10 / 47
二章 伯爵家の夜会
10、夜会②
しおりを挟む
さて、一人になってしまったビビアンは会場を見渡した。
再三述べるが、ビビアンとデューイのような、貴族と資産家の縁組は珍しいことではない。この夜会にも、ビビアンと同様に貴族と婚約している資産家の令嬢が何人か参加している。
とりあえず彼女らに挨拶することにした。見ると、既に彼女たちで連れ立っているようだ。
「皆さんこんばんは」
「ビビアンさん、お久しぶりね。デューイ様は?」
「あちらで男性同士楽しまれていらっしゃるわ。皆さんもお連れの方は……」
「知らないわ、あんな人。好きに遊んでるんじゃない?」
一人の令嬢がぷりぷりと怒り出す。どうやら会場に付いた途端置いて行かれたらしい。他の面々も大体同じようないきさつだった。
「男の人って本当遊戯が好きね。嫌になっちゃう」
「新しいゲームでも開発したら、こちらにも興味が湧くんじゃない?」
「良いじゃない、新規事業でも提案しようかしら」
婚約者への愚痴から商売の話になり話が膨らむ。
「あ~~ら? 皆さん、なんだか臭くありませんこと?」
そんな声が聞こえてきたのは暫くしてだった。
ビビアンは始め、劇か何かが始まったのかと思った。あまりにわざとらしく、まるで誰かに聞かせるための話し方だったので。
ビビアンたちからやや離れたところで、しかしはっきり聞き取れる声量で話をするご令嬢たちが居た。
ビビアン達とは違う、生まれも育ちも貴族のお嬢さんたちだ。
「本当ですわねぇ~。いやらしい庶民の臭いがしますわ」
「お金に汚い下賤の臭いですわね」
「こんな薄汚い臭いがして、婚約者の方も大変ねぇ。離れたくもなりますわぁ」
クスクス、令嬢たちは扇子の裏で笑い合う。顔はお互いへ向けながら、ちらちらビビアンたちを盗み見ている。資産家の娘たちの中でも、特にビビアンを見ていることは明らかだった。
古い感覚で、資産家の娘と貴族との婚約を良く思わない者も多い。
特にビビアンに関しては、相手がデューイということで一際反感を抱かれていた。家格の近い女子などは、見目麗しいデューイとの婚約のチャンスを、貴族でもない娘に掻っ攫われた、と感じているらしい。
ビビアンからしてみれば勘違い甚だしい。
持参金も満足に用意できない家では、男爵家のデューイと結婚したところで生活苦が見えている。それに本当にデューイを望むのなら親の力でもなんでも使ってその座を奪うくらいの気概があるはずだ。
仮にビビアンが逆の立場なら、用意できる物は全て用意するし、差し出せるものは全て差し出すだろう。そして今この瞬間にもデューイにアプローチして略奪の機を窺う。こんな所で陰口を叩く時点で相手に値しない。
そうは思いつつも、やはり言われたものは腹が立つ。彼女たちを睨みつけようとした時、両側から腕を添えられた。
ハッと振り返ると友人たちが心配そうにビビアンを見つめている。
『前回』のビビアンは、この視線に気付いても、邪魔立てするその手を払って貴族令嬢たちに喧嘩を売りに行っていた。そして貴族にふさわしくない行為だとデューイに嫌われたのだ。
今ならこの手がどれだけありがたいことか分かる。
ビビアンを思いやる友人たちに、思わず感動する。皆さん……! とビビアンは感激で瞳を潤ませた。
ビビアンの表情を見た友人たちも、意図が通じたと分かり、照れて頬を染める。
殺伐とした状況にもかかわらず資産家の娘たちは友情で無言の盛り上がりを見せた。
一方。反論しないビビアンたちに令嬢たちは勢いが乗ってきたのか、令嬢たちを無視して謎の盛り上がりを見せたことに苛立ったのか、声量が大きくなっていく。周囲がふと言葉を止めて彼女たちに視線を向け始めた。
「アークライト様もお可哀想よねぇ。こんな恥ずかしい相手を選ばされるなんてねぇ~」
「全くですわ! あんなに素敵なお方ですもの、もっとお相手もいるでしょうに」
「嫡男でさえなければ、どんな家格の令嬢でさえ選べるでしょうに」
「これでは、爵位も持たない小娘にお金で買われたようなものですわよねぇ~」
ビビアンの、友情で潤ませたはずの瞳が温度を無くす。
両側から押さえてくる令嬢たちを振り払い、貴族令嬢たちへ踏み出す。
周囲がビビアンに気付き、成り行きを面白そうに見守る。貴族令嬢たちも周囲の空気からビビアンがこちらに近付いていることに気付いた。リーダー格の令嬢が顎を上げて構える。
相対する二人の少女。どちらも視線を外さず睨み合っている。
すわ、言葉の応酬が始まるかと令嬢たちが身構えた時、ビビアンは右手を振りかざした。
ボディランゲージ! 言葉など不要。
周囲が「えっ」と表情を固める間もなく、ビビアンの平手が振り下ろされ──
「ビビアンッ!!」
なかった。
ビビアンの前にデューイが立ちはだかったからだ。
再三述べるが、ビビアンとデューイのような、貴族と資産家の縁組は珍しいことではない。この夜会にも、ビビアンと同様に貴族と婚約している資産家の令嬢が何人か参加している。
