北の砦に花は咲かない

渡守うた

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七章 本当の魔法使い

40、男子会と女子会

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 セスとアーノルドの相部屋は二段ベッドと共有の机、それとクローゼットと呼べるものがかろうじてあるような小さな部屋だ。
 そこに筋骨隆々の騎士たちがたむろしていた。
 セスは思わず開けた扉を閉めそうになる。

「なにごとですか?」
「彼女について詳しく聞かせてもらうぜ、セス」

 奥を陣取っていたマイクが、にやりと笑いかけた。手元の瓶を掲げる。

「ほら、酒もあるし!」
「いえ、僕はお酒弱いので結構です」
「んだよぉ。洗いざらい吐かせようと思ったのに」
「ええ……」

 セスはちらりとベッドに座るアーノルドに視線を遣った。既に酒瓶を貢がれている。買収されていた。
 彼は普段なら、困惑するセスを助けてくれる側なので、セスはちょっと意外な面持ちでアーノルドを見た。
 仕方なく、マイクに手招きされるまま部屋の奥へ進む。既にコルクを開けている騎士たちは、思い思いに質問を口にする。

「どこで出会ったんだ? あんな美人と!」
「追いかけてくるってことは相当惚れられてるよなぁ」
「って言うかスカーレットの女友達とかいねぇの? 紹介してくれ!」

 ええと、とセスは返答に迷った。
 建前上は恋人であるが、あまり勝手にセスが話しては彼女に迷惑だろう。
 それに、友達かどうか分からないが、スカーレットの女友達は大体スカーレットのファンなのでは? セスは赤薔薇の会の面々を思い浮かべた。

「王都の女の子ってやっぱり美人が多いのか?」
「どの辺が好きな訳?」

 酒の臭いがする男たちに詰め寄られ、セスはまごまごと身を縮めるのであった。




 一方、スカーレットはエルダと同じ部屋へ通された。
 女性騎士が少ないこともあるが、エルダが希望したからだ。
 笑顔で迎え入れたエルダを、スカーレットはじっと見つめた。エルダは口元に笑みを湛えたまま、小首を傾げる。

「どうかしたかしら」
「いや! すまない。誰かに似ていた気がしたから」

 スカーレットは慌てて弁明した。エルダの、不思議な親しみを込めた眼差しに、既視感を覚えたのだ。
 エルダは目を見張った。

「変なことを言ってしまってすまない」
「──いいえ」

 エルダは息を小さく吐いた。

「改めまして、わたしは『天啓』の魔法使いの、エルダよ。よろしくね」
「わたしはスカーレット。特別の魔法は『豪腕』といって、まあ……力自慢という所かな。『天啓』というのは……神のお告げみたいなものが聞こえたりするのかい?」

 スカーレットは、踏み込んで聞きすぎただろうか、と一瞬不安になる。しかしエルダは、スカーレットの直截的な質問に気を悪くしてはいないようだった。

「どちらかと言うと映像を見る。過去と未来、どちらも断片的に知ることができるわ。知る内容は自分で選べるわけではないから、あんまり便利ではないんだけどね」

 なるほど、そういうものなのかとスカーレットは頷く。
 スカーレットがこれまで触れてきた魔法とは、ランプに光を灯したり、光や風を起こしたり、外から変化が見て取れるものだ。
 だから未来や過去を知れる魔法と言うものは、巫女的というか、いかにも神秘的に思えた。
 彼女にとって魔法使いのイメージはセスに偏っている。彼のように技術として魔法を使う姿を「魔法使い」に抱いているので、エルダのように神聖な雰囲気の「魔法使い」に驚いたのだ。
 それからふと、気になったことを口にした。

「その……エルダ、きみも魔法使いとして騎士になったのだろう? その、セスとはよく話したりするのかい?」
「まあ、そうね。色々と込み入った話もあるから」

 何でもないようにエルダは言う。
 そう答えてから、スカーレットの顔を見た彼女は目を丸くした。

「いやだ。なぁに、嫉妬をしているの?」

 クスクスと笑うエルダに、むう、とスカーレットは口ごもった。
 エルダはひとしきり笑うと、ベッドへと腰を掛けた。スカーレットへも着席を促す。それからこっそりと秘密を打ち明けた。

「大丈夫よ。わたし、好きな人がいるから」
「わあ!」
「美味しそうにご飯を食べるハンサムだから、もうその人に夢中だから安心なさい」
「素敵だ! え、同じ騎士の仲間かい? それとも故郷の恋人?」

 スカーレットは好奇心で目を輝かせた。
 エルダは首を横に振った。

「『天啓』で見た未来に、そういう人が映っていたの。一目見ただけでわたしは恋に落ちてしまったのよ……」
「えっ」
「いつか彼に出会う日が来たら、きっとわたしに恋をしてもらうの」

 エルダはうっとりと頬を染めた。

「つまり、まだその人とは出会っていないのだね?」
「そうよ」
「なるほど。恋の形は色々あるからな」

 スカーレットは当たり障りのない反応をした。慣れているのか、他人の反応に興味がないのか、エルダは続けた。

「ま、そういうことだから。そもそもセスはわたしの好みじゃないのよ、ごめんなさいね」

 セスは知らない所で勝手にフラれた。

「どうして!」
「どうしてって……わたしの好みはフェロモンムンムンの男らしい顔なの。ほら、エルフって長生きでしょう? 同じようなエルフ顔って見飽きちゃったのよね。だからセスみたいなエルフ顔はもう、弟とか親戚の子みたいにしか思えないと言うか」

