上 下
43 / 47
六章 ビビアン・ウォードの欲深き愛と幸福

40、ボイド伯爵家の四女③

しおりを挟む
 妖精のごとき雰囲気の青年が足を踏み入れると、混乱を極めていた室内は静まり返った。

 突然のフレデリクの登場にセラは目を見開いた。



「どうしてあなたがここに」



 フレデリクはセラに視線を寄越す。そして温度のない声で言い放った。



「君に説明する必要はない。セラ・ボイドの身柄はこちらで預かるよ、良いね?」



 フレデリクはデューイに確認する。デューイが頷いたのを見てセラが叫んだ。



「お待ちください! どうしてあなたが彼の味方を!?」

「……セラ嬢。君が領民に対して行ったことは調査していたんだ。決定的な証拠が無いから手をこまねいていたけど、彼らが協力を名乗り出てくれた」



 セラはフレデリクの言葉に唇を戦慄かせた。目を真っ赤にさせてビビアンを睨む。



「最初から私を嵌めるつもりで……!」

「今日成功しなくても、いずれあなたを追い詰めてやるつもりだったわ。必ず」



 ビビアンはセラを睨み返した。人を追い詰めることについては実績がある。

 フレデリクは言葉を失ったセラに手を差し伸べる。



「さあ、セラ嬢。こちらへ」



 開けられた扉から、廊下には騎士たちが控えているのが窺える。このままフレデリクの手をとれば彼らに連行されるのだろう。



「……っ」

「!」









 セラは走り出した。床に散らばったグラスの破片を掴む。その鋭利な切先をビビアンへ突き出す。

 ビビアンは視界の端で迫り来るセラを捉え、……デューイを庇うように迎え入れた。

 セラの身体がビビアンにぶつかり、そのまま重なるように押し倒した。









「ビビアン!!」





 デューイが二人に駆け寄りセラの身体を押しのけようとした時、ビビアンのくぐもった声が上がった。









「いったぁ~~い!!」

「なっ……!」



 セラがもがくように上体を揺らす。セラが突き出したグラスの破片は、セラの両手ごとビビアンに掴まれていた。



 セラはビビアンの身体を凝視した。確実に腹に当たったはずだ。だが彼女からは血も出ていない。刺繍に覆われたドレスに傷すらついていない、と辿っていくうちにセラは固まった。



「お気付きになって?」



 ビビアンは口角を上げる。

 押し倒された姿勢のまま胸を逸らし、金糸の刺繍を示した。



「わたしのドレスとデューイ様のタキシード、その刺繍やレースは金属を織り込んだ特注品……もはや鎖帷子を纏っていると言っても過言ではないわ!」



 セラは開いた口が塞がらなかった。

 思わずビビアンの頭から下まで見直してしまう。

 わざわざ鎧のようなドレスを作り上げ、身に纏ったというのだろうか? セラの行動を予測して。



「そう何度も刺されると思って!? あなたが逆上したら暴力に走ることなんてお見通しなのよ!」



『前回』デューイの死の真相を探っていたビビアンは、今から振り返ってみるとほとんど真相に近づいていた。デューイを殺害したセラがそんなビビアンを放っておくはずもない。 『前回』ビビアンは凶刃に倒れ、一度その生涯を終えた。だからこそ、最後の最後、追い詰められたセラがどのような行動に出るか──身をもって知っているのである。