とりあえず彼女らに挨拶することにした。見ると、既に彼女たちで連れ立っているようだ。
「皆さんこんばんは」
「ビビアンさん、お久しぶりね。デューイ様は?」
「あちらで男性同士楽しまれていらっしゃるわ。皆さんもお連れの方は……」
「知らないわ、あんな人。好きに遊んでるんじゃない?」
一人の令嬢がぷりぷりと怒り出す。どうやら会場に付いた途端置いて行かれたらしい。他の面々も大体同じようないきさつだった。
「男の人って本当遊戯が好きね。嫌になっちゃう」
「新しいゲームでも開発したら、こちらにも興味が湧くんじゃない?」
「良いじゃない、新規事業でも提案しようかしら」
婚約者への愚痴から商売の話になり話が膨らむ。
「あ~~ら? 皆さん、なんだか臭くありませんこと?」
そんな声が聞こえてきたのは暫くしてだった。
ビビアンは始め、劇か何かが始まったのかと思った。あまりにわざとらしく、まるで誰かに聞かせるための話し方だったので。
ビビアンたちからやや離れたところで、しかしはっきり聞き取れる声量で話をするご令嬢たちが居た。
ビビアン達とは違う、生まれも育ちも貴族のお嬢さんたちだ。
「本当ですわねぇ~。いやらしい庶民の臭いがしますわ」
「お金に汚い下賤の臭いですわね」
「こんな薄汚い臭いがして、婚約者の方も大変ねぇ。離れたくもなりますわぁ」
クスクス、令嬢たちは扇子の裏で笑い合う。顔はお互いへ向けながら、ちらちらビビアンたちを盗み見ている。資産家の娘たちの中でも、特にビビアンを見ていることは明らかだった。
古い感覚で、資産家の娘と貴族との婚約を良く思わない者も多い。
特にビビアンに関しては、相手がデューイということで一際反感を抱かれていた。家格の近い女子などは、見目麗しいデューイとの婚約のチャンスを、貴族でもない娘に掻っ攫われた、と感じているらしい。
ビビアンからしてみれば勘違い甚だしい。
持参金も満足に用意できない家では、男爵家のデューイと結婚したところで生活苦が見えている。それに本当にデューイを望むのなら親の力でもなんでも使ってその座を奪うくらいの気概があるはずだ。
仮にビビアンが逆の立場なら、用意できる物は全て用意するし、差し出せるものは全て差し出すだろう。そして今この瞬間にもデューイにアプローチして略奪の機を窺う。こんな所で陰口を叩く時点で相手に値しない。
そうは思いつつも、やはり言われたものは腹が立つ。彼女たちを睨みつけようとした時、両側から腕を添えられた。
ハッと振り返ると友人たちが心配そうにビビアンを見つめている。
『前回』のビビアンは、この視線に気付いても、邪魔立てするその手を払って貴族令嬢たちに喧嘩を売りに行っていた。そして貴族にふさわしくない行為だとデューイに嫌われたのだ。
今ならこの手がどれだけありがたいことか分かる。
ビビアンを思いやる友人たちに、思わず感動する。皆さん……! とビビアンは感激で瞳を潤ませた。
ビビアンの表情を見た友人たちも、意図が通じたと分かり、照れて頬を染める。
殺伐とした状況にもかかわらず資産家の娘たちは友情で無言の盛り上がりを見せた。
一方。反論しないビビアンたちに令嬢たちは勢いが乗ってきたのか、令嬢たちを無視して謎の盛り上がりを見せたことに苛立ったのか、声量が大きくなっていく。周囲がふと言葉を止めて彼女たちに視線を向け始めた。
「アークライト様もお可哀想よねぇ。こんな恥ずかしい相手を選ばされるなんてねぇ~」
「全くですわ! あんなに素敵なお方ですもの、もっとお相手もいるでしょうに」
「嫡男でさえなければ、どんな家格の令嬢でさえ選べるでしょうに」
「これでは、爵位も持たない小娘にお金で買われたようなものですわよねぇ~」
ビビアンの、友情で潤ませたはずの瞳が温度を無くす。
両側から押さえてくる令嬢たちを振り払い、貴族令嬢たちへ踏み出す。
周囲がビビアンに気付き、成り行きを面白そうに見守る。貴族令嬢たちも周囲の空気からビビアンがこちらに近付いていることに気付いた。リーダー格の令嬢が顎を上げて構える。
相対する二人の少女。どちらも視線を外さず睨み合っている。
すわ、言葉の応酬が始まるかと令嬢たちが身構えた時、ビビアンは右手を振りかざした。
ボディランゲージ! 言葉など不要。
周囲が「えっ」と表情を固める間もなく、ビビアンの平手が振り下ろされ──
「ビビアンッ!!」
なかった。
ビビアンの前にデューイが立ちはだかったからだ。
0
お気に入りに追加
23
あなたにおすすめの小説
【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
七年間の婚約は今日で終わりを迎えます
hana
恋愛
公爵令嬢エミリアが十歳の時、第三王子であるロイとの婚約が決まった。しかし婚約者としての生活に、エミリアは不満を覚える毎日を過ごしていた。そんな折、エミリアは夜会にて王子から婚約破棄を宣言される。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる