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六章 ビビアン・ウォードの欲深き愛と幸福
40、ボイド伯爵家の四女③
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妖精のごとき雰囲気の青年が足を踏み入れると、混乱を極めていた室内は静まり返った。
突然のフレデリクの登場にセラは目を見開いた。
「どうしてあなたがここに」
フレデリクはセラに視線を寄越す。そして温度のない声で言い放った。
「君に説明する必要はない。セラ・ボイドの身柄はこちらで預かるよ、良いね?」
フレデリクはデューイに確認する。デューイが頷いたのを見てセラが叫んだ。
「お待ちください! どうしてあなたが彼の味方を!?」
「……セラ嬢。君が領民に対して行ったことは調査していたんだ。決定的な証拠が無いから手をこまねいていたけど、彼らが協力を名乗り出てくれた」
セラはフレデリクの言葉に唇を戦慄かせた。目を真っ赤にさせてビビアンを睨む。
「最初から私を嵌めるつもりで……!」
「今日成功しなくても、いずれあなたを追い詰めてやるつもりだったわ。必ず」
ビビアンはセラを睨み返した。人を追い詰めることについては実績がある。
フレデリクは言葉を失ったセラに手を差し伸べる。
「さあ、セラ嬢。こちらへ」
開けられた扉から、廊下には騎士たちが控えているのが窺える。このままフレデリクの手をとれば彼らに連行されるのだろう。
「……っ」
「!」
セラは走り出した。床に散らばったグラスの破片を掴む。その鋭利な切先をビビアンへ突き出す。
ビビアンは視界の端で迫り来るセラを捉え、……デューイを庇うように迎え入れた。
セラの身体がビビアンにぶつかり、そのまま重なるように押し倒した。
「ビビアン!!」
デューイが二人に駆け寄りセラの身体を押しのけようとした時、ビビアンのくぐもった声が上がった。
「いったぁ~~い!!」
「なっ……!」
セラがもがくように上体を揺らす。セラが突き出したグラスの破片は、セラの両手ごとビビアンに掴まれていた。
セラはビビアンの身体を凝視した。確実に腹に当たったはずだ。だが彼女からは血も出ていない。刺繍に覆われたドレスに傷すらついていない、と辿っていくうちにセラは固まった。
「お気付きになって?」
ビビアンは口角を上げる。
押し倒された姿勢のまま胸を逸らし、金糸の刺繍を示した。
「わたしのドレスとデューイ様のタキシード、その刺繍やレースは金属を織り込んだ特注品……もはや鎖帷子を纏っていると言っても過言ではないわ!」
セラは開いた口が塞がらなかった。
思わずビビアンの頭から下まで見直してしまう。
わざわざ鎧のようなドレスを作り上げ、身に纏ったというのだろうか? セラの行動を予測して。
「そう何度も刺されると思って!? あなたが逆上したら暴力に走ることなんてお見通しなのよ!」
『前回』デューイの死の真相を探っていたビビアンは、今から振り返ってみるとほとんど真相に近づいていた。デューイを殺害したセラがそんなビビアンを放っておくはずもない。 『前回』ビビアンは凶刃に倒れ、一度その生涯を終えた。だからこそ、最後の最後、追い詰められたセラがどのような行動に出るか──身をもって知っているのである。
呆然とするセラをフレデリクが冷たく見下ろす。待機していた騎士たちに号を掛ける。
「彼女を連行しろ」
騎士たちは短く返事すると、ビビアンを押し倒したまま脱力したセラを引き上げる。
セラは抵抗する様子もなく従った。
ほう、とようやっと息を吐く。
「ビビアン! 馬鹿!」
デューイがビビアンに駆け寄り、膝をついた。そのまま抱きしめられる。ビビアンは得意げに笑った。
「事前に打ち合わせしたでしょう?」
「ああ、お前の計画通りだった。でも、いざ目の前にすると……駄目だった」
その声の心細げな響きにビビアンは胸がいっぱいになった。デューイの背中に腕を回してさすってやる。
そんな二人に、騎士たちへの指示を終えたフレデリクが近付く。
「二人とも。念のため医者に見てもらいなさい」
デューイはセラが毒草を混ぜたワインを浴びたし、ビビアンも鋭利なグラスの破片で斬りかかられている。検査は必要だろう。
デューイは立ち上がり、改めてフレデリクの前に跪いた。胸に手を当てて敬意を表する。
「はい。改めて、公子、ご協力に感謝いたします」
ビビアンもそれに倣おうと腰を浮かせようとして、止まった。不自然な動きにデューイとフレデリクの視線が集まる。ビビアンは恥ずかしそうに頬に手を添える。
「ど、どうやら腰が抜けてしまったようですわ。こ、この姿勢から失礼いたしますね。おほほ!」
デューイが顔を背ける。笑いをこらえている時の癖である。
フレデリクは一拍置いて深い深いため息をついた。
「はあ……。セラ嬢の処分とかで僕は気落ちしているというのに、良い気なものだね。なるほど、これほど神経が図太くなければ、僕に取り引きを持ち掛けるなんてしないか」
