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三章 領地視察
19、男子会
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ジョンソン男爵家邸宅。
その三男坊であるジョンは目の前の美しい友人をぼんやり眺めていた。
相談があると言って訪ねてきた友人──デューイ・アークライトは、さっきから百面相して何かを言いたそうにはしている。だが一向に話始めないデューイに、ジョンはもう3杯目になる紅茶を置いた。とりあえず当たり障りない世間話を振る。
「聞いたぜ。秘書を雇うんだって? しかも男爵のではなくてデューイの。どういう風の吹き回しだよ。今までだったら何でも一人でやってたじゃん」
「うん。そうなんだ……。ビビアンが一人では領主になった時困るって言ってな」
ほえ~~。ジョンは気の抜けた相槌を打った。
「なんか最近、マジで仲良いじゃん。昔だったら仕事のことに口出しされるの絶対嫌だったろ。デューイ変な所で頑固だからなぁ」
うぐぅ。デューイは呻いた。唇を噛み締めて何かに耐えるその姿に、ジョンはヤバイ、と思った。当たり障りのない話題のつもりだったが、もしかして本題を突いてしまったのだろうか。
デューイは羞恥心に耐えながら口を開いた。
「そう、俺は頑固で、いつもビビアンに甘えて、助けられてるんだ」
先日ビビアンに「甘えた」と冗談で指摘された時、デューイは否定できなかった。
夜会で醜態を晒した自分を「勇敢だ」と言ってくれた。そして、領主の仕事に対してのやるせない気持ちを吐露した時、ビビアンは手を重ねてくれた。
公爵家令息のフレデリクと対峙した時も、悔しさを押さえて寄り添ってくれた。
いつもビビアンはデューイの味方だった。だからデューイは無意識にビビアンに甘えていた。
ビビアンが暑さで倒れ、うわ言で零した言葉に、デューイは情けなくなった。「はなれたくないよ」「わかれたくない」という言葉で、いかに彼女を不安にさせていたか思い知らされた。
あの時メイドであるマリーがデューイに厳しい態度だったのも納得できる。デューイは結局、信頼を勝ち得ていないのである。
「俺はビビアンが好きだ、と思う」
「ヒューヒュ~~!!!!」
「うるさいッ!!」
はやし立てるジョンを一喝した。放っとくと本気で小躍りしながら指笛を吹きかねない。
「つまり、だから、これからは公でも仲良くするから。頭がいかれたと思わないでほしい」
「なるほどねぇ~~目の前でイチャイチャするけど我慢しろってことね。あっ、前みたいな演劇みたいな告白とかが今後も見れるってこと? 超楽しみ」
「うるさい!」
混ぜ返すジョンをデューイは睨みつける。
「まあ、フレデリク様にも仲が良いと褒められたし、公の場で堂々と仲良くする。その方がビビアンの立場も守れるだろう」
「……は? 何様?」
ジョンがにやけた表情のまま固まった。そういえば言ってなかったな、とデューイは続けた。
「フレデリク様……フォスター公爵家の御令息だ」
「なんでそんなことになってんの?!」
ジョンは身を乗り出す。
「なんでだろう……」
デューイはちょっと遠い目をした。驚愕したまま、浮き上がった腰をソファに戻し、ジョンはしみじみと嘆息した。
それにしても……とジョンは続ける。
「いいなぁ~~~~彼女とイチャイチャできて~~羨ましすぎる」
落ち着けた腰を今度は大きくのけぞらせて暴れた。
「オレも彼女といちゃつきたい」
「お前の場合はまだ彼女じゃないだろ」
嘆く友人をデューイはバッサリ切り捨てた。ジョンが最近とある令嬢に懸想していることは以前から相談されていた。
「うるせー! 今頑張って口説いてるんだよぉ! 大体今どき子供の頃から婚約者がいる方が珍しいんだからな! オレみたいに努力せずに恋人がいる幸運をもっとありがたがれ!」
痛い所を突かれたのでデューイは素直に頷いた。
「うん。ちなみにどんな努力してるんだ?」
