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五章 資産家令嬢に愛と執念の起死回生を

31、再出発

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「デューイ様っ!」

 大慌てで身なりを整え、デューイの待つ部屋へ飛び込んだ。
 ソファーで待っていたデューイが腰を浮かす。その顔を見た途端、ビビアンは堪らなくなった。

「こんな時間に押しかけてごめん」

 デューイの言葉にビビアンはゆるく首を振って否定する。

「いいえ。わたしもあなたに会いに行くところでした」

 ビビアンの様子にデューイは緊張した面持ちで言葉を待った。ビビアンは胸に手を当ててデューイを見つめた。まず自分の素直な気持ちを伝えなくては。

「花市では、ごめんなさい。わたしの発言を撤回させてくださいませ。他の女の人を紹介されるなんて絶対に嫌です」

 その言葉にデューイはほっとして肩の力を抜いた。大きく息を吐く。

「俺もそのつもりだよ。良かった」

 安心したからか、デューイは思わず拗ねた口調になってしまった。

「そもそも、離れたくないって言ったのはお前なんだからな」
「えっ!? そんなこと言いました?!」

 ビビアンが驚愕する。デューイは口が滑ったと視線を逸らした。
 これはビビアンが暑さで倒れた際の発言であり、当然ビビアンに自覚は無い。

 この言葉があったからこそデューイはビビアンの気持ちを知ったし、自分の気持ちにも気付いたのだが、彼女には当分教えるつもりはない。デューイ自身にとっても相当に恥ずかしい出来事だったからである。
 デューイは強引に話題を変えた。

「それより、未来から戻ってきたっていうのは……」

 錯乱したビビアンが口走った言葉だ。当然の疑問である。
 ビビアンは覚悟を決めた。

「言った通りです。わたしはあなたが殺された、5年後から『戻って』きたの」





 ビビアンは5年後から戻ってきたこと全てを話した。アークライト夫人が負傷した事件、ビビアンが付きまとい行為をしたことから始まり、婚約解消したこと、デューイが不審死を遂げたことを説明した。そしてビビアンが何者かによって刺殺され、時を遡ってここに戻ってきたことも。

 デューイは黙ってそれを聞いていた。
 話終えたビビアンは恐々とデューイの様子を窺った。デューイなら頭から否定はしないだろうとは思うが……。

「刺されたところは大丈夫なのか?」

 デューイの言葉にビビアンは瞬きした。それから説明が不足していたと付け足す。

「あの、身体も5年前に戻っているというか、大人のわたしの意識が子供の身体に入っているというか。だから身体は元気です」
「そういうものなのか」

 デューイが納得して頷く。
 ビビアンは思わず声を上げた。

「それだけでよろしいの?! ほら、怖いとか、頭がおかしいとか思うでしょう!?」
「正直半信半疑だけど、今までのビビアンの奇行に理由があってホッとしているな」
「奇行ですって?」

 ビビアンは眉を上げる。

「ビビアンが強盗と取引しようとしていた時の俺の気持ちが分かるか?」
「ぐう……」

 ぐうの音が出た。ビビアンはむくれたまま問いただす。

「わたしのこと怖くないのですか?」
「怖い。医者を呼ぶべきか迷っている」
「そうじゃなくて! わたし、未来のあなたに付きまとい行為をしていたのよ? 怖いし、き、気持ち悪いでしょう……?」

 ビビアンは『5年後』のデューイの、嫌悪の視線を思い出した。知らず身を竦める。目の前のデューイは暫く考えてから口を開いた。

はされてないから分からん」
「それはそうですけれど!」

 どうして伝わらないのかしら!? ビビアンは思わず叫んだ。

「ちゃんと伝わってるよ。ビビアンの方こそ分かってるのか? 俺の母上は健在だし、俺はビビアンから迷惑行為を受けてないし、ジョンとも友達のままだ。お前が申し訳なく思う相手は『俺』ではないって、本当に分かってるのか?」

 デューイの言葉にビビアンは瞳を潤ませた。思わず顔を伏せる。
 分かっている。

 ビビアンが本当に償いたい相手は、もう永久に失われたままなのだ。そして同時に、以前から意識の底にあったものを口にしていた。

「わたしも、あなたの本当の『ビビアン』を奪ってしまったのではないかって思ってるの。……わたしは、あなたと一緒に時を過ごした『わたし』ではないのでは、って。分かるでしょう?」
「……うん」

 デューイから返って来たのは寂しさを含んだ声だった。俯かせた顔が上げられない。
 デューイはビビアンの名を呼んだ。

「ビビアン。俺たちはこれからも誰かを傷つけるだろうし、選べなくて手に入れられないものも出てくる。それでも……」

 デューイは言葉を探しているようだった。ビビアンは息を詰めてデューイの言葉を待つ。

「それでも、それなら、ビビアンと一緒が良い。目の前のお前と。俺が……ビビアンのことを好きだからだ」

 はた、と二人の間の空気が止まる。
 ビビアンはデューイをまじまじと見つめた。瞬きをし過ぎて、堪えていた涙は零れ落ちていた。気まずくなったのか彼の方から視線を逸らす。

 白く端正な横顔がじわじわと染まっていくのを見て、ビビアンはやっと言葉をそのまま受け止めた。
 ほとんど体当たりの形でデューイに抱き着く。涙で鼻を鳴らしながら叫ぶ。

「わたしも大好き!!」
「……うん」
「ちゃんと抱きしめ返してくださいませ!」

 デューイはやや躊躇ってからビビアンの背中に腕を回した。

「……ビビアンこそ、殺人とか、そんな恐ろしい未来が待っているのに、俺で良いのか?」
「わたし、デューイ様の話を聞いていると勇気が湧いてくるの。怖くても、デューイ様と一緒に居たい。デューイ様、わたしと一緒に戦ってくださいますか?」
「当たり前だろ」

 ビビアンはデューイの胸に顔を埋めた。世界で一番幸福な場所を堪能する。
 それからふと、とある気持ちが浮かんでくる。

 それは口に出すべきか迷うものだった。
 はしたないし、真面目な話をしていたのに、と呆れられるかもしれない。しかしロマンチックな気持ちでいっぱいになってしまったビビアンには、なかなか取り下げられないものだった。
 もぞもぞと逡巡するビビアンに気付いたデューイが視線を胸元の彼女に下げる。

「ビビアン?」

 水を向けられ、ビビアンは開き直った。口の端を震わせながら顔を上げてデューイを見る。

「デューイ様、感動して泣いている……あなたのことが大好きな女の子に、すべきことがあるのではありませんか?」

 デューイは首を傾げた。ビビアンは視線をさ迷わせ、デューイから少し身を離す。それから彼に向けて顔を上向け、瞳を閉じた。

「──……ッ!」

 デューイは思わず周囲を確認した。なんと応接室には二人しか居ない。
 いや! ここはウォード邸の応接室だ、という理性や、何処にぶつけて良いか分からぬ怒り、羞恥心でデューイは躊躇った。

 しかし、自分で仕掛けておきながら真っ赤になっているビビアンの顔を見て──可愛くて小憎らしい、デューイの為に勇気を出してくれたこの女の子に、自分もキスがしたいと分かったのだった。



 そうしてやっと、デューイはビビアンと唇を重ねた。


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