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六章 ビビアン・ウォードの欲深き愛と幸福
35、孤児院
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ビビアンたちは男爵領にある、フレデリクが訪ねた孤児院に来ていた。
フレデリクの行動を辿った結果、フレデリクはセラが慰問した孤児院に足を運んでいることが分かった。彼女はボイド伯爵領の孤児院だけでなく、アークライト領にも足を延ばしていたようだ。
「慈善活動としては正しいかもしれませんけれど、領主に挨拶なさればよろしいのに」
ビビアンは思わずぼやいた。デューイも口にこそしないが内心では同意である。
孤児院は古くなった建物に、どことなく寂しい雰囲気が漂う場所だった。多くの子供たちが生活をしているわりには活気がない。
二人を出迎えたのは壮年の男性だった。この孤児院の院長で、疲れた顔をしていたがデューイの顔を見て微笑む。
「最近尊い方々の慰問が多くてありがたい限りです」
「もっと頻繁に来れたら良いのだが……疎かになってすまない」
デューイは院内で過ごす子供たちの様子を遠目に見る。どことなく暗い表情に見えた。
「その、わたしたちより以前に訪れた貴族の方々はどのようなご様子でした?」
ビビアンはそれとなく院長に尋ねた。
当時の様子を思い出しながら、院長は貴族に対して無礼のないように慎重に答える。
「皆さん優しくて親切な方ばかりでしたよ。子供たちの看病まで手ずからしてくださって」
それから声の調子を落として続けた。
「……残念ながら流行り病で命を落としてしまった子もいるのです。それでも最期まで手厚く看取ってくださいました」
デューイは目を見開いた。
流行り病? 確かバートがそんな話をしていたような、と記憶を掘り起こす。デューイは自分の意識の低さを自覚しながら尋ねる。
「恥ずかしながら状況を把握できていない。規模はどれくらいで、必要なものはあるか? ……死人が出るほどのものなんだな?」
デューイの質問に院長が答えようとした時、彼の後ろから少年がやってきてデューイに体当たりした。院長が怒声を上げる。
「こら!」
「デューイ様っ!」
「いや、大丈夫だ。君は?」
デューイが片手で制す。少年の肩に手を添えて顔を覗き込む。
少年は一瞬怯んだが、デューイを見上げて叫んだ。
「貴族なんて来たって意味ねーじゃん! みんな死んじゃってるんだ!! 帰れよ!」
ビビアンは少年に駆け寄った。しゃがんで目線を合わせる。
「詳しく聞かせて頂戴?」
少年はビビアンとデューイ、それから院長の顔に視線をさ迷わせた。
院長に頷かれ、おずおずと話始める。
「……何回か貴族のねーちゃんが来たんだけど、結局誰も良くならなかった。今まで普通だった子が急に苦しみだして、吐いたりして、みんな最期はおかしくなっちゃって……」
言葉に詰まりだした少年に、デューイは彼の肩をさすってやる。院長に顔を向けて尋ねる。
「その病気って言うのは、病名は分かるのか?」
「いえ、病名は分からないんです。発症が急でお医者様も間に合わず……ただ症状が類似した患者が多いので、流行病なのだと思っています」
デューイは目を伏せた。近しい者が急死したら平静ではいられないだろう。孤児院全体に流れる重苦しい雰囲気に納得する。
「医者が派遣できないか確認してみる。素人の看病だから追いつかなかったんだろう」
「確かに誰も助かりませんでしたが、最期まで看取って貰って感謝しているのですよ。本当に聖女のような方で……」
院長は寂しげに笑いながらそう言った。
◆
思いがけず人の命に係わる話に発展し、デューイは沈んでいた。
「なーにが聖女よ!」
が、ビビアンは全く関係のない所で憤っていた。
彼女は『デューイ』を殺したかもしれないのだ。現在はどうであれ、そういう危険な精神性を持っているかもしれないのに。
──それなのに上辺の雰囲気に騙されてちやほやしちゃって!