参考までに尋ねる。ジョンは指を折って数える。
「えっと、花束を贈ったり、宝石を贈ったり、食事に誘ったり、贈り物をしたり、」
贈り物をしたりしていた。結構正統派な貴族らしいアプローチだな、と思いながらデューイは考え込んだ。
ビビアンに贈り物を、と思っても、経済力は彼女の方が上だ。欲しいものなら自分で手に入れるだろう。むしろ自分の方が貢がれている自覚がある。デューイはこの考えは保留することにした。
「それで手応えはどうなんだ」
「あんまり……。彼女落ち着いているというか、身持ちが固いというか、何をしてもあんまり良い反応じゃないんだよなぁ」
しょんぼりと肩を落とすジョンに、デューイは内心勿体なく思う。言動は軽いが気安くて良いやつなんだけどな、それが伝わればもっと可能性があるのに、と思ったのだ。
気恥ずかしくて絶対言いたくないが、デューイは自分にない柔和なジョンの人当たりの良さを認めているのである。
それより、とデューイは気になる点を挙げた。
「随分気前よく貢いでいるけど、大丈夫か? 資金的な面で」
「デューイよ、オレが何の為に夜会ごとにカードで遊んでると思ってるんだよ」
「遊びたいからだろ」
デューイの冷めた答えにジョンは得意げに指を振って否定した。
「軍資金を調達してるんだよぉ」
要するに、賭け事である。この国の紳士には珍しいことではない。些事でも賭けを楽しむ遊び心を持つことが、所謂紳士の嗜みなのだ。
あまり嗜まない方のデューイが冷ややかな目でジョンを見る。呆れ半分心配半分だが、応援している気持ちは本当なので、とりあえず声援を送る。
「まあ、うん。頑張れ」
「適当だなぁ~」
ジョンも笑って軽く受ける。しかし、先程のデューイの言葉を振り返って独り言ちた。
「でもデューイもビビアン嬢に対してやる気出すんだよなぁ。よし! オレも、もっと気合い入れて口説くことにする!」
ジョンは拳を固めた。
この時、デューイが素直にジョンに抱いている美点を伝えていれば物事はもっと穏便に進んだのだが、勿論彼には知る由もない。
その三男坊であるジョンは目の前の美しい友人をぼんやり眺めていた。
相談があると言って訪ねてきた友人──デューイ・アークライトは、さっきから百面相して何かを言いたそうにはしている。だが一向に話始めないデューイに、ジョンはもう3杯目になる紅茶を置いた。とりあえず当たり障りない世間話を振る。
「聞いたぜ。秘書を雇うんだって? しかも男爵のではなくてデューイの。どういう風の吹き回しだよ。今までだったら何でも一人でやってたじゃん」
「うん。そうなんだ……。ビビアンが一人では領主になった時困るって言ってな」
ほえ~~。ジョンは気の抜けた相槌を打った。
「なんか最近、マジで仲良いじゃん。昔だったら仕事のことに口出しされるの絶対嫌だったろ。デューイ変な所で頑固だからなぁ」
うぐぅ。デューイは呻いた。唇を噛み締めて何かに耐えるその姿に、ジョンはヤバイ、と思った。当たり障りのない話題のつもりだったが、もしかして本題を突いてしまったのだろうか。
デューイは羞恥心に耐えながら口を開いた。
「そう、俺は頑固で、いつもビビアンに甘えて、助けられてるんだ」
先日ビビアンに「甘えた」と冗談で指摘された時、デューイは否定できなかった。
夜会で醜態を晒した自分を「勇敢だ」と言ってくれた。そして、領主の仕事に対してのやるせない気持ちを吐露した時、ビビアンは手を重ねてくれた。
公爵家令息のフレデリクと対峙した時も、悔しさを押さえて寄り添ってくれた。
いつもビビアンはデューイの味方だった。だからデューイは無意識にビビアンに甘えていた。
ビビアンが暑さで倒れ、うわ言で零した言葉に、デューイは情けなくなった。「はなれたくないよ」「わかれたくない」という言葉で、いかに彼女を不安にさせていたか思い知らされた。
あの時メイドであるマリーがデューイに厳しい態度だったのも納得できる。デューイは結局、信頼を勝ち得ていないのである。
