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四章 北の砦に花は咲かない
24、スティリア騎士団
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様々な事情のある若者たちである。大小衝突もあった。
セスとアーノルドが連れ立っていると、通り過ぎ様に口笛を吹かれた。振り返ると同時期に入団した騎士がニヤニヤとこちらを見ている。小柄な騎士がニヤけたままセスに言葉を投げた。
「魔法使いのお嬢ちゃんが騎士の格好して恥ずかしくねえのかよ」
「ああ? 何だお前」
アーノルドが声を低くして凄む。
彼の反応に気を良くしたようで、騎士の青年はそれから二、三聞き慣れない言葉をぶつけてきた。ゲラゲラと彼の連れ合いが声を上げて嗤う。
セスは動き出しそうなアーノルドの腕を掴む。
「もしかして怒っているの?」
「はあ? 当たり前だろうが」
アーノルドは反射的に答えたが、確かに他人が口を出すと相手は余計に付け上がるかもしれない。
「いや、それもそうだな。よし、ブチのめしちまえ」
「ええっ?!」
セスは人生で初めて暴力を推奨された。
「えっと、そうじゃなくて。怒らなくて良いから」
「お前、何言われたか分かってんのか?」
アーノルドはセスに対して怒りが沸く。が、すぐに思い直した。
「いや、分かってなさそうだな……」
「……多分、卑猥な悪口?」
アーノルドは黙り込む。
この、明らかに箱入りという感じの坊ちゃんに、下世話なことを教えても良いものか。彼は逡巡し、結論を出した。
「そうだな。後で教えてやる。知ってた方がムカつくこと言われた時にすぐ反応できるからな」
「えっと、ありがとう」
「おう」
勢いが削がれ、ほのぼのし出した二人に青年騎士は苛立つ。
「何だよ! 魔法使いの後継者だかなんだか知らねぇけどお高く留まりやがって! 今年は女みてぇな騎士ばっかりだな! それに本当に女が騎士をやってるしよぉ、どーせコネだろうけど! あーあ、弱いやつを守ってやらないといけないなんてツイてねぇなー! ムカつくじぇっ」
青年は最後まで言い切れなかった。横っ面を思い切り殴り抜けられたからである。
人間ってあんな水平に吹っ飛ぶんだ。
目撃した全員がそう思ったという。
燃えるような赤髪が揺れる。
あまりにも清々しい程の暴力に、セスは思わず見蕩れた。
これが、セスとスカーレット・シエンナとの出会いである。
赤髪の女性騎士は殴り飛ばした拳に息を吹きかけた。乱れた髪をかき上げて、壁まで吹っ飛んだ騎士を睨みつける。
「弱い奴を守ろうなんて思ってくれなくて結構! それとも、私の実力をもっと味わいたい?」
騎士は声も上げられないようだった。
そんな騎士に息を吐くと、彼女はセスに厳しい視線を向けた。
「君を庇った訳じゃないからな。私の悪口を言われたから叩きのめしただけだ」
「うん」
セスは頷く。勢いが削がれた彼女はきまりが悪いのか、セスから視線を逸らす。
「どうして言い返さなかった?」
セスは逡巡する。理由は無い。
「僕の出自で嫌われているのなら、それはそれで仕方ないことだよ」
そうとしか言えない。彼女は意外そうな顔でセスを見つめた。口を開きかけたが、言葉を続けることはかなわなかった。
「いきなり騒ぎを起こしてくれたな」
騎士団長が穏やかに立っていたからだ。セスたちは身を固くする。
「こういう時、寄宿学校なら罰を与えるんだろうが……。丁度良い、厨房の手が足りないから芋でも剥いてこい」
「何でオレが……」
スカーレットに殴られた小柄の騎士は名をマイクと言った。
「お前が吹っ掛けて来たんだろうが。巻き込まれたのはこっちだろ」
アーノルドがぼやく。スカーレットの手元で芋が潰れた。
「悪かったね! 小うるさいからつい手が出てしまったんだ」
「つい、の威力じゃねえんだよ! 加減しろ!」
アーノルドは二人に取り合わずセスに顔を向けた。
「セス、気にするなよ」
「う、うん」
セスは何とも言えず手元に視線を落とした。
