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高校最後の一年

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 それから、俺たちは3年になった。

 あの日の事は、俺だけが忘れられないまま、日々は過ぎていった。




 いつものように教室にいる夕輝のところに行く。

「終わったぞ、帰ろうぜ」

 夕輝は、携帯で音楽を聴いたまま、居眠りをしていた。


 静かに腰をおろして、片耳からイヤホンを外し、自分の耳に入れてみる。

 開けた窓から入る夏風で、ワイシャツの袖と、髪が揺れた。

 気持ちよさそうに目を閉じている夕輝を見て、蒼空は顔が綻んでいた。

 もう少しだけ、このまま……

 耳から入って来る、夕輝が、好きだ、と言っていた音楽を聴きながら、頬杖をつく。

 ひぐらしの鳴く声が聞こえる。

 だんだんと、夕陽に染まっていく教室を眺め、幸せを感じた。



 お互いが、想っていた事は、自分だけが知っていればいい。



 すぅっ、と伸びた指先に触れ、爪を撫で、目を細めた。


「……ん。終わったのか?」
「いい曲だな」
「だろ?」


 物足りない笑顔。

 寝ぼけ眼で目を擦る夕輝は、机の上に散らかした紙をまとめていた。


 その時。

 ゴロゴロ、と遠くで雷が近づく音が聞こえた。

「やっべ! 降る前に帰ろうぜ!」
「間に合わねぇって」

 帰る途中で、案の定夕立に見舞われた。

 だけど、雨は温くて、2人ははしゃぎながら走っていた。


「あのさ」
「ん?」
「俺、東京の学校に行く事にした」

 バス停で、雨宿りしていると、夕輝がポツッと、零した。

 夕輝がさっきまとめていた紙は、東京の学校だった。

「そっか……」

 息苦しい。

 咽せかえるような熱気。

 透けるシャツが、ぺっとり、と夕輝の肌に張り付いている。

 掻き上げた髪から、水滴がしたたって首筋を伝い、湧いてきた感情に、俺は、思わず夕輝の肩を掴んでいた。

 初めて感じる、柔らかい唇の感触と、汗と混ざったシャンプーの匂い。

「やめろ……!」

 俺を突き飛ばして、目を見開いていた後、逃げるように走っていく夕輝の背中を、苦しくて……ただ、黙って見ていた。



           ※

 
 最後の一年。

 そう、思っていたのに、あれから夕輝は俺を、避けるようになった。

 1人で帰る、路。

 それでも、想いは、なくなりはしなかった。

 関係は修復できないまま、2人とも試験の時期を迎え、そして受かった。

 卒業式までは、もう少しある。それまでにはどうにか関係を戻そうと思っていた頃、世砂が話しかけてきた。


「そんな怖い目で見ないでよ。もう、蒼空くん。椋野くんしか見えてないんだもの。私、諦めたんだから」


 前の席に座り、世砂は足を組んだ。


「でも、私だったら、遠距離恋愛なんて無理だな」

「遠距離恋愛じゃない」

「なんで? 両思いだったんじゃないの?」

「夕輝は、もう、俺をそういうふうには思ってない」

「そういう事か……なんで、ここにいるのかと思った」


 世砂が、ため息をついた後、机を叩いた。


「いいの?! 椋野くん、今日、東京に行くんだよ?」

(嘘だろ……!)


 俺は、鞄も持たずに、教室を飛び出していた。
 
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