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一章 アークライト夫人の事件
7、乱入者
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恐る恐る声の方へ振り返る。燭台を持ったデューイが立ち尽くしていた。
「なにを、して……」
それはビビアンの台詞だった。『前回』の通りなら、彼は本来眠っているはずである。
予想外の事態に三者ともが硬直する。
ビビアンの中でデューイは婚約解消をした、大人の男性である。
だからビビアンは考えが及んでいなかった。
婚約者が同じ屋根の下で一夜を過ごす、そんな状況で青少年が熟睡できるはずもない、ということに。
「てめぇっ! 騙したな!」
最初に状況を理解したのは強盗達だった。デューイの登場を、ビビアンが自分達を騙そうとした解釈し激昂する。ナイフを持った男がビビアンへと腕を伸ばす。視界が反転する。
「きゃあッ!」
「ビビアン!!」
「近寄るな! この女を殺すぞ!」
男は片腕でビビアンを拘束するとナイフを突きつける。
デューイはやっと相手がナイフを持っていることに気が付いた。男たちの様子、足元の鞄を目で追い、相手が無法者だと理解する。青褪めたデューイが叫ぶ。
「ビビアンを放せ!」
「来るな!」
ビビアンは叫びたかった。違う! と。
この状況からでも当初の計画に舵を切りたい。とにかく主導権を取り戻したい、何か言わなければ、と焦るのに喉はひりつき言葉が出ない。さっきまで憎いだけだったはずなのに、顔の真横に突きつけられたナイフから目が離せない。
『前回』の人生で、脇腹に突き立てられたナイフ、その痛みが蘇る。カチカチと歯が鳴る。
逆上した男が喚き声を上げ、ナイフを振り上げる。思わず目を瞑る。もう駄目だ──
「ぐわぇッ?!」
奇妙な声とごしゃっ、という何かが潰れるが響いた。ビビアンの身体が揺れる。拘束された腕が緩み、男に押し出される形で前によろける。
「ビビアン!」
デューイは手を伸ばしよろめいたビビアンを抱き込む。ビビアンは反射的に目の前のデューイにしがみ付いた。
デューイはビビアンを抱きしめたまま、現状を確認しようと見回す。
強盗達が昏倒している。何者かが強盗達を背後から殴り倒した、と理解した。
視線を上げ、無法者をのした“乱入者”の顔を見、デューイは目を丸くした。
「お前は──……ビビアンの」
「はい、荷物持ちをさせてもらってます。お騒がせしてすみません、デューイ氏」
強盗達を捻り上げながら、荷物持ちの男はぺこりと頭を下げた。
荷物持ちの男ことポールは、強盗達を夜警団に引き渡した。
結局、起こされた夫人やマリー、デューイ達に囲まれて、ビビアンは事情を話す羽目になった。『前回』のことを話す訳にもいかないので、言えない所がほとんどだったが、なんとか事件の全貌を説明することができた。ポールが後に語った話と合わせると以下のようになる。
ビビアンはなんとなく、旅行鞄をポールに運ばせて屋敷の裏口まで行った。そこで強盗に遭遇し、金目の物が入った鞄を渡すので立ち去ってほしいと交渉。
しかし偶然デューイが物音を聞きつけて現れてしまった為、強盗達が逆上し、ビビアンを人質に取る。そこへ、一度は使用人の控室に戻ったポールが駆け付ける。
彼はビビアンの様子が不審だったため気になって引き返してきたという。強盗達の注意が向いていないうちに背後に回り殴打し、捕らえたという訳だ。
ビビアンは一同から無謀を叱られた。こんこんと説教され、計画が全く思う通りにならず、結局助けられる形で終わってしまった。
こうしてビビアンの長い長い夜が終わったのである。
◆
終わったと思っていたのはビビアンだけだったようだ。
事件の夜から数日たったある晩のことである。夜の支度も終わり、もうマリーも下がってよい、と言おうとしたタイミングで、マリーは紅茶を淹れた。
おや、と片眉を上げる。目が冴えるのでビビアンは寝る前には紅茶を飲まない。
マリーが淹れたのはジャスミンの香りを茶葉に付けたものだ。独特の香りやこの国では珍しい茶葉の為か、好みは分かれるが、ビビアンは愛飲している。
不自然なタイミングで出された紅茶を見つめていたビビアンに、マリーは背筋を伸ばして口を開いた。
「お嬢様はなんとなくではなく、強盗が来ることを知っていたのではないですか?」
マリーはズバリ言い切った。
「あの日のお嬢様の行動を朝から振り返って考えますと、不自然な点が多かったですから」
名探偵マリーは指を立てて推理を述べていく。
「あの朝、お嬢様は【デューイ様】とか【刺された】とかおっしゃっていましたよね。もしかしたら予知夢のような何かで、ナイフを持った強盗がアークライト邸に入ることを知ったのではないですか?」
なかなか鋭い。ビビアンはマリーの洞察力に唸った。
「そうね。概ねその通りよ。……でもちょっと違うわ」
マリーは瞬きをした。
「わたしは今回の強盗のことだけじゃなくて、もっと未来のことまで体験したの」
話が長くなるだろう。