これには返す言葉もなく、ビビアンは引き攣った笑いを浮かべるしかないのだった。
突然のフレデリクの登場にセラは目を見開いた。
「どうしてあなたがここに」
フレデリクはセラに視線を寄越す。そして温度のない声で言い放った。
「君に説明する必要はない。セラ・ボイドの身柄はこちらで預かるよ、良いね?」
フレデリクはデューイに確認する。デューイが頷いたのを見てセラが叫んだ。
「お待ちください! どうしてあなたが彼の味方を!?」
「……セラ嬢。君が領民に対して行ったことは調査していたんだ。決定的な証拠が無いから手をこまねいていたけど、彼らが協力を名乗り出てくれた」
セラはフレデリクの言葉に唇を戦慄かせた。目を真っ赤にさせてビビアンを睨む。
「最初から私を嵌めるつもりで……!」
「今日成功しなくても、いずれあなたを追い詰めてやるつもりだったわ。必ず」
ビビアンはセラを睨み返した。人を追い詰めることについては実績がある。
フレデリクは言葉を失ったセラに手を差し伸べる。
「さあ、セラ嬢。こちらへ」
開けられた扉から、廊下には騎士たちが控えているのが窺える。このままフレデリクの手をとれば彼らに連行されるのだろう。
「……っ」
「!」
セラは走り出した。床に散らばったグラスの破片を掴む。その鋭利な切先をビビアンへ突き出す。
ビビアンは視界の端で迫り来るセラを捉え、……デューイを庇うように迎え入れた。
セラの身体がビビアンにぶつかり、そのまま重なるように押し倒した。
「ビビアン!!」
デューイが二人に駆け寄りセラの身体を押しのけようとした時、ビビアンのくぐもった声が上がった。
「いったぁ~~い!!」
「なっ……!」
セラがもがくように上体を揺らす。セラが突き出したグラスの破片は、セラの両手ごとビビアンに掴まれていた。
セラはビビアンの身体を凝視した。確実に腹に当たったはずだ。だが彼女からは血も出ていない。刺繍に覆われたドレスに傷すらついていない、と辿っていくうちにセラは固まった。
「お気付きになって?」
ビビアンは口角を上げる。
押し倒された姿勢のまま胸を逸らし、金糸の刺繍を示した。
「わたしのドレスとデューイ様のタキシード、その刺繍やレースは金属を織り込んだ特注品……もはや鎖帷子を纏っていると言っても過言ではないわ!」
セラは開いた口が塞がらなかった。
思わずビビアンの頭から下まで見直してしまう。
わざわざ鎧のようなドレスを作り上げ、身に纏ったというのだろうか? セラの行動を予測して。
「そう何度も刺されると思って!? あなたが逆上したら暴力に走ることなんてお見通しなのよ!」
『前回』デューイの死の真相を探っていたビビアンは、今から振り返ってみるとほとんど真相に近づいていた。デューイを殺害したセラがそんなビビアンを放っておくはずもない。 『前回』ビビアンは凶刃に倒れ、一度その生涯を終えた。だからこそ、最後の最後、追い詰められたセラがどのような行動に出るか──身をもって知っているのである。
呆然とするセラをフレデリクが冷たく見下ろす。待機していた騎士たちに号を掛ける。
「彼女を連行しろ」
騎士たちは短く返事すると、ビビアンを押し倒したまま脱力したセラを引き上げる。
セラは抵抗する様子もなく従った。
ほう、とようやっと息を吐く。
「ビビアン! 馬鹿!」
デューイがビビアンに駆け寄り、膝をついた。そのまま抱きしめられる。ビビアンは得意げに笑った。
「事前に打ち合わせしたでしょう?」
「ああ、お前の計画通りだった。でも、いざ目の前にすると……駄目だった」
その声の心細げな響きにビビアンは胸がいっぱいになった。デューイの背中に腕を回してさすってやる。
そんな二人に、騎士たちへの指示を終えたフレデリクが近付く。
「二人とも。念のため医者に見てもらいなさい」
デューイはセラが毒草を混ぜたワインを浴びたし、ビビアンも鋭利なグラスの破片で斬りかかられている。検査は必要だろう。
デューイは立ち上がり、改めてフレデリクの前に跪いた。胸に手を当てて敬意を表する。
「はい。改めて、公子、ご協力に感謝いたします」
ビビアンもそれに倣おうと腰を浮かせようとして、止まった。不自然な動きにデューイとフレデリクの視線が集まる。ビビアンは恥ずかしそうに頬に手を添える。
「ど、どうやら腰が抜けてしまったようですわ。こ、この姿勢から失礼いたしますね。おほほ!」
デューイが顔を背ける。笑いをこらえている時の癖である。
フレデリクは一拍置いて深い深いため息をついた。
「はあ……。セラ嬢の処分とかで僕は気落ちしているというのに、良い気なものだね。なるほど、これほど神経が図太くなければ、僕に取り引きを持ち掛けるなんてしないか」
これには返す言葉もなく、ビビアンは引き攣った笑いを浮かべるしかないのだった。
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