それから何となくこの四人で過ごすことが増えた。
セスは彼らと居ると不思議な気持ちになる。それと同じくらい鬱屈した気持ちにもなった。彼らの優しさや親切に触れると、上手に感謝を伝えたり親切を返したりできない自分を思い知る。
セスの人生にはいつも暗い淵が横たわっている。彼らに相応しくないと実感するたび、その淵を覗くような気持ちになるのだった。
◆
ロザリー・ダグラスから手紙が来るようになったのはその頃だった。
「恋人からの手紙か?」
窓際で封筒を開けていると、スカーレットが近付いてきた。自分の発言に彼女は慌てて弁明した。
「覗いた訳じゃないぞ! 手紙を持ってきたマイクが、女性の名前だと騒いでいたのが聞こえて……。それにきみも、マメに返事を書いているし」
セスはどう説明して良いものか迷った。もったいぶるような話ではない。隠すことでもないが、直截的な言葉は相手を驚かせてしまうかもしれない。できるだけ感情を載せないように努めて、セスは簡潔に言った。
「僕の母を殺した人の、娘」
悩んだ末に出てきた言葉がそれだった。スカーレットが目を見開く。
ロザリー・ダグラスは、セスの母親を暗殺した犯人の娘だった。本来はセスを狙った犯行だった。しかしセスの母親が身を挺して彼を庇い、命を落とした。男はその場で捕らえられ処刑された。
男は動機をこう語った。
ワイアット家の後継者が死ねば、ダグラス家の中で魔力の強い自分の娘が魔法使いの世界で台頭できる。だからワイアット家の後継者であるセスが邪魔だったと。
「どうして……そんな人から手紙が来るんだ?」
思わずスカーレットは尋ねていた。踏み込み過ぎた、と焦ったがセスは温度のない声で語った。
「彼女の父親が処刑されてから、彼女はダグラス家の中で立場が弱いらしいんだ。最近命の危険まで感じている。だからワイアット家に保護を求めているんだって」
「はあ?」
スカーレットは器用に眉毛を片方だけ上げた。
「魔法使いに対抗できるのは魔法使いだけだから。ワイアット家は一番強力な魔法使いの家で、僕は後継者だから」
「だから何だ! 君は被害者だろう? そんな相手に頼むなんて信じられない!」
「犯罪は親の問題だから、彼女について思うことはないよ。僕にできることなら力になりたいけれど、上手くいかないんだ」
当主である父親に相談できれば良いが、妻を殺した相手の娘である。そうもいくまい。彼女を保護してくれそうな機関を探して紹介しているが難航しているようだ。
スカーレットはセスの白い横顔を見つめた。
「嫌にならないのかい?」
何を問われたのか分からなかった。不思議に思ってスカーレットを見つめ返す。彼女の顔が想像よりずっと切実でセスは驚いた。
「きみの家の話はすごく苦しいよ。そんな苦しくて辛い家を、無理して継がなきゃいけないものなのか?」
スカーレットの言葉は真剣だった。セスは母親のこと、メイドのキャシーのことを思い返す。
「僕は後継者だから守られたり、傷つけてしまった人が居るから。その人たちに報いる為にワイアット家を継がなくちゃいけないんだ」
セスは自身の長い髪を見つめた。少しでも魔力を強くしたくて伸ばしているものだ。
「ワイアット家を継いで勢力を盤石なものにする。そうして魔法使いをまとめることで権力争いを無くすこと。それが魔法使いとして、与えられたものを人々に返すことだと思うから」
母はいつも魔法使いの役割について語っていた。キャシーを魔法で傷つけたことを、父は罰しなかった。
だからきっと、ワイアット家の当主になることが、セスの役割を全うすることなのだと彼は考えている。
スカーレットはゆっくりと口を開いた。
「私は家族を捨てて北部まで来た。家族の期待に応えられないからだ。……自分の選択に言い訳はしない。家族を傷つけてでも、私は私の人生を生きたいからだ」
彼女は掌を見つめる。生まれ持って目覚めた『豪腕』のギフトについて思いを馳せる。
「私の力を活かせる場所があるならそこで生きたい」
