北の砦に花は咲かない

渡守うた

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四章 北の砦に花は咲かない

25、初めての戦い

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「魔物とは、放置された生物の死体に『瘴気』が入り込んで変化させたものだ」

 騎士団に入って最初に教わったことは魔物についてだった。

「彼らに意思はなく、見境なくこちらを攻撃してくる。彼らを止めるには攻撃して再起不能にするしかない」

 教官は教本をめくりながら説明する。
『瘴気』とは何なのか。どこから来るのか。謎の多くは解明されていない。ただ、明らかに空気とは違うものが存在していて、魔物が現れる原因だということは分かっている。
 スティリア騎士団は暖かい季節、魔物に備えての活動が主だ。
 本当に魔物の恐怖を味わったのは、初めての冬を迎えてからだった。



 ◆
 北部に長い冬が訪れた。
 セス、アーノルド、スカーレット、マイクの4人は砦周辺の見回りをしていた。すっかり銀世界となってしまった山道を歩く。

「雪って見てるだけなら良いけどよぉ。寒いし冷てぇし雪かきしないといけねーし、だりぃよな」

 マイクが思わずぼやいた。スカーレットが笑う。

「そう言って初めて雪が降った時めちゃくちゃ騒いでいたじゃないか」
「うるせー! お前だってテンション上がって走り回ってただろーが! 犬か!」

 言い合う二人を横目に、アーノルドがセスに話しかける。

「大丈夫か?」
「うん。……アーノルドは北部出身なんだよね」
「ああ。お前らよりは雪には慣れてるな」

 そう話しているそばからセスの脚が雪に取られた。転びそうになるセスをアーノルドが掴む。

「おいおい」
「ごめん……」

 その時、風が強く吹いた。雪が巻き上げられ、セスは思わず目を瞑る。

「おい! 前見ろよ!」

 マイクが叫んだ。
 吹き荒れる吹雪の向こうに見えたものを、最初彼らは人影だと思った。アーノルドが声を上げる。

「遭難者か!?」
「いや、おかしいぞ……!」

 スカーレットが唸った。人影だと思ったものは、人の形をした真っ黒な何かだった。目や口などの特徴は見当たらない。あまりの異質さに嫌悪感で肌が粟立つ。

「これが、魔物だってのかよぉ……!?」

 マイクが声を上げる。

「任せ給え!」

 スカーレットが駆け抜けた。間髪入れず拳を叩き込む。
 魔物の身体が大きく揺れた。

「攻撃は通るぞ!」

 スカーレットが声を上げた。吹っ飛び雪原に叩きつけられた魔物を見据える。

「無茶するな!」

 アーノルドが叫ぶ。腰に佩いていた剣を抜き、スカーレットに続いた。魔物と距離を取りながら斬りつけていく。
 魔物の動きを止めるには攻撃して再起不能にするしかない。教官の言葉を思い返す。

「二人とも動かないで!」

 セスは雪に風魔法の<法式>を書き、魔力を注ぎ込む。壁のような風を魔物の正面からぶつけた。魔物はこちらに向かおうと身体を動かすが、風圧に押されて進めない。
 アーノルドとスカーレットは驚いてセスに視線を向けた。セスは声を張り上げる。

「動きは僕が封じるから、二人は攻撃に集中して!」

 セスの言葉に二人が頷く。後ろで見ていたマイクが叫んだ。

「お、オレだってなぁーーっ!」

 そして魔物の前に躍り出る。

「マイク!?」

 スカーレットが悲鳴を上げた。

「ウオラァーッ!!」

 マイクが雄叫びを上げる。
 その時、炎が勢いよく燃え上がり魔物の黒い身体を包み込んだ。魔物がもがくように身体をよじらせる。魔物の黒い身体から煙が立ち昇る。
 あまりの炎の勢いにマイク自身が後ずさりした。
 それから後ろで見ていた三人へ振り返る。