 スカーレットは立ち上がった。拳を握って声を震わせる。

「あ、あの感じが、良いんじゃないか!」

 エルダは目を瞬かせた。

「あの柔らかい銀髪とか! か細い感じとか! 危うげな感じと言うか! でも嬉しい時はちゃんと嬉しそうにしてくれる所とか、抱きしめたくなるものだろう!」
「そうかしら」
「そうなんだ。そもそも私は、『銀髪のふわふわの女の子フェチ』だから、彼の容姿が好みでも仕方ないんだ!」
「あら。変わった性癖ね」

 エルダは歯に衣着せず言った。スカーレットは頬を染める。

「う、うん。変わっているのは分かってるんだ。ただ、言い訳できるなら理由があって……」

 彼女はもじもじと言い訳をした。

「子供のころ、知らない女の子がうちの前に居て……。心配して声を掛けたら、泣きそうな顔で去って行ってしまったんだ。あの悲しそうな顔が忘れられなくて、次に会ったらきっと笑顔にしたいと思って探すうちに、あの子と同じ、銀髪の人は目につくようになって……」

 そうして銀髪自体に好意を持つようになってしまった。
 元々騎士を目指していたが、あの子に出会ってから「女の子を笑顔にできるような騎士になりたい」と意識するようになった。
 性癖を大声で言う必要はないが、今の自分を恥じる気持ちはない。

「可愛い。初恋だったのね」
「う、うん。そうなのだ」

 エルダは目を細めた。

「スカーレット、実はわたし、あなたのことを『天啓』で知っていたわ」
「そうなのかい?」
「ええ。でも、実際に会って話したあなたの方がずっと面白くて素敵ね」

 エルダはそう言って微笑んだ。その親しみを込めた不思議な瞳に、スカーレットは(ああ、)と納得した。
 エルダとどこかで会ったような気がしたが、違った。
 セスが昔の話を零す時の瞳によく似ているのだ。




 セスはやっと静かになった自室に息をついた。
 むくつけき男たちが酒瓶を抱えて床に転がっている。
 すっかり酔いつぶれた彼らを、転がしながら寝かせてやる。

「ひどい目にあった……」
「お疲れ」

 アーノルドがベッドから声を掛けてきた。
 結局彼は、会話に入るでもなく、安全な場所で酒を煽っていた。思わずじっとりと見てしまう。アーノルドが眉を寄せた。

「なんだよ」
「いえ、だって、いつもなら止めてくれるのに、と、思って……」

 セスは口にして恥ずかしくなってきた。これでは子供みたいだ。
 アーノルドもわずかに目を丸くした。
 それから、何故か口角を上げる。手を伸ばしてセスの銀髪を乱暴にかき混ぜた。

「悪かったよ」
「別に……」
「拗ねるなって。俺もお前に聞きたいことがあったんだ」

 セスは目を瞬かせた。騎士たちを転がす手を止めて、ベッドに腰掛ける。
 アーノルドは声を潜めた。

「セスがあいつ……スカーレットを王都に置いてきたのは、戦いに巻き込まないためだろ?」

 戦いとは、いずれ訪れる【厄災】との戦いのことだ。
 セスは小さく頷いた。

「そう、です。それに、彼女には王都で、大切な人と暮らして欲しかったんです。事前に話していたら付いてくるかもしれない、と思って黙っていたんですけど、まさか追いかけてくるなんて」
「いや、あの性格と行動力の奴なら有り得るだろ」
「王都騎士団は彼女の天職なんですよ。辞めると思わなかったんです」

 回帰前のスカーレットが北部の騎士団に居たのは、王都で結婚を迫られていたからだ。セスという恋人がいる以上、彼女が家から結婚を強制されることはない。だから彼女が北部に来る必要はないと考えていたのだ。
 アーノルドは乱暴に頭を掻いた。

「まあともかく、ここに来ちまった以上、あいつも戦いに参加するだろ」

 セスはしぶしぶ頷いた。

「何が起こるか分からない戦いなんだ。今のまま、気まずいのは駄目だろ。ちゃんと話し合っておけよ」
「それは……でも、スカーレットは僕のことを嫌いな方が良いと思いませんか?」

 自分が死んだとき、セスのことを嫌いな方がスカーレットの心は傷が少ないのでは? と彼は考えているのである。
 意図は伝わったようで、あのなあ、とアーノルドは呆れた声を出した。

「お前の為に言ってんじゃねえぞ。お前は勝手に覚悟が決まってるから良いだろうよ。でも残された方は一生後悔するんだよ。喧嘩なんかしなきゃ良かった、もっと優しくしてれば良かった。いや、喧嘩してでも腹割って話し合っておけば良かった、……って」

 言いながらアーノルドは目を伏せた。
 セスは目を見開く。
 アーノルドの父親は生死不明のまま失踪している。それは、目の前で大切な人をなくすのとはまた別の苦しみだっただろう。

「お前がどう考えていようが、スカーレットはお前を追いかけて来たんだ。あいつの人生の為を思うんなら、逃げないでちゃんと向き合えよ」
「向き合う……」

 何を話せば良いのだろうか。
 自分の気持ちでさえ、もう分からなくなっているのに。



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