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二章 伯爵家の夜会
11-2、夜会③
しおりを挟む帰宅の馬車。
デューイはうなだれていた。先の己の言動を顧みて羞恥でいっぱいだった。
「俺は公共の場で突然発情とんちき男だ」
デューイは頭を抱えて呟いた。今すぐ記憶を消し去りたい。
ビビアンが常日頃デューイの容姿を褒めるので、自分でもそんなに悪くないのかなと思っているデューイであったが、歯の浮くような台詞を観衆の中で披露する行為は恥ずかしかった。
だがあの場でビビアン一人を見放してどうなるだろう。自分は苛烈な婚約者を持つ可哀想な男で終わるかもしれないが、婚約者を傷つけて、一人だけ安全な場所に居てどうする。
デューイが彼女の前に立った時、ビビアンは泣きそうな顔をしていたのに。
だったらまだ「婚約者そろってアホなんだな」と思われた方が幾分かマシである。
少なくともデューイの倫理観ではそうだった。
「あの、元はと言えばわたしのせいですから……」
あまりの落ち込みようにビビアンが慰めてしまう。それはそうだ、と言おうとして、デューイは力なく首を振った。
「……いや、今日は行きたくないと言っていたビビアンを連れてきたのに、一人にした俺が悪い。喧嘩の原因も、よく知らないけどあの令嬢たちに何か言われたんだろ?」
「あの方たちが不快だっただけです」
自分でも、どの言葉で怒ったのか分からなかった。
「でも、わたしはデューイ様が来てくださって、助けてくださって嬉しかったわ」
「助けられたのか分からないけどな」
デューイが自嘲した。ビビアンは目を閉じて先程の光景を思い返す。じんわりと胸が熱くなる。
「一緒に泥を被ってくださって、あの場から連れ出してくれたわ。誰にでもできることじゃないわ。どんな王子様よりも勇敢で格好良かったです」
熱い言葉よりも、甘い仕草よりも、その行動が嬉しかった。
「……それなら良いけど」
デューイはやや口元を緩めた。しかしすぐ口を引き結び、息を吐いて長い両足を投げ出す。
「まあ、どうせ俺がアホだろうがなんだろうが、所詮小さな男爵家の一つだ。誰も興味ないか」
いつになく投げやりな様子にビビアンはいよいよ心配した。先程の出来事だけの落ち込みではなさそうである。彼の前髪が落とす影が、いつもより表情を暗く見せた。
ビビアンは思わずデューイの髪を耳にかけてやる。
「どうしちゃったんですか? デューイ様」
白い細面がさらに白くて、ビビアンは婚約解消をした時を思い出してしまった。
「わ、わたしと結婚するの、お嫌になって……?」
「そんな訳ないだろ!」
即座に否定され、ちょっとホッとするも、では何が彼を気落ちさせているのか分からない。
まさか、と思いながら尋ねる。
「……男爵家をお継ぎになるの、お嫌なの?」
「そうじゃない。俺はアークライト家を誇りに思っているし、領地のことだって大事に思ってる」
でも、と彼は口ごもった。ビビアンから視線を逸らして続ける。
「……周りはそう思わない。男爵家の仕事は取るに足らないと、同じ男爵の地位の者でさえ言う人もいる。それがなんか……虚しくなっただけだ」
ビビアンは言葉を失った。誰に言われたのか分からないが、ビビアンに難癖をつける令嬢たちが居たように、口さがない者が居たのは想像に難くない。それは今回の夜会だけでなく、今までにもあったことなのかもしれない。
デューイがこんな気持ちを抱えていたなんて知らなかった。『前回』、密偵や彼の友達を利用してまでデューイのことを調べていたのに、ビビアンは何も知らなかった。
もしかしたら今まで、『前回』も含めて、彼はこの内心を隠し通してきたのではないだろうか?
『前回』気付けていたら、知ろうとしていたら、二人の関係は何か変わっただろうか。今となっては知る由もないことだ。
では、今、自分に気持ちを打ち明けてくれた目の前の彼に、何ができるのだろうか。
何か言ってやりたいが、どれも不用意な言葉に思える。
ビビアンにできるのは、ただ身を寄せて、すっかり冷え切ってしまった彼の指に手を添えるばかりである。
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