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一章 アークライト夫人の事件

4、運命の日

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 ビビアンはデューイの真相を探る中で何者かに襲われ、目が覚めると15歳の時に『戻って』いた。元の年齢から考えると5年前に戻ってきたということになる。

 理解不能である。非現実的だ。もしかして、これはナイフで刺されたビビアンが、死ぬ間際に見ている夢なのでは?

 それにしても何故15歳。

 そこまで考えて、ビビアンは顔を上げた。マリーは先程、15歳になったばかりだと言った。【デューイの真相】【刺された】という単語を出しても、ただただ不思議そうにしている。

「マリー! 今日は何日?」
「7番目の一日ですよ」

 奇妙な質問の連続で、本当に熱でもあるのかしら、とマリーが心配する。だがビビアンは確信した。

 きっとこの奇妙な現象は、後悔したことをやり直す為に神様に与えられたチャンスなのだと。

 今日は、デューイの母親、アークライト夫人が襲われた日なのである。




 さて、話を進めるに当たって、ビビアンとデューイの関係を説明する必要がある。彼らは最終的に婚約解消となってしまったが、5年も遡ると多少関係が違ってくる。

 そもそも二人の婚約は、小さな男爵家をビビアンのウォード家が金銭的に援助する為に結ばれたものである。ウォード家は貿易を営む商家であり、下手な貴族より余程裕福だった。アークライト家は貴族の称号を、ウォード家は持参金という援助を、お互いに提供する。

 もちろん両家が元より良好な関係だったことが一番の要因だが、裏にはこのような事情があったのだった。

(ちなみに、所謂『前回の人生』でビビアンが婚約解消されたのは、デューイの精神的な苦痛に加え、ビビアンの奇行が貴族としてふさわしくないと判断されたのも大きい)

 そういう訳で二人は幼馴染であり婚約者として育った。元より我の強いビビアンだが、デューイも慣れたもので、お互い憎まれ口をたたいたり受け流したりしながら、それなりに円満な関係だったと言えよう。

 二人が変わってしまったのはデューイの母親、アークライト夫人の負傷が原因だった。深夜、強盗がアークライト邸を襲ったのである。偶然居合わせた夫人が抵抗し、強盗が持っていた刃物で負傷した。
 一命は取り留めたものの、それ以降彼女は寝たきりの生活を強いられていた。

 デューイはもちろんビビアンも傷心し、そこからすれ違いが始まった。ビビアンはデューイの生活に何くれと口出しするようになり、デューイはそんなビビアンを厭うようになった。最後には婚約解消となったのである。

 という訳で、夫人が強盗に襲われてしまうこの日は、まさに運命の日と言えた。

 ビビアンは決意する。
 夢だろうがなんだろうが、おばさまの命を救って見せる。

 ビビアンは居丈高に命じた。

「マリー! デューイ様の家へ遊びに行くわよ。準備をしなさい!」





 アークライト邸は馬車ですぐの距離にある。窓を開けていても馬車の中は暑く、ビビアンは手で顔を扇いだ。はしたないが気を遣う相手は居ない。

「もう! いきなり訪問するのは失礼なんですよ?」

 同乗するマリーが真っ当な注意をする。

「一応伝令は走らせましたけど、いくら婚約者だからって、デューイ様だって怒ると思いますよ」

「だって、デューイ様にお会いしたいんだもの」

 ビビアンは考えながら答える。昔から度々デューイの元へ押しかけていたので、不自然ではないはずだと自分に言い聞かせる。

「それで、彼はいったい何なのですか?」

 マリーが真っ当な質問をする。彼、とはビビアンの向かいに座る男である。
 その隣にはビビアンが指示した旅行鞄やその他の荷物が置いてあるので、この馬車は乗員いっぱいで走っている。実に暑苦しい。

「何って荷物持ちよ? 屋敷の護衛の一人だから連れてきたの。この鞄なんてわたしたちでは持てないでしょう。」

 ビビアンは膨らんだ旅行鞄を指さす。

「ですから、この荷物はいったい……?」
「女の子には色々必要なのよ」

 それ以降は質問を受け付けなかった。マリーの訝し気な視線を無視して、夫人を死なせないための計画を頭の中で整理する。

 やがて、馬車は緩やかに失速し、アークライト邸の前で停まった。マリーがビビアンの手を取って降り、次いで大荷物を抱えた男が降りる。

 アークライト家のメイドが出迎える。彼女は旅行鞄と男を不思議そうに見たが、にこっと笑みを作った。

「ようこそいらっしゃいました。奥様たちがお待ちです」


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