ビビアンはマリーに着席を促す。マリーが強張った表情で椅子に座る。ビビアンは紅茶に口を付けてから語り始めた。
「なにを、して……」
それはビビアンの台詞だった。『前回』の通りなら、彼は本来眠っているはずである。
予想外の事態に三者ともが硬直する。
ビビアンの中でデューイは婚約解消をした、大人の男性である。
だからビビアンは考えが及んでいなかった。
婚約者が同じ屋根の下で一夜を過ごす、そんな状況で青少年が熟睡できるはずもない、ということに。
「てめぇっ! 騙したな!」
最初に状況を理解したのは強盗達だった。デューイの登場を、ビビアンが自分達を騙そうとした解釈し激昂する。ナイフを持った男がビビアンへと腕を伸ばす。視界が反転する。
「きゃあッ!」
「ビビアン!!」
「近寄るな! この女を殺すぞ!」
男は片腕でビビアンを拘束するとナイフを突きつける。
デューイはやっと相手がナイフを持っていることに気が付いた。男たちの様子、足元の鞄を目で追い、相手が無法者だと理解する。青褪めたデューイが叫ぶ。
「ビビアンを放せ!」
「来るな!」
ビビアンは叫びたかった。違う! と。
この状況からでも当初の計画に舵を切りたい。とにかく主導権を取り戻したい、何か言わなければ、と焦るのに喉はひりつき言葉が出ない。さっきまで憎いだけだったはずなのに、顔の真横に突きつけられたナイフから目が離せない。
『前回』の人生で、脇腹に突き立てられたナイフ、その痛みが蘇る。カチカチと歯が鳴る。
逆上した男が喚き声を上げ、ナイフを振り上げる。思わず目を瞑る。もう駄目だ──
「ぐわぇッ?!」
奇妙な声とごしゃっ、という何かが潰れるが響いた。ビビアンの身体が揺れる。拘束された腕が緩み、男に押し出される形で前によろける。
「ビビアン!」
デューイは手を伸ばしよろめいたビビアンを抱き込む。ビビアンは反射的に目の前のデューイにしがみ付いた。
デューイはビビアンを抱きしめたまま、現状を確認しようと見回す。
強盗達が昏倒している。何者かが強盗達を背後から殴り倒した、と理解した。
視線を上げ、無法者をのした“乱入者”の顔を見、デューイは目を丸くした。
「お前は──……ビビアンの」
「はい、荷物持ちをさせてもらってます。お騒がせしてすみません、デューイ氏」
強盗達を捻り上げながら、荷物持ちの男はぺこりと頭を下げた。
荷物持ちの男ことポールは、強盗達を夜警団に引き渡した。
結局、起こされた夫人やマリー、デューイ達に囲まれて、ビビアンは事情を話す羽目になった。『前回』のことを話す訳にもいかないので、言えない所がほとんどだったが、なんとか事件の全貌を説明することができた。ポールが後に語った話と合わせると以下のようになる。
ビビアンはなんとなく、旅行鞄をポールに運ばせて屋敷の裏口まで行った。そこで強盗に遭遇し、金目の物が入った鞄を渡すので立ち去ってほしいと交渉。
しかし偶然デューイが物音を聞きつけて現れてしまった為、強盗達が逆上し、ビビアンを人質に取る。そこへ、一度は使用人の控室に戻ったポールが駆け付ける。
彼はビビアンの様子が不審だったため気になって引き返してきたという。強盗達の注意が向いていないうちに背後に回り殴打し、捕らえたという訳だ。
ビビアンは一同から無謀を叱られた。こんこんと説教され、計画が全く思う通りにならず、結局助けられる形で終わってしまった。
こうしてビビアンの長い長い夜が終わったのである。
◆
終わったと思っていたのはビビアンだけだったようだ。
事件の夜から数日たったある晩のことである。夜の支度も終わり、もうマリーも下がってよい、と言おうとしたタイミングで、マリーは紅茶を淹れた。
おや、と片眉を上げる。目が冴えるのでビビアンは寝る前には紅茶を飲まない。
マリーが淹れたのはジャスミンの香りを茶葉に付けたものだ。独特の香りやこの国では珍しい茶葉の為か、好みは分かれるが、ビビアンは愛飲している。
不自然なタイミングで出された紅茶を見つめていたビビアンに、マリーは背筋を伸ばして口を開いた。
「お嬢様はなんとなくではなく、強盗が来ることを知っていたのではないですか?」
マリーはズバリ言い切った。
「あの日のお嬢様の行動を朝から振り返って考えますと、不自然な点が多かったですから」
名探偵マリーは指を立てて推理を述べていく。
「あの朝、お嬢様は【デューイ様】とか【刺された】とかおっしゃっていましたよね。もしかしたら予知夢のような何かで、ナイフを持った強盗がアークライト邸に入ることを知ったのではないですか?」
なかなか鋭い。ビビアンはマリーの洞察力に唸った。
「そうね。概ねその通りよ。……でもちょっと違うわ」
マリーは瞬きをした。
「わたしは今回の強盗のことだけじゃなくて、もっと未来のことまで体験したの」
話が長くなるだろう。
ビビアンはマリーに着席を促す。マリーが強張った表情で椅子に座る。ビビアンは紅茶に口を付けてから語り始めた。
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