31 / 40
五章 恋人たちと試練の武闘会
31、餞別
しおりを挟む後処理を応援の騎士たちに引継ぎ、スカーレットはワイアット兄弟を送り届ける運びとなった。
「スカーレットさんと居るといつもこうじゃない?」
ルカが疲れた顔で言う。春先の連続殺人事件のことを思い出したのだろう。
「うッ。すまない……!」
「冗談だし。でもさぁ、どうして戦いに参加したの?」
「それはだね……」
スカーレットはちらりとセスに視線を遣った。懐に手を入れ、取り出したものをセスに見せる。
「これは」
「あの魔物の『魔石』だ。地下へ向かう男たちが「大きく珍しい宝石が賞品」と話していたのを聞いて、『魔石』だと当たりをつけたんだ。まさか魔物が持つものだとは思わなかったが……」
黄色い輝きを持つ『魔石』は、確かに流通しているものより大きい。スカーレットは魔石をセスへ差し出した。
「きみに贈りたいと思ったのだ。受け取ってほしい」
セスは目を見開いて魔石とスカーレットを交互に見た。
「え、いやです」
「なんでだ!!」
スカーレットはびっくりした。この流れで断られると思わなかった。
「持ち帰って良いものですか、この魔石って。僕のせいでスカーレットが騎士道に反するなら全然嬉しくないです。そもそも、あなたを危険に晒してまで魔石なんて欲しくない」
「セス! でも、私は……」
スカーレットは言い募りたい気持ちをぐっと抑えた。
躊躇いながらも魔石をしまう。
「きみの気持ちを考えなくて、すまない」
(スカーレットは優しいから、人の為に無茶をしてしまう。分かっていたのに……)
セスは肩を落とす彼女を見て考える。
(やっぱり深く関わってはいけなかったんだ)
【厄災】と戦った日に思い知ったはずだ。スカーレットは人の為なら自分を犠牲にしてしまう人だと。セスは拳を固く握った。
◆
「ここが、あの人の家……」
その日の遅くにロザリー・ダグラスはシエンナ家の門をくぐった。堅牢な建物が纏う冷え切った夜の空気に、少女は怖気づいた。
彼女の扱いは、表向きは保護観察対象者である。
魔法使いの大家であるダグラス家が、魔物を使って賭場に関与していた。これは魔法使いの信用にかかわる話である。調査が必要だが表立ってはできない。
重要な証人であるロザリーの安全を守るため、そしてロザリーという少女個人を保護するため、シエンナ家は彼女を受け入れた。
彼女は地下闘技場からそのまま騎士と共にシエンナ家へ来たのだった。
「あら、あなたがロザリーね! スカーレットちゃんから聞いているわよ」
少女のような軽やかな声が掛けられた。
燃えるような赤い髪の小柄な女性である。ロザリーは慌てて姿勢を正した。
「えっと、あの、ロザリー・ダグラスです。えっと、スカーレット……様の、ご姉妹?」
「やだもう、嬉しいわぁ! スカーレットちゃんの母のアリス・シエンナです」
ロザリーは絶句した。ともするとスカーレットの妹と言っても通じそうな雰囲気である。彼女はくすくすと小動物のように笑うと、ロザリーの手を引いた。
「さあ、寒いでしょう? 中に入って、お茶にしましょう」
「わたくしっ……」
ロザリーは声を詰まらせた。アリスは小さな手をロザリーの肩に添える。
「大丈夫よ。不安もたくさんあるでしょうけれど、これからゆっくり解決していきましょうね」
ロザリーは肩を震わせ、小さく頷いた。
◆
穏やかな午後。
ルカは兄の部屋の隅にまとめられた、最小限の荷物を見た。
「兄ちゃん、ほんとに良いの? スカーレットさんに話してないんでしょう?」
「うん」
「絶対怒ると思うけどなぁ……。北部に行った、って知ったら」
「そうだね。ルカもできるだけ黙っていてほしいな」
「え~~? 絶対面倒なことになると思うけどなぁ。スカーレットさん可哀想」
ルカは大きく溜息をついた。魔法使いの義務とはいえ、恋人に伝えずに北部に兵役に行くなんて、兄は何を考えているのだろうか。
妙な所で頑固だから、ルカが何を言おうと意志を変えないだろう。
ルカは仕方なく頷いた。
「浮気はしちゃ駄目だからね。あと、オレには手紙書いてよね。あとお土産もいっぱい買ってきてね。あと友達出来たら紹介してよね。北部の名産品買ってね」
「注文が多いなあ。ルカの方こそ春から寄宿学校じゃないか。楽しんでおいで」
兄の言葉にルカは鼻頭を掻いた。
「まあね。オレなら成績優秀で飛び級で卒業しちゃうかもしれないけどね!」
「それは勿体ないな」
弟は本当に嬉しそうに笑った。それから兄に向って手を差し出した。その掌には、編まれた紐の先に樹脂でできた飾りのついたペンダントが載っていた。樹脂の飾りには模様が刻まれている。
「兄ちゃんみたいにうまくできないけど、お守りみたいなものかな」
「ルカが作ったの? 本当に器用だね」
「へへ。まあね!」
「ありがとう、ルカ」
セスは不思議な気持ちになった。前の人生で北部へ行ったとき、こんな風に送り出してくれる人はいなかった。
ルカはセスにとって不思議な存在だ。前の人生では居なかった弟。セスは弟のヒヨコのような頭を眺めた。
「行ってくるね」
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
悪役令嬢にざまぁされた王子のその後
柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。
その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。
そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。
マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。
人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。
婚約者に裏切られた女騎士は皇帝の側妃になれと命じられた
ミカン♬
恋愛
小国クライン国に帝国から<妖精姫>と名高いマリエッタ王女を側妃として差し出すよう命令が来た。
マリエッタ王女の侍女兼護衛のミーティアは嘆く王女の監視を命ぜられるが、ある日王女は失踪してしまった。
義兄と婚約者に裏切られたと知ったミーティアに「マリエッタとして帝国に嫁ぐように」と国王に命じられた。母を人質にされて仕方なく受け入れたミーティアを帝国のベルクール第二皇子が迎えに来た。
二人の出会いが帝国の運命を変えていく。
ふわっとした世界観です。サクッと終わります。他サイトにも投稿。完結後にリカルドとベルクールの閑話を入れました、宜しくお願いします。
2024/01/19
閑話リカルド少し加筆しました。
保健室の秘密...
とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。
吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。
吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。
僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。
そんな吉田さんには、ある噂があった。
「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」
それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。
無能扱いされ会社を辞めさせられ、モフモフがさみしさで命の危機に陥るが懸命なナデナデ配信によりバズる~色々あって心と音速の壁を突破するまで~
ぐうのすけ
ファンタジー
大岩翔(オオイワ カケル・20才)は部長の悪知恵により会社を辞めて家に帰った。
玄関を開けるとモフモフ用座布団の上にペットが座って待っているのだが様子がおかしい。
「きゅう、痩せたか?それに元気もない」
ペットをさみしくさせていたと反省したカケルはペットを頭に乗せて大穴(ダンジョン)へと走った。
だが、大穴に向かう途中で小麦粉の大袋を担いだJKとぶつかりそうになる。
「パンを咥えて遅刻遅刻~ではなく原材料を担ぐJKだと!」
この奇妙な出会いによりカケルはヒロイン達と心を通わせ、心に抱えた闇を超え、心と音速の壁を突破する。
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!
仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。
しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。
そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。
一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった!
これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!
お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……
karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる