いてこようとしただけ  消したわけじゃない  ただ隠そうとしただけ  それは、宇宙と一輪の秋桜が奏でる詩(うた)。

END OF INFERNAL NIGHTMARE

弥黎/mirei
ファンタジー
 何処か遠い時代。科学が覆う世界で魔法の文明が再び発見される。古い神が残した力は疲弊した世界を潤し、人類に再び繁栄を後押しする。 ___神不在の現代、その世界で一人一種の存在「メア」は、魔法がもたらす歪な進化を止めるために動き出す。

処理中です...