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二章 伯爵家の夜会

11-1、夜会③

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 ビビアンに相対するデューイを視認した時、デューイの顔を傷つけてはいけないと身体が反射的に反応した。

 右手は振り下ろされる直前で不自然に固まる。



 資産家の友人たちが呼びに行き、駆け付けたのだろう。肩で息をし、走ってきたのが見て取れる。「何やってるんだお前」と顔にありありと書いてある。



 しかしこの状況、周囲から見たら横暴な婚約者から貴族令嬢たちを庇いに来たようにではないか?

 デューイの背後で、令嬢たちもデューイの背中をうっとり見つめているし。







「やっぱり、あの婚約者にデューイ様も困っているんだわ」







 ヒソ、と誰かが零した。



 確かに……と不穏な空気が伝播していく。

 令嬢同士の喧嘩のはずが、ビビアンだけが悪いかのような空気に、ビビアンはひるんだ。デューイもしまった、と青褪めている。友人たちが心配そうにこちらを見ている。



 デューイは周囲に視線をやり、それから目の前のビビアンを見つめた。

 注目が集まる中、ゆっくりと口を開く。



「ビビアン、ひどいじゃないか」



 ビク、とビビアンが強張る。そして



「『自分だけを見ていて』なんて言ったくせに、──君がよそ見をするなんて」



 美貌を切なげに歪めて、掠れて艶のある声で囁いた。まるで劇のように、周囲に聴かせるかのように。



 会場から黄色い悲鳴が上がる。

 ビビアンの頬に白い手を添え、恋人同士のみに許される距離に顔を寄せる。



「そんな熱い視線を僕以外に向けないで」



 僕ってお前。



 デューイの背後でリーダー格の令嬢がへなへなと崩れ落ちる。至近距離で良い声を聞いてしまいのぼせてしまったのだ。



 背後で聞いてすらそれである。

 真正面から受けたビビアンは、もう耳まで赤くして瞳を潤ませていた。



 デューイは羞恥と怒りで青筋すら立っていたが、とにかくこの場を切り抜けたい一心で表情を保つ。



「良い?」

「は、はい……」



 ビビアンは頬を染め、ひたすら頷くだけしかできない。しかしその姿は、婚約者に従順な恋する乙女のような印象を周囲に与えた。

 デューイはビビアンの答えを聞くと、背中に庇った貴族令嬢に向き直る。



「見苦しいところをお見せしました。せっかく女性同士で歓談しようとしていたのに、僕の悋気で邪魔してしまって」



 デューイは床にへたり込んでいる令嬢に手を差し伸べた。



「い、いえ、とんでもございませんわ」



 夢見心地で令嬢も応える。デューイはにっこりと微笑んだ。



「僕の婚約者は体調が悪いようなので、これで失礼します」



 さぁ、と促され、ビビアンもふらふらと従う。こちらも惚けている資産家の娘たちへ礼し、人々の中を通り抜ける。



 二人が会場を辞し、残された面々は顔を見合わせ、ざわざわと囁き合う。



「どういうこと?」「顔が良かった」「デューイ様の方が彼女のことを好きということ?」「あんな表情をされるなんて」「うっとりしちゃったわ」「男の俺でもやばかった」「わたくし一生この手を洗わないわ!」「とにかく顔が良かった」



 結局痴話喧嘩ということ? まあ顔が良かったから良いか。と皆は無理矢理納得していたと、会場で一人だけ爆笑していたジョンは語る。




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