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二章 伯爵家の夜会

12-2、伯爵家への呼び出し

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「こっ」



 ビビアンは思わず声に出していた。今、公爵家と言ったか? 顔を伏せたまま隣のデューイを盗み見ると、横顔でも蒼白になっているのが分かった。



「良い、面を上げてくれ」



 フレデリクは鷹揚に手を上げた。二人はゆっくりと顔を上げる。



 フレデリク・フォスター。王家に次ぐ権力者の公爵家、その次男である。



「紹介ありがとう、セラ嬢。さあ、みんな座って」



 フレデリクが自分の屋敷のように促す。

 突然のビッグネームの登場に凍り付いていたデューイも、ギリギリ表情を取り繕って従う。フレデリクは出された紅茶を飲んで話始める。



「いきなり僕が出てきて驚かせてしまったね。君たちに興味があって繋がりを持ちたかったんだけど、男爵家にいきなり出向くと困るだろう? だからボイド伯爵家に仲介として場所を提供してもらったんだ」



 だからこの警備の厳重さだったのか、とビビアンは一人納得した。セラが説明を付け加えた。



「フレデリク様はお忍びでこの間の我が家の夜会に参加されていたそうなんです。そこでお二人を見かけ、興味を持たれたそうですよ」



 デューイは笑顔を張り付けたまま完全に固まった。ビビアン達に興味を抱く出来事など、アレ以外ないだろう。デューイは膝の上で拳を固め、頭を下げた。



「それは……お目汚ししてしまい大変申し訳ありません」

「どうして? 美しい人が愛を囁く姿は目の保養になるね」



 フレデリクは心底不思議そうにデューイの謝罪を受け止めた。

 話が分かるじゃない! とビビアンは内心彼に賛同したが、態度に出さないように気を付ける。隣のデューイの顔色がもう可哀想になってしまったので、できるだけ余計なことは言わないようにしたい。



「本当に珍しいと思ったんだよ。君たちのような縁組は珍しくないけれど、本当に相思相愛の関係はなかなか難しいからね」



 相思相愛ですって! この人、悪い人じゃないわね! ビビアンは口が緩まないように注力した。フレデリクはビビアンに微笑み、妖精の顔で続ける。



「女性同士の諍いに飛び込んで庶民の婚約者をかばうなんて、できる者は少ないよ。でも君のおかげで貴族と資産家間の禍根が生じずに済んだ」



 ビビアンは高揚していた気分がスッと冷めるのを感じた。



 確かにあのままビビアンと令嬢たちが公に対立してしまえば、近年社交界に進出している資産家たちと古くからの貴族の関係も悪化する可能性がある。資産家の娘との婚姻で経営を回している貴族もいる中で、それは望ましくない展開だろう。



 あの時デューイがそこまで考えていたとは思えないが、結果的にフレデリクの眼鏡にかなったということだ。



 フレデリクはちらりとセラに視線をやり、彼女が口を挟まないのを確認すると、微笑みを浮かべて続ける。



「正直僕は、昨今の資産家との婚姻には懐疑的だったんだよ。自分で領地経営の努力をせずに庶民と結婚して、貴族の青い血を薄める風潮にはね」



 フレデリクは親しみを込めて笑みを深くした。



「でも君たちのように、貴族と庶民を正しく繋げる関係もあるならば、見直しても良いかなと思ったんだ」



 ビビアンは最初高揚していた分、フレデリクに対してむかっ腹が立った。

 これは彼にとって正しく称賛なのだろう。

 だが、勝手にビビアン達の関係を見定められ、勝手に見直される筋合いは全くない。ビビアンからしたらお門違いな称賛なのだ。



 ビビアンは口元を歪めるのが抑えられなかったが、顔をうつむきがちにすることで表情を隠した。ちらりと横を盗み見る。

 デューイの膝に置かれた拳は、固く握りすぎて真っ白になっている。

 ビビアンはそれが可哀想になった。



 そっ、と彼の拳に片手を添える。



 デューイが目を見開いた。詰めていた息を緩く吐く。

 フレデリクは目を細める。ふいにセラが空気を変えるように声を上げた。



「フレデリク様、そろそろよろしいではないですか。フレデリク様のような貴い方とお話するのは、緊張するというもの。長々とお話してはお可哀想ですわ」

「そうだね。まあ、とにかく君たちと知り合いになりたくてね。良かったらまたお茶でも飲もうよ」

「畏れ多いことです」



 気を持ち直したデューイが視線を下げる。

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