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五章 資産家令嬢に愛と執念の起死回生を

29、マリーからビビアンへ

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 デューイから走り去ったビビアンは、自室のベッドに沈んでいた。



 ──フレデリク様の言葉を受け入れるべきです



 ビビアンは自分の言葉を反芻した。フレデリクの言葉、それは他の女性を紹介するというものだ。

 フレデリクの紹介なら、公爵家とも良好な関係の、アークライト家の財政も支えられるような相手だろう。デューイにとっては問題ないはずだ。むしろアークライト家からしたら願ってもない良縁だろう。

 見知らぬ女性がデューイの隣に立つ様子を想像して、ビビアンはぐずぐずと鼻を鳴らした。

 コンコン。控えめなノックが響く。



「お嬢様……今、よろしいですか?」



 扉の向こうからマリーが声を掛ける。ビビアンはぐしゃぐしゃになった顔を乱雑に拭って上体を起こした。



「……どうぞ」



 マリーが静かに入室する。後ろ手に何かを持っているようだが、ビビアンは気にする余裕が無い。彼女はビビアンの真赤になった顔を見て言葉を詰まらせた。

 扉の前から動かず、視線を床に落としてマリーは口を開いた。



「お嬢様は、これでよろしいのですか?」

「良い訳ないでしょ!?」



 ビビアンはかすれた声で叫んだ。マリーに当たっても仕方ないと分かっていても口が勝手に動く。



「全然良くないわよ! わたしは『前回』でフラれた時も平気な顔してたけど超落ち込んでたんだからね?! わたしが一番! 誰よりずっとデューイ様のことを愛してるのに~ッ! キィーーッ!!」



 ビビアンはみっともなく声を上げた。手元の枕を引き寄せて乱暴に叩く。

 恐ろしい未来から戻ってきたビビアンは、やり直しの日々を過ごしていくうちに『前回』よりもずっと、デューイに恋をしていた。

 どんな場面でもビビアンを守ろうとする姿勢も、今まで知らなかったデューイの脆い一面も、甘やかな視線も、デューイのことを知れば知るほど惹かれていった。



「それではどうして」



 ビビアンは手元を見つめる。そんなこと決まっている。



「どんなに苦しくたって、やらなきゃいけないことなら、するしかないじゃない。デューイ様が死んじゃうよりずっと良いもの」

「そうですね……」



 マリーの声が震えた。



「生きていれば、いつかこの決断に納得する日が来るでしょう。いつかデューイ様以外の人を好きになる日が来るかもしれません」



 ビビアンはマリーが何を言いたいのか分からず、眉根を寄せた。



「お嬢様お忘れですか? 『前回』亡くなったのはデューイ様だけではないのですよ? お嬢様だって、誰かに刺されて──恐らくは殺されて、ここに戻って来たんですよ?」



 マリーの声は固かった。



「デューイ様と生きることがお嬢様の命を危険にさらすのなら、彼と別れて違う生き方をしたって良いではありませんか。違う幸せがあるかもしれないじゃないですか」



 ビビアンは目を見開いた。



「生きてさえいれば、どんな悲しみからも、いつかは立ち直れる……。何度だってやり直せる」



 マリーは唇を噛んだ。それからゆっくりと呼吸を整える。



「そう言おうと思っていたのに。『私』のことを思えば、そう言うべきなんです」



 ビビアンは首を傾げた。

 マリーは後ろ手に持っていた物を前に差し出した。

 それは、「虫干し」の日に見つけた、古い魔術書だった。マリーはページをめくり、ある項目を指し示す。願いを成就させる方法、相手に好意を抱かせる方法、愛の秘薬──それらに続いて書かれていたのは「時を戻す方法」というものだった。



「これは……」



 ビビアンは戸惑い、本とマリーの顔を見比べた。

 この本を見つけてからマリーがずっと考えていたことだ。



「お嬢様が未来から『戻って』来たのは、未来の『私』がこのページを見つけたからです」



 マリーは確信をもって告げた。涙を湛えた瞳が揺れる。気持ちが高ぶり、困ったように笑った。



「私には『未来』の記憶はありません。でも、だって私なら。お嬢様が死んでしまったらきっと、同じことをするでしょうから」

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