「俺はビビアンが好きだ、と思う」
「ヒューヒュ~~!!!!」
「うるさいッ!!」
はやし立てるジョンを一喝した。放っとくと本気で小躍りしながら指笛を吹きかねない。
「つまり、だから、これからは公でも仲良くするから。頭がいかれたと思わないでほしい」
「なるほどねぇ~~目の前でイチャイチャするけど我慢しろってことね。あっ、前みたいな演劇みたいな告白とかが今後も見れるってこと? 超楽しみ」
「うるさい!」
混ぜ返すジョンをデューイは睨みつける。
「まあ、フレデリク様にも仲が良いと褒められたし、公の場で堂々と仲良くする。その方がビビアンの立場も守れるだろう」
「……は? 何様?」
ジョンがにやけた表情のまま固まった。そういえば言ってなかったな、とデューイは続けた。
「フレデリク様……フォスター公爵家の御令息だ」
「なんでそんなことになってんの?!」
ジョンは身を乗り出す。
「なんでだろう……」
デューイはちょっと遠い目をした。驚愕したまま、浮き上がった腰をソファに戻し、ジョンはしみじみと嘆息した。
それにしても……とジョンは続ける。
「いいなぁ~~~~彼女とイチャイチャできて~~羨ましすぎる」
落ち着けた腰を今度は大きくのけぞらせて暴れた。
「オレも彼女といちゃつきたい」
「お前の場合はまだ彼女じゃないだろ」
嘆く友人をデューイはバッサリ切り捨てた。ジョンが最近とある令嬢に懸想していることは以前から相談されていた。
「うるせー! 今頑張って口説いてるんだよぉ! 大体今どき子供の頃から婚約者がいる方が珍しいんだからな! オレみたいに努力せずに恋人がいる幸運をもっとありがたがれ!」
痛い所を突かれたのでデューイは素直に頷いた。
「うん。ちなみにどんな努力してるんだ?」
参考までに尋ねる。ジョンは指を折って数える。
「えっと、花束を贈ったり、宝石を贈ったり、食事に誘ったり、贈り物をしたり、」
贈り物をしたりしていた。結構正統派な貴族らしいアプローチだな、と思いながらデューイは考え込んだ。
ビビアンに贈り物を、と思っても、経済力は彼女の方が上だ。欲しいものなら自分で手に入れるだろう。むしろ自分の方が貢がれている自覚がある。デューイはこの考えは保留することにした。
「それで手応えはどうなんだ」
「あんまり……。彼女落ち着いているというか、身持ちが固いというか、何をしてもあんまり良い反応じゃないんだよなぁ」
しょんぼりと肩を落とすジョンに、デューイは内心勿体なく思う。言動は軽いが気安くて良いやつなんだけどな、それが伝わればもっと可能性があるのに、と思ったのだ。
気恥ずかしくて絶対言いたくないが、デューイは自分にない柔和なジョンの人当たりの良さを認めているのである。
それより、とデューイは気になる点を挙げた。
「随分気前よく貢いでいるけど、大丈夫か? 資金的な面で」
「デューイよ、オレが何の為に夜会ごとにカードで遊んでると思ってるんだよ」
「遊びたいからだろ」
デューイの冷めた答えにジョンは得意げに指を振って否定した。
「軍資金を調達してるんだよぉ」
要するに、賭け事である。この国の紳士には珍しいことではない。些事でも賭けを楽しむ遊び心を持つことが、所謂紳士の嗜みなのだ。
あまり嗜まない方のデューイが冷ややかな目でジョンを見る。呆れ半分心配半分だが、応援している気持ちは本当なので、とりあえず声援を送る。
「まあ、うん。頑張れ」
「適当だなぁ~」
ジョンも笑って軽く受ける。しかし、先程のデューイの言葉を振り返って独り言ちた。
「でもデューイもビビアン嬢に対してやる気出すんだよなぁ。よし! オレも、もっと気合い入れて口説くことにする!」
ジョンは拳を固めた。
この時、デューイが素直にジョンに抱いている美点を伝えていれば物事はもっと穏便に進んだのだが、勿論彼には知る由もない。
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