「み、見たか! オレは実は『炎』のギフトを持っていたんだぜ! 自分でも忘れてたけどな!」

 見ていた三人は驚愕で開いた口が塞がらなかった。

「なんだいそれは!! 早く言え!」
「マジかよあいつ」
「す、すごい」
「もっと褒めやがれーっ!!」

 攻撃が効いたことにマイクは飛び跳ねて喜んだ。ずぼっ、と雪に片足が嵌まる。

「うおっ」

 マイクの集中が途切れた。炎の勢いが弱まる。一瞬だった。
 魔物の鋭い腕が一直線に突き抜ける。
 一番早く動いたのはアーノルドだった。マイクの元へ駆け、小柄なその身体を押し飛ばす。剣を構えて真正面から魔物の攻撃を受け止めた。重い衝撃がびりびりと腕を振るわせる。

「──アーノルドッ!」

 セスは走り出していた。
 アーノルドの剣が弾かれる。走った勢いのまま飛び掛かり、セスはアーノルドを庇うように抱き込んだ。母がセスにそうしたように。キャシーがそうしてくれたように。
 セスはもう、自分に優しくしてくれた人に傷ついてほしくなかった。

(僕にマイクのような『炎』が使えたら──……!)

 セスは襲い来る痛みを予想して歯を食い縛った。血液が沸騰するように熱い。血管に痛みを覚える。
 空気がうねる。

 ──轟、と音が響いた。
 視界が赤で埋め尽くされていた。肌が熱い。
 セスの目の前で、魔物の黒い身体が燃え盛る炎に焼かれていた。肉が焼ける独特の臭いが立ち込める。
 魔物の肉体が崩れ落ちた。粒子が風に飛ばされていく。
 それと同時に吹き荒れていた吹雪が静かになった。太陽の光が差し込み、呆然と脱力する若者たちを照らす。

「無事か!?」

 スカーレットが男たち三人に駆け寄る。

「う、うん。急に魔物が燃えたから……」

 セスは思わずマイクの方を向く。マイクは慌てて首を横に振った。

「お、オレじゃないぜ!? アーノルドが吹っ飛ばしてくれた時、一瞬意識飛んでたし……」
「えっ?」

 セスは目を見開いた。だが、確かにマイクの炎のようだった。目の前で炎を見ていたセスは思い返す。
 アーノルドがセスを見て言った。

「セス、お前がやったんじゃないのか?」
「僕……? でも、<法式>を書く余裕なんて無かったのに」

 セスは掌を見つめる。確かに魔法を使った後のような脱力感はある。あの時炎に一番近かったのも自分だが……。
 はた、と思い当たる。
 ──『模倣』のギフト。自分に与えられた特別の魔法。キャシーを傷つけてから使っていなかった魔法だ。しかし、もしも真似をするのが姿かたちだけでないとしたら。
 セスは瞼を閉じてマイクの炎の魔法を思い起こす。魔力を抑え、小さな炎を想像する。空気が揺れる。
 弾ける音が小さく鳴った。
 セスは瞼を上げる。掌に小さな炎が起こっていた。

「僕のギフトは『模倣』の魔法だから、マイクの炎を再現したんだ……」

 言葉にして声が震えた。
 セスの顔を見たアーノルドがぎょっと目を見開く。

「おいおい、泣くこたないだろ」
「えっ! セス泣いてんのかよ~。確かにビビったけどよぉ!」
「こらっ! きみたち面白がるんじゃない!」

 わらわらと顔を覗き込まれる。

「オレの炎ありきだからな! そこのところ忘れんなよ!」マイクが主張する。
「ま、そうだな。俺も頑張ったんだけどな?」アーノルドが笑う。
 セスは潤んだ視界で顔を上げた。
 雪原が日の光を受けて輝く。セスは眩しくて目を細めた。

「うん。みんな、ありがとう」

 その輪の外で、スカーレットがぼんやりと呟いた。

「セス、きみ、そんな顔もできるんじゃないか……」



 四人は燃えさしのような魔物の朽ちたあとを回収した。
「あの『魔物』って、やっぱ人間だったのかな」
 マイクが口にする。形こそ人のようだったが、真っ黒な表面は明らかに生物ではなかった。思い返して皆口を噤む。
 スカーレットが決意を持って言葉を口にする。
「あんな姿にさせてしまっては絶対に駄目だ」



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