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五章 資産家令嬢に愛と執念の起死回生を

28、花市②

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 男に呼ばれるままデューイ達が駆け付けた先は、花市ということを差し引いても異様な光景だった。

 人だかりができているのに、その中心からは距離を取っている。あれほど雑然としていた花市で、皆一様に声を失っていた。

 デューイを呼んだ男は人だかりの中心を指さして言った。



「あの人! どう見ても坊ちゃんの側の人でしょう! 俺たちじゃ対応しきれやせん!」



 ビビアンは眩暈がした。

 男が指さした先では、美貌の貴公子、公爵家次男フレデリク・フォスターが興味深そうに露店を眺めていた。

 フレデリクが銀糸の髪を耳に掛ける。

 そこだけ宗教画を切り取ったかのような光景である。

 妖精のごとき美貌の青年に、領民たちは言葉も出なかった。ただただ目が離せず、呆けているばかりだ。



 あまりに浮世離れしたフレデリクの雰囲気に、とりあえず貴族だろうと判断してデューイを呼んだ次第である。

 後ろに居るマリーとバートも初めて見るフレデリクの姿に息を呑んでいる。ビビアンはこっそりとデューイに耳打ちした。



「デューイ様、今なら見なかったことに」

「できるわけないだろ……」



 デューイが強張った声を出す。

 顔を上げたフレデリクがこちらに気付いた。デューイを認めると、目元を綻ばせる。

 デューイは胸元に手を当て一礼した。ビビアンも倣う。

 フレデリクは実に気さくに話しかけた。



「面を上げて。久しぶりだね」

「……こちらに御用がおありでしたら、お声掛け下さればおもてなし致しましたのに」

「この辺りの孤児院の慰問に来たついでに寄っただけだから、それには及ばないよ」



 ビビアンは内心、どうかしら、と疑った。

 セラ・ボイドの邸宅で彼に会った際、ビビアンは平民ということで相当嫌味を言われている。フレデリクの人間性を垣間見た立場からすると、言葉をそのまま受け取ることは難しかった。

 フレデリクはちらりとデューイの後ろを見遣った。



「ところで、最近派手な行動をしているみたいだね。平民を秘書にしたり……」



 デューイの後ろでバートが身を強張らせた。



「貴族の子息を働かせたり」



 ビビアンは口元を引き結んだ。男爵家三男のジョンを商会で雇っていることを言っているのだ。



「やはり婚約者の影響なのかな?」



 フレデリクの言葉に、ビビアンは思わず俯いてしまった。以前と同じように、彼の話が終わるまで耐えればよいだけだ。だがマリーやバート、領民たちが見ている前で誹りを受けるのは……。

 フレデリクはビビアンの反応を見て続けた。



「君にあまりに悪影響を与えるのなら、僕から似合いの女性を紹介しても良いよ」



 デューイが目を見開いた。瞳が揺れる。

 一方でフレデリクは全く悪意の無いようだった。実に親切心、という表情をしている。

 だからデューイは、自分がこれから話す言葉が彼に響かないだろう、ということを覚悟せねばならなかった。



「フレデリク様は……」



 それでもデューイはゆっくりと口を開いた。



「フレデリク様は、私たちの良好な関係を買っていてくださっていると、以前仰っていましたよね?」



 デューイは隣に立つビビアンの手を握った。ビビアンは弾かれたように彼を見上げる。



「デューイ様……!」

「私が未熟な為に、あなたが憂慮するのはもっともです。でも、……私の変化は、全てビビアンが私のことを考えてくれてもたらされたものです。私は愛する領地を彼女と守っていきたいと思っています」



 デューイは大きく息をついて呼吸を整えた。



「どうか、あなたの寛容な心で見守っていてくださいませんか?」



 フレデリクが表情を消す。

 温度を感じさせない瞳でデューイを見据える。



「君の領地を守ろうとする意志と、君の軽率な行動が一致しているとは思えないな。とはいえ……」



 フレデリクは周囲を見渡した。



「今日はせっかくの祭りだ。彼らのための日に水を差すのは、僕の望むところじゃない」



 デューイはその言葉を受け、辺りに視線を遣る。領民たちが固唾をのんでこちらを見守っている。



「またゆっくりと話をしよう」









 フレデリクは本当に去って行った。

 静まり返っていた領民たちが一斉に盛り上がる。



「ヒューヒュー!」「よっ! 漢だね!」「かっこいいー!」

「うるさいわよッ!! お黙り!」



 真っ青になったビビアンが一喝した。

 盛り上がっている場合ではないのである。



 ビビアンはデューイの手を引いた。フレデリクについて話すには領民たちが邪魔である。人気のない場所を求めてつかつかと歩を進める。



 夕日が二人の表情に影を落とした。



「ビビアン……」



 手を引かれながらデューイが声を掛ける。ビビアンは前を見据えたまま声を荒げた。



「馬鹿ではありませんか!? どうしてあんなこと仰ったの?!」

「あんなことを言われて黙っていろって言うのか? 他の女性を紹介するって言われたんだぞ!」

「ただの嫌味でしょう? 黙っていればよかったのです! 大人しくしておけば前みたいに終わったのに」



 伯爵家での出来事だ。



「あの時だって嫌な思いをしただろう」

「嫌な思いで済めばよいではありませんか!」



 ビビアンは叫んだ。足を止める。デューイから顔を逸らしたまま続ける。



「歯向かって、目を付けられでもしたら……」



 唇が震える。ビビアンは歯を食い縛った。



「死んだらどうするんですか……!」

「は?」



 あまりに予想していなかった言葉にデューイは面喰う。



「公爵家に嫌われて、こ、殺されたりでもしたら……」

「どうしてそんな極端な発想に……」



 デューイは本気で当惑した。だがビビアンのただならぬ様相に口をつぐむ。

 繋がれたままのビビアンの手を見つめ、一つの考えに思い当たった。



「もしかして、それを考えていたから、ビビアンは変わったのか?」



 ビビアンが息を呑む。



 顔を上げ、すがるようにデューイを見つめた。彼の瞳が燃えるように揺れるのを見て、『前回』の破局を迎えた日が蘇る。

 彼と別れること以上に悲しいことなどないと思っていたのに、彼は理不尽に命を奪われた。



「そうです。わたし、──あなたが殺されてしまう未来から『戻って』きたの」



 頭がおかしいと思われても良い。本当に怖いことは一つだけなのだ。



「これ以上一緒に居て、公爵家に目を付けられるなんて怖くて耐えられません」



 ビビアンはデューイの手を解いた。







「……フレデリク様の言葉を受け入れるべきです」









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