ビビアンは伯爵家でフレデリクと邂逅した時のことを振り返りながら不満を口にする。
「あの時だってデューイ様もフレデリク様もデレデレしちゃって、ちやほやしていたでしょう」
デューイは未だにセラに対抗意識を持つビビアンに呆れた気持ちになる。しかし、一応思い当たる節があるのか言い返せない。ビビアンは伯爵家でのデューイやフレデリクの様子を思い出し、当時心に浮かんでいた疑問を口にした。
「そう言えば、ボイド邸の庭を見た時にお二人とも珍しいって褒めてらっしゃっていましたよね。何がそんなに珍しかったのかしら」
デューイは記憶を遡る。そんなことがあっただろうか? 必死にボイド邸の様子を思い返し、とある光景に行きつく。
「……ああ、ビビアンは各地の物を見ているから見慣れているかもな」
次のデューイの言葉にビビアンは息を呑んだ。
「この地域にはない花だったと思う」
ビビアンの脳裏に、『未来』と『今』の記憶が入り乱れ閃光のように蘇る。
他人の趣味に変わったアークライト邸の庭園、ボイド邸で見た白や黄の花々、脇腹に痛みが走る。
「ビビアン?」
デューイが気遣わし気に声を掛ける。
「デューイ様、バートを貸してください。植物についての本を調べさせるわ」
◆
それから、バートはウォード邸の蔵書と言う蔵書を調べ尽くした。
ポールも追加の調査結果を報告する。
ビビアンとデューイはそれらを受け、押し黙った。
孤児院からの帰路、ビビアンは一つの推測に辿り着き、デューイに伝えた。バートやポールから得た調査結果は、それを裏付けるものだった。
報告をしたポールが思わず口を出す。
「これは……暴いても良い事実なんですか?」
「許されないことが行われているのよ?! 黙っていられないわ!」
ビビアンは語調を強める。
「放っておいて良いなんて、デューイ様も思われないでしょう?」
「確かに危険な賭けだが、アークライト領の次期領主として、やらねばならないだろう」
デューイの言葉にビビアンも頷く。
「そうですわ! だからこそ、フレデリク様と交渉しなくては! だから、その為にも、えっと……」
鼻息を荒くしていたビビアンだが、突然言い淀んだ。
デューイが小首を傾げる。
これからデューイに提案することは、フレデリクを説得する為だけのものではない。ほとんどビビアンの願望の為によるものだ。
「いいえ、これは私の幸せと願いの為に、あなたに言います」
ちらりと背後のマリーに視線を遣ると、布に包まれた小箱を差し出す。ビビアンはそれを受け取り、デューイに向き合った。こんなこともあろうかと常に用意していて良かった。
徐に跪いて小箱を掲げる。
デューイは察したようで、まさか、と思わず後退る。
ビビアンはそんな美しい相貌を見上げ、心の底から微笑んだ。
そして小箱の蓋を持ち上げ、光を受けて輝く銀の指輪を見せる。
「わたしの生涯をかけて、あなたの幸福を誓います。デューイ様、わたしと結婚してくださいませ!」
フレデリクの行動を辿った結果、フレデリクはセラが慰問した孤児院に足を運んでいることが分かった。彼女はボイド伯爵領の孤児院だけでなく、アークライト領にも足を延ばしていたようだ。
「慈善活動としては正しいかもしれませんけれど、領主に挨拶なさればよろしいのに」
ビビアンは思わずぼやいた。デューイも口にこそしないが内心では同意である。
孤児院は古くなった建物に、どことなく寂しい雰囲気が漂う場所だった。多くの子供たちが生活をしているわりには活気がない。
二人を出迎えたのは壮年の男性だった。この孤児院の院長で、疲れた顔をしていたがデューイの顔を見て微笑む。
「最近尊い方々の慰問が多くてありがたい限りです」
「もっと頻繁に来れたら良いのだが……疎かになってすまない」
デューイは院内で過ごす子供たちの様子を遠目に見る。どことなく暗い表情に見えた。
「その、わたしたちより以前に訪れた貴族の方々はどのようなご様子でした?」
ビビアンはそれとなく院長に尋ねた。
当時の様子を思い出しながら、院長は貴族に対して無礼のないように慎重に答える。
「皆さん優しくて親切な方ばかりでしたよ。子供たちの看病まで手ずからしてくださって」
それから声の調子を落として続けた。
「……残念ながら流行り病で命を落としてしまった子もいるのです。それでも最期まで手厚く看取ってくださいました」
デューイは目を見開いた。
流行り病? 確かバートがそんな話をしていたような、と記憶を掘り起こす。デューイは自分の意識の低さを自覚しながら尋ねる。
「恥ずかしながら状況を把握できていない。規模はどれくらいで、必要なものはあるか? ……死人が出るほどのものなんだな?」
デューイの質問に院長が答えようとした時、彼の後ろから少年がやってきてデューイに体当たりした。院長が怒声を上げる。
「こら!」
「デューイ様っ!」