セスは彼女を強いと思ったが、言葉にはしなかった。安易に、あったであろう葛藤や決意を片付けて良いと思わなかったである。二人はそれから何となく口をつぐんで、窓の外へ視線を向けた。短い夏が終わろうとしていた。
セスとアーノルドが連れ立っていると、通り過ぎ様に口笛を吹かれた。振り返ると同時期に入団した騎士がニヤニヤとこちらを見ている。小柄な騎士がニヤけたままセスに言葉を投げた。
「魔法使いのお嬢ちゃんが騎士の格好して恥ずかしくねえのかよ」
「ああ? 何だお前」
アーノルドが声を低くして凄む。
彼の反応に気を良くしたようで、騎士の青年はそれから二、三聞き慣れない言葉をぶつけてきた。ゲラゲラと彼の連れ合いが声を上げて嗤う。
セスは動き出しそうなアーノルドの腕を掴む。
「もしかして怒っているの?」
「はあ? 当たり前だろうが」
アーノルドは反射的に答えたが、確かに他人が口を出すと相手は余計に付け上がるかもしれない。
「いや、それもそうだな。よし、ブチのめしちまえ」
「ええっ?!」
セスは人生で初めて暴力を推奨された。
「えっと、そうじゃなくて。怒らなくて良いから」
「お前、何言われたか分かってんのか?」
アーノルドはセスに対して怒りが沸く。が、すぐに思い直した。
「いや、分かってなさそうだな……」
「……多分、卑猥な悪口?」
アーノルドは黙り込む。
この、明らかに箱入りという感じの坊ちゃんに、下世話なことを教えても良いものか。彼は逡巡し、結論を出した。
「そうだな。後で教えてやる。知ってた方がムカつくこと言われた時にすぐ反応できるからな」
「えっと、ありがとう」
「おう」
勢いが削がれ、ほのぼのし出した二人に青年騎士は苛立つ。
「何だよ! 魔法使いの後継者だかなんだか知らねぇけどお高く留まりやがって! 今年は女みてぇな騎士ばっかりだな! それに本当に女が騎士をやってるしよぉ、どーせコネだろうけど! あーあ、弱いやつを守ってやらないといけないなんてツイてねぇなー! ムカつくじぇっ」
青年は最後まで言い切れなかった。横っ面を思い切り殴り抜けられたからである。
人間ってあんな水平に吹っ飛ぶんだ。
目撃した全員がそう思ったという。
燃えるような赤髪が揺れる。
あまりにも清々しい程の暴力に、セスは思わず見蕩れた。
これが、セスとスカーレット・シエンナとの出会いである。
赤髪の女性騎士は殴り飛ばした拳に息を吹きかけた。乱れた髪をかき上げて、壁まで吹っ飛んだ騎士を睨みつける。
「弱い奴を守ろうなんて思ってくれなくて結構! それとも、私の実力をもっと味わいたい?」
騎士は声も上げられないようだった。
そんな騎士に息を吐くと、彼女はセスに厳しい視線を向けた。
「君を庇った訳じゃないからな。私の悪口を言われたから叩きのめしただけだ」
「うん」
セスは頷く。勢いが削がれた彼女はきまりが悪いのか、セスから視線を逸らす。
「どうして言い返さなかった?」
セスは逡巡する。理由は無い。
「僕の出自で嫌われているのなら、それはそれで仕方ないことだよ」
そうとしか言えない。彼女は意外そうな顔でセスを見つめた。口を開きかけたが、言葉を続けることはかなわなかった。
「いきなり騒ぎを起こしてくれたな」
騎士団長が穏やかに立っていたからだ。セスたちは身を固くする。
「こういう時、寄宿学校なら罰を与えるんだろうが……。丁度良い、厨房の手が足りないから芋でも剥いてこい」
「何でオレが……」
スカーレットに殴られた小柄の騎士は名をマイクと言った。
「お前が吹っ掛けて来たんだろうが。巻き込まれたのはこっちだろ」
アーノルドがぼやく。スカーレットの手元で芋が潰れた。
「悪かったね! 小うるさいからつい手が出てしまったんだ」
「つい、の威力じゃねえんだよ! 加減しろ!」
アーノルドは二人に取り合わずセスに顔を向けた。
「セス、気にするなよ」
「う、うん」
セスは何とも言えず手元に視線を落とした。
それから何となくこの四人で過ごすことが増えた。
セスは彼らと居ると不思議な気持ちになる。それと同じくらい鬱屈した気持ちにもなった。彼らの優しさや親切に触れると、上手に感謝を伝えたり親切を返したりできない自分を思い知る。
