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四章 ジョンソン男爵家の三男坊

24-2、ジョン・ジョンソン③

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 ◆



 ビビアンが手を引いて前を走っていたが途中から前後が入れ替わった。

 領地視察などの仕事を自ら行なっているデューイは結構持久力がついていたのだ。一方ビビアンは既にへろへろとしていた。



 飛び出したジョンがどこに向かったのか、道ゆく人に尋ねながら捜索する。

 ジョンの特徴を挙げて聞くと、領民たちは快く教えてくれた。ウォード邸を出たジョンはなんと、アークライト邸に向かっていた。



「あいつ、結局俺の家に行ってるのか……」

「あっ! デューイ様!」



 ビビアンが指さす。アークライト邸の使用人用出入口。

 外から出入り口を目隠しするための植え込みの前で、長身を折りたたんで青年がしゃがみ込んでいた。



「ジョン!」



 デューイが叫ぶ。ジョンは弾かれて顔を上げ、逃げ出そうと立ち上がる。しかし走り回って既に疲れていたのだろう、足がもつれてそのまま倒れこんだ。

 デューイが駆け付ける。青褪めたジョンが彼を見上げた。

 怯える眼差しに、デューイは大きく息をついた。



「まったく……砂まみれだな」



 そう言って自身も屈みこんだ。ジョンの膝や胸についた砂を払う。ジョンは怯えながらもデューイを見つめた。



「逃げたのにどうして結局俺の家に来たんだ?」

「それは……他の道、知らないし。迷子になりそうだったから。……最悪馬車を呼んでもらえるかなって……」



 デューイは噴き出した。

 衝動的に飛び出した割に妙な所で冷静な男である。

 デューイなら意地が邪魔してできないだろう。呆れもある。だがデューイは、ジョンのこの打算的だが柔軟な、なんとなく憎めない所を結構気に入っていた。



「まあビビアンの家から徒歩でここまで来たんだから頑張った方だよな」



 怯えたジョンの表情を眺めながらしみじみと独り言ちる。



「あのな、とりあえず言っておくが、俺と一緒に居たのはやくざじゃなくて秘書だ」

「えっ秘書?! あんな怖い顔だったのに?」

「顔は関係ない。……気にしているみたいだからあんまり言ってやるな」

「えぇ~~……」



 ジョンは気の抜けた声を漏らした。

 相手の力が抜けたのを感じたのか、デューイは本題に入ることにした。



「借金するほど賭博するなんて、前に話を聞いた時にちゃんと止めておけばよかった」



 てっきりデューイが咎めに来たのだと思っていたジョンは、その語調に瞬きをした。まるでデューイ自身の懺悔のように話すので、ジョンはかえってきまりが悪くなった。思わず顔を背ける。



「……別に。デューイに止められても変わんなかったと思うしぃ」

「それでも言っておけばよかった。贈り物よりもお前の人となりを知ってもらった方が、相手の令嬢にも魅力が伝わると思っていたのに」

「へ?」



 デューイの言葉にジョンが固まる。風向きが変わってきた話に嫌な予感がする。



「お前は話すと面白いやつだし、気が使える。周りが見えてるし、こういう時でも現実的に考えて行動できるだろ? そういう良いところを見せた方が良いって言えばよかった」

「わーーッ!! なに?! なにこれ褒め殺し?! 恥ずかしい!」

「そもそも物で相手の気を引いても、経済的にいつまでも続けられないんだから、全然現実的なアプローチではないな。……今思うと、お前恋愛に関しては本当に冷静じゃなかったな」

「あっ、普通に説教だった!」



 懺悔らしく話しておきながらバッサリ切り捨てられた。



 頑張ってジョン様! 素直になったデューイ様は厄介よ!



 離れたところでずっと見守っていたビビアンが内心で応援する。デューイの言葉についていけていないジョンに構わず、それでも、とデューイは続けた。



「俺は何の力にもなれないかもしれないけど、それでも俺に相談してほしかった」



 それは少し恨みがましい響きを伴っていた。恐らくこれがデューイの中で最も引っかかっていたことなのだろう。



 ああ、とビビアンは理解した。

 『前回』のビビアン達はこの事件がきっかけで決定的に決裂した。ビビアンとジョンが、デューイの身辺情報を売買するという事項が最大の原因ではあるだろう。



 だがデューイの経済的な足元を見て彼を軽んじたという事実が、つまりは「デューイにはジョンの問題は解決できないだろう」というビビアンとジョンの判断が、彼を傷つけたのだ。



 ビビアンは思わず胸を押さえる。ビビアンはデューイに決して相談できない秘密を抱えているからだった。

 そんなビビアンに気付かず、ジョンが唇を震わせて零す。









「でもぉ、……デューイには絶対オレの気持ちなんて分からないじゃん」











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