「いや、大丈夫だ。君は?」
デューイが片手で制す。少年の肩に手を添えて顔を覗き込む。
少年は一瞬怯んだが、デューイを見上げて叫んだ。
「貴族なんて来たって意味ねーじゃん! みんな死んじゃってるんだ!! 帰れよ!」
ビビアンは少年に駆け寄った。しゃがんで目線を合わせる。
「詳しく聞かせて頂戴?」
少年はビビアンとデューイ、それから院長の顔に視線をさ迷わせた。
院長に頷かれ、おずおずと話始める。
「……何回か貴族のねーちゃんが来たんだけど、結局誰も良くならなかった。今まで普通だった子が急に苦しみだして、吐いたりして、みんな最期はおかしくなっちゃって……」
言葉に詰まりだした少年に、デューイは彼の肩をさすってやる。院長に顔を向けて尋ねる。
「その病気って言うのは、病名は分かるのか?」
「いえ、病名は分からないんです。発症が急でお医者様も間に合わず……ただ症状が類似した患者が多いので、流行病なのだと思っています」
デューイは目を伏せた。近しい者が急死したら平静ではいられないだろう。孤児院全体に流れる重苦しい雰囲気に納得する。
「医者が派遣できないか確認してみる。素人の看病だから追いつかなかったんだろう」
「確かに誰も助かりませんでしたが、最期まで看取って貰って感謝しているのですよ。本当に聖女のような方で……」
院長は寂しげに笑いながらそう言った。
◆
思いがけず人の命に係わる話に発展し、デューイは沈んでいた。
「なーにが聖女よ!」
が、ビビアンは全く関係のない所で憤っていた。
彼女は『デューイ』を殺したかもしれないのだ。現在はどうであれ、そういう危険な精神性を持っているかもしれないのに。
──それなのに上辺の雰囲気に騙されてちやほやしちゃって!
ビビアンは伯爵家でフレデリクと邂逅した時のことを振り返りながら不満を口にする。
「あの時だってデューイ様もフレデリク様もデレデレしちゃって、ちやほやしていたでしょう」
デューイは未だにセラに対抗意識を持つビビアンに呆れた気持ちになる。しかし、一応思い当たる節があるのか言い返せない。ビビアンは伯爵家でのデューイやフレデリクの様子を思い出し、当時心に浮かんでいた疑問を口にした。
「そう言えば、ボイド邸の庭を見た時にお二人とも珍しいって褒めてらっしゃっていましたよね。何がそんなに珍しかったのかしら」
デューイは記憶を遡る。そんなことがあっただろうか? 必死にボイド邸の様子を思い返し、とある光景に行きつく。
「……ああ、ビビアンは各地の物を見ているから見慣れているかもな」
次のデューイの言葉にビビアンは息を呑んだ。
「この地域にはない花だったと思う」
ビビアンの脳裏に、『未来』と『今』の記憶が入り乱れ閃光のように蘇る。
他人の趣味に変わったアークライト邸の庭園、ボイド邸で見た白や黄の花々、脇腹に痛みが走る。
「ビビアン?」
デューイが気遣わし気に声を掛ける。
「デューイ様、バートを貸してください。植物についての本を調べさせるわ」
◆
それから、バートはウォード邸の蔵書と言う蔵書を調べ尽くした。
ポールも追加の調査結果を報告する。
ビビアンとデューイはそれらを受け、押し黙った。
孤児院からの帰路、ビビアンは一つの推測に辿り着き、デューイに伝えた。バートやポールから得た調査結果は、それを裏付けるものだった。
報告をしたポールが思わず口を出す。
「これは……暴いても良い事実なんですか?」
「許されないことが行われているのよ?! 黙っていられないわ!」
ビビアンは語調を強める。
「放っておいて良いなんて、デューイ様も思われないでしょう?」
「確かに危険な賭けだが、アークライト領の次期領主として、やらねばならないだろう」
デューイの言葉にビビアンも頷く。
「そうですわ! だからこそ、フレデリク様と交渉しなくては! だから、その為にも、えっと……」
鼻息を荒くしていたビビアンだが、突然言い淀んだ。
デューイが小首を傾げる。
これからデューイに提案することは、フレデリクを説得する為だけのものではない。ほとんどビビアンの願望の為によるものだ。
「いいえ、これは私の幸せと願いの為に、あなたに言います」
ちらりと背後のマリーに視線を遣ると、布に包まれた小箱を差し出す。ビビアンはそれを受け取り、デューイに向き合った。こんなこともあろうかと常に用意していて良かった。
徐に跪いて小箱を掲げる。
デューイは察したようで、まさか、と思わず後退る。
ビビアンはそんな美しい相貌を見上げ、心の底から微笑んだ。
そして小箱の蓋を持ち上げ、光を受けて輝く銀の指輪を見せる。
「わたしの生涯をかけて、あなたの幸福を誓います。デューイ様、わたしと結婚してくださいませ!」
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