セスの人生にはいつも暗い淵が横たわっている。彼らに相応しくないと実感するたび、その淵を覗くような気持ちになるのだった。
◆
ロザリー・ダグラスから手紙が来るようになったのはその頃だった。
「恋人からの手紙か?」
窓際で封筒を開けていると、スカーレットが近付いてきた。自分の発言に彼女は慌てて弁明した。
「覗いた訳じゃないぞ! 手紙を持ってきたマイクが、女性の名前だと騒いでいたのが聞こえて……。それにきみも、マメに返事を書いているし」
セスはどう説明して良いものか迷った。もったいぶるような話ではない。隠すことでもないが、直截的な言葉は相手を驚かせてしまうかもしれない。できるだけ感情を載せないように努めて、セスは簡潔に言った。
「僕の母を殺した人の、娘」
悩んだ末に出てきた言葉がそれだった。スカーレットが目を見開く。
ロザリー・ダグラスは、セスの母親を暗殺した犯人の娘だった。本来はセスを狙った犯行だった。しかしセスの母親が身を挺して彼を庇い、命を落とした。男はその場で捕らえられ処刑された。
男は動機をこう語った。
ワイアット家の後継者が死ねば、ダグラス家の中で魔力の強い自分の娘が魔法使いの世界で台頭できる。だからワイアット家の後継者であるセスが邪魔だったと。
「どうして……そんな人から手紙が来るんだ?」
思わずスカーレットは尋ねていた。踏み込み過ぎた、と焦ったがセスは温度のない声で語った。
「彼女の父親が処刑されてから、彼女はダグラス家の中で立場が弱いらしいんだ。最近命の危険まで感じている。だからワイアット家に保護を求めているんだって」
「はあ?」
スカーレットは器用に眉毛を片方だけ上げた。
「魔法使いに対抗できるのは魔法使いだけだから。ワイアット家は一番強力な魔法使いの家で、僕は後継者だから」
「だから何だ! 君は被害者だろう? そんな相手に頼むなんて信じられない!」
「犯罪は親の問題だから、彼女について思うことはないよ。僕にできることなら力になりたいけれど、上手くいかないんだ」
当主である父親に相談できれば良いが、妻を殺した相手の娘である。そうもいくまい。彼女を保護してくれそうな機関を探して紹介しているが難航しているようだ。
スカーレットはセスの白い横顔を見つめた。
「嫌にならないのかい?」
何を問われたのか分からなかった。不思議に思ってスカーレットを見つめ返す。彼女の顔が想像よりずっと切実でセスは驚いた。
「きみの家の話はすごく苦しいよ。そんな苦しくて辛い家を、無理して継がなきゃいけないものなのか?」
スカーレットの言葉は真剣だった。セスは母親のこと、メイドのキャシーのことを思い返す。
「僕は後継者だから守られたり、傷つけてしまった人が居るから。その人たちに報いる為にワイアット家を継がなくちゃいけないんだ」
セスは自身の長い髪を見つめた。少しでも魔力を強くしたくて伸ばしているものだ。
「ワイアット家を継いで勢力を盤石なものにする。そうして魔法使いをまとめることで権力争いを無くすこと。それが魔法使いとして、与えられたものを人々に返すことだと思うから」
母はいつも魔法使いの役割について語っていた。キャシーを魔法で傷つけたことを、父は罰しなかった。
だからきっと、ワイアット家の当主になることが、セスの役割を全うすることなのだと彼は考えている。
スカーレットはゆっくりと口を開いた。
「私は家族を捨てて北部まで来た。家族の期待に応えられないからだ。……自分の選択に言い訳はしない。家族を傷つけてでも、私は私の人生を生きたいからだ」
彼女は掌を見つめる。生まれ持って目覚めた『豪腕』のギフトについて思いを馳せる。
「私の力を活かせる場所があるならそこで生きたい」
セスは彼女を強いと思ったが、言葉にはしなかった。安易に、あったであろう葛藤や決意を片付けて良いと思わなかったである。二人はそれから何となく口をつぐんで、窓の外へ視線を向けた。短い夏が終わろうとしていた。
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