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六章 ビビアン・ウォードの欲深き愛と幸福

39、ボイド伯爵家の四女②

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 ビビアンはセラとデューイの間に立ち、彼を背に庇う。



「あなた、一体どうしてこんなことを? 大嫌いって、何なの?」



 ビビアンの言葉にセラはギョロリと眼だけを動かす。



「こんなことって?」

「私たちを攻撃したり、孤児院や救貧院で人を殺したりしたことよ!」



 ああ、とセラは質問の意図を理解したようである。

 それから鼻でビビアンを笑った。



「順番が逆よ、ウォードさん? 私はただ、可哀想な人を看病して慰めて差し上げたかっただけよ。その結果死んでしまったのは、そう……本当に不幸なことだわ」



 セラは心の底から憐れんだ表情でそう述べた。



「何を言っているんだ……?」



 デューイは意味がわからない、と言葉を漏らす。ビビアンは彼女の今までの言動を思い出し、血の気が引いていく。

 ビビアンの表情にセラは薄らと微笑んだ。それから自分の気持ちに思いを馳せ、うっとりと頬を染めた。



「私、可哀想な人を慰めて差し上げることに、とても幸せを感じるんです。孤児院で苦しんでいる子供たちの背中をさすってあげる時、心が満たされたわ」



 デューイが言葉を失う。看護をするために他人を病人にする。

 全く理解できない動機だった。



「あなたには分からないのでしょうね。私もあなたのことが全く分からないもの」

「どうして、わたしたちに毒を盛ろうとしたの? 孤児院や救貧院を狙っていたあなたが、わざわざ危険を冒してまで」



 ビビアンはずっと抱いていた疑問をぶつけた。

 孤児院で子供たちの急死を知り、犯人がセラであるという可能性に気付いてからずっと分からなかった。

 そもそも、『前回』セラが彼を殺害した動機が分からないのだ。

 セラは瞬きをした。胸に手を当て、自分の素直な気持ちを打ち明ける。



「結婚披露宴で不幸が起きたら、デューイ様、あなたはどれ程可哀想なのかしら! 私は傷ついて打ちのめされるあなたが見たい!」



 ビビアンは思わず一歩下がった。



「ど、どうしてそこまで……? あなたは誰からも尊敬される人格者だと思っていたのに」

「人格者ね、そう。そうなるしかなかったじゃない。伯爵家の四女として生まれて、爵位も継げない、才能もない私に望まれているのは婚姻だけ。面白みのない人生。だけど貴族ならみんな同じような不満を抱えているのだと思っていたわ」



 彼女はデューイを見据えて続ける。



「デューイ様の噂はよく聞こえてきたわ。領地を継ぐことに前向きで努力しているって。こんな美しい人が自分の境遇に納得している。気持ち悪かったわ。けれど結局、家が決めた相手と結婚するのだと思うと面白かったの。相手がビビアンさんでしょう? 平民で、品のない方。お金のための結婚だと思っていたのに……」



 セラの脳裏に夜会での出来事が蘇った。



「それなのに、あの時ビビアンさんを助けに令嬢たちの間に入って行くあなたを見て、寒気がしたわ。まるで……本当に愛し合っているみたいじゃない!」



 セラは絶叫した。



 ビビアンはセラの言葉を咀嚼した。セラにとってデューイは、自身の境遇を受け入れている存在であり、彼女にとって理解したがい存在であろう。

『前回』のことはもはや推し量ることしかできないが、『前回』も彼に対して鬱屈した感情を抱えていたとしたら。



 ──うまくいってなかったんじゃないか? 結婚生活が

 というデューイの言葉がよぎった。

 ビビアンは思わず口にしてしまっていた。



「デューイ様あなた、なんて女運のない方なの……!? 『前回』はセラ嬢を掴まされて、今回も結局わたしに捕まっちゃうなんて!」

「言ってる場合か?!」



 デューイは思わず崩れそうになりながら突っ込んだ。



「言ってる場合よ! 性格だけは勝てないと思ってたけど、セラ嬢の性格が最悪だと分かった今、俄然負ける気がしないわ!」



 オーッホッホッホッ! とビビアンは小物の悪役のような高笑いをした。セラに指を突きつけて言い放つ。



「セラ嬢、あなたがどれだけ頑張ろうがデューイ様は可哀想になんてならないの。デューイ様はどれだけ傷ついても苦しみに向き合える、勇敢で格好いい、わたしの大好きな人だから! そして、あなたがどれだけ他人を損なったとしても、誰一人可哀想な人にはならないのよ! 居るのはただの人殺しよ!」



 セラはビビアンの言葉を真正面から受け止め、鼻で笑った。



「だからなんだというの? あなたたちが私を告発するの? 貴族の子息、それも男爵家の言葉を誰が信じるのかしら。証拠も今となっては無くなってしまったのに」



 セラは叩きつけられ四散したグラスに視線をやった。

 証拠である葡萄酒は床を濡らしている。



 その時、閉じられていた扉が音もなく開いた。



「確かにその通りだ。だから、僕が証人になろう」



 銀糸を揺らして、貴族の子息──それも公爵家の子息であるフレデリクが入室した。







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