さよならの代わりに

book bear

文字の大きさ
上 下
2 / 30

記憶喪失

しおりを挟む
「焦らなくてもいいのよ、ゆっくりと思い出せばいいんだから」  

優しく微笑みながら母は総司に言った。
 
どうやら俺は記憶喪失になってしまったらしい。
生まれてから今日までの出来事をきれいさっぱり忘れているのだ。

いや、忘れたというよりも暗闇に覆われていて見えないと言う方が近い気がする。

なんにせよ、今日以前のことは何も思い出すことが出来なかった。

そして、記憶がないと実の両親の事でさえ本当に両親なのかと疑ってしまうそんな自分が嫌だった。

この状況を抜け出すためにも早く記憶を取り戻したいと切実に思った。

「そういえば、今朝居た女性は?」

昼寝から覚めた時には両親の姿しか見当たらなかった。

「そんなの居なかったぞ、俺と母さんだけだ」

父親が無愛想にそう言った。

「そうなんだ・・・・」


記憶がないせいで、以前の距離感がわからず、接し方もわからなくて居心地が悪かった。

それは両親も同じらしく、記憶のない総司にどう接したらいいのか迷っている感じがした。

そのせいで家族なのに他人と接しているような気まずい空気が流れていた。

そんな空気に耐えきれなくなった総司は気になっていたことを聞いた。

「そういえばさ、俺はなんで記憶喪失になったの?」

総司は二人の顔を交互に見つめ聞いた。
すると二人とも暗い表情になった。
父親が母親に目配せで説明してやれと合図し、母親が頷いた。

「実は3日前に地震があったんだけど、それがでかい揺れでね、震度7の揺れがあったのよ。

たまたまあなたの近くにあった電柱が折れて、それの下敷きになってしまい、その時に頭を強く打ったみたいなの、それで記憶が飛んでしまったって聞いたわ」

母親は不安そうに総司を見つめながら話していた。
その表情は、もし記憶が戻らなかったらどうしよう。

そうなったら、今までの総司には戻らなくて、これからの新しい総司を受け入れなければならない。

全くの別人と化してしまった総司と新たに関係を築かなければならない。

それはかつての総司との別れでもあった。
それがとても辛く感じていた。

「その日俺は何をしていたのか知ってる?」

総司は記憶を取り戻すきっかけを掴もうと当時の事をできるだけ詳しく聞こうと思って聞いた。

「わからないわ、さっき話したことが知ってる事全部よ」


その日何をしていたのかを知ることができなかった。

この時になって総司は自分のことを何にも覚えていないことに改めて気付かされた。

記憶を失ってしまった日の事を知る前に、まずは自分について知る必要があると考えを改めることになった。

自分の歳や誕生日、どんな仕事をしていたのか等、気になることを全部聞いていった。

母親は嫌な顔せず知っている事を細かく、丁寧に教えてくれた。

気づけば20時になっていた。
面会時間が20時までなので両親は帰りの支度をする。
また明日も来ると言って帰っていった。
ずっと無口だったがこの時間まで居てくれた父親も根は優しい人なんだろうなと総司は感じた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】記憶を失くした旦那さま

山葵
恋愛
副騎士団長として働く旦那さまが部下を庇い頭を打ってしまう。 目が覚めた時には、私との結婚生活も全て忘れていた。 彼は愛しているのはリターナだと言った。 そんな時、離縁したリターナさんが戻って来たと知らせが来る…。

【完】前世で子供が産めなくて悲惨な末路を送ったので、今世では婚約破棄しようとしたら何故か身ごもりました

112
恋愛
前世でマリアは、一人ひっそりと悲惨な最期を迎えた。 なので今度は生き延びるために、婚約破棄を突きつけた。しかし相手のカイルに猛反対され、無理やり床を共にすることに。 前世で子供が出来なかったから、今度も出来ないだろうと思っていたら何故か懐妊し─

史織物語

夢のもつれ
ライト文芸
地味であまり器用とは言えない史織が好きではない引っ越しのトラックで、本当の自分に気づいていく。 ヴァレンタイン・デイに派手にやらかした前の彼、ぼんやりしているところがかえっていい今の彼……そして、意外な新たなきっかけ。 短い章ごとの詩で史織の秘めた想いが綴られる。

ワンナイトパラダイス

中頭かなり
ライト文芸
20XX年、先進国で新たな制度が設けられ、十八歳以上の国民一人につき十二錠の薬物が配られた。その薬を飲むと、自分の望んだ「夢」を見ることが出来る。「夢」はどのような内容でも構わない。過去に戻ろうが、犯罪を犯そうが、富豪になろうが……その「夢」の中では何をしても自由である。(別サイトにて掲載していた作品です。オムニバス形式の作品です。)表紙はhttps://www.pixiv.net/artworks/109197477様より。

『別れても好きな人』 

設樂理沙
ライト文芸
 大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。  夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。  ほんとうは別れたくなどなかった。  この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には  どうしようもないことがあるのだ。  自分で選択できないことがある。  悲しいけれど……。   ―――――――――――――――――――――――――――――――――  登場人物紹介 戸田貴理子   40才 戸田正義    44才 青木誠二    28才 嘉島優子    33才  小田聖也    35才 2024.4.11 ―― プロット作成日 💛イラストはAI生成自作画像

長編「地球の子」

るりさん
ライト文芸
高橋輝(たかはしあきら)、十七歳、森高町子(もりたかまちこ)、十七歳。同じ学校でも顔を合わせたことのなかった二人が出会うことで、変わっていく二人の生活。英国への留学、各国への訪問、シリンという不思議な人間たちとの出会い、そして、輝や町子の家族や友人たちのこと。英国で過ごすクリスマスやイースター。問題も多いけど楽しい毎日を過ごしています。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

処理中です...