 呆然とするセラをフレデリクが冷たく見下ろす。待機していた騎士たちに号を掛ける。



「彼女を連行しろ」



 騎士たちは短く返事すると、ビビアンを押し倒したまま脱力したセラを引き上げる。

 セラは抵抗する様子もなく従った。

 ほう、とようやっと息を吐く。



「ビビアン! 馬鹿!」



 デューイがビビアンに駆け寄り、膝をついた。そのまま抱きしめられる。ビビアンは得意げに笑った。



「事前に打ち合わせしたでしょう?」

「ああ、お前の計画通りだった。でも、いざ目の前にすると……駄目だった」



 その声の心細げな響きにビビアンは胸がいっぱいになった。デューイの背中に腕を回してさすってやる。

 そんな二人に、騎士たちへの指示を終えたフレデリクが近付く。



「二人とも。念のため医者に見てもらいなさい」



 デューイはセラが毒草を混ぜたワインを浴びたし、ビビアンも鋭利なグラスの破片で斬りかかられている。検査は必要だろう。

 デューイは立ち上がり、改めてフレデリクの前に跪いた。胸に手を当てて敬意を表する。



「はい。改めて、公子、ご協力に感謝いたします」



 ビビアンもそれに倣おうと腰を浮かせようとして、止まった。不自然な動きにデューイとフレデリクの視線が集まる。ビビアンは恥ずかしそうに頬に手を添える。



「ど、どうやら腰が抜けてしまったようですわ。こ、この姿勢から失礼いたしますね。おほほ!」



 デューイが顔を背ける。笑いをこらえている時の癖である。

 フレデリクは一拍置いて深い深いため息をついた。



「はあ……。セラ嬢の処分とかで僕は気落ちしているというのに、良い気なものだね。なるほど、これほど神経が図太くなければ、僕に取り引きを持ち掛けるなんてしないか」



 これには返す言葉もなく、ビビアンは引き攣った笑いを浮かべるしかないのだった。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

そんなにその方が気になるなら、どうぞずっと一緒にいて下さい。私は二度とあなたとは関わりませんので……。

しげむろ ゆうき
恋愛
 男爵令嬢と仲良くする婚約者に、何度注意しても聞いてくれない  そして、ある日、婚約者のある言葉を聞き、私はつい言ってしまうのだった 全五話 ※ホラー無し

亡くなった王太子妃

沙耶
恋愛
王妃の茶会で毒を盛られてしまった王太子妃。 侍女の証言、王太子妃の親友、溺愛していた妹。 王太子妃を愛していた王太子が、全てを気付いた時にはもう遅かった。 なぜなら彼女は死んでしまったのだから。

七年間の婚約は今日で終わりを迎えます

hana
恋愛
公爵令嬢エミリアが十歳の時、第三王子であるロイとの婚約が決まった。しかし婚約者としての生活に、エミリアは不満を覚える毎日を過ごしていた。そんな折、エミリアは夜会にて王子から婚約破棄を宣言される。

目覚めたら公爵夫人でしたが夫に冷遇されているようです

MIRICO
恋愛
フィオナは没落寸前のブルイエ家の長女。体調が悪く早めに眠ったら、目が覚めた時、夫のいる公爵夫人セレスティーヌになっていた。 しかし、夫のクラウディオは、妻に冷たく視線を合わせようともしない。 フィオナはセレスティーヌの体を乗っ取ったことをクラウディオに気付かれまいと会う回数を減らし、セレスティーヌの体に入ってしまった原因を探そうとするが、原因が分からぬままセレスティーヌの姉の子がやってきて世話をすることに。 クラウディオはいつもと違う様子のセレスティーヌが気になり始めて……。 ざまあ系ではありません。恋愛中心でもないです。事件中心軽く恋愛くらいです。 番外編は暗い話がありますので、苦手な方はお気を付けください。 ご感想ありがとうございます!! 誤字脱字等もお知らせくださりありがとうございます。順次修正させていただきます。 小説家になろう様に掲載済みです。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

裏切られた令嬢は死を選んだ。そして……

希猫 ゆうみ
恋愛
スチュアート伯爵家の令嬢レーラは裏切られた。 幼馴染に婚約者を奪われたのだ。 レーラの17才の誕生日に、二人はキスをして、そして言った。 「一度きりの人生だから、本当に愛せる人と結婚するよ」 「ごめんねレーラ。ロバートを愛してるの」 誕生日に婚約破棄されたレーラは絶望し、生きる事を諦めてしまう。 けれど死にきれず、再び目覚めた時、新しい人生が幕を開けた。 レーラに許しを請い、縋る裏切り者たち。 心を鎖し生きて行かざるを得ないレーラの前に、一人の求婚者が現れる。 強く気高く冷酷に。 裏切り者たちが落ちぶれていく様を眺めながら、レーラは愛と幸せを手に入れていく。 ☆完結しました。ありがとうございました!☆ (ホットランキング8位ありがとうございます!(9/10、19:30現在)) (ホットランキング1位~9位~2位ありがとうございます!(9/6~9)) (ホットランキング1位!?ありがとうございます!!(9/5、13:20現在)) (ホットランキング9位ありがとうございます!(9/4、18:30現在))

危害を加えられたので予定よりも早く婚約を白紙撤回できました

しゃーりん
恋愛
階段から突き落とされて、目が覚めるといろんな記憶を失っていたアンジェリーナ。 自分のことも誰のことも覚えていない。 王太子殿下の婚約者であったことも忘れ、結婚式は来年なのに殿下には恋人がいるという。 聞くところによると、婚約は白紙撤回が前提だった。 なぜアンジェリーナが危害を加えられたのかはわからないが、それにより予定よりも早く婚約を白紙撤回することになったというお話です。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

処理中です...