北の砦に花は咲かない

渡守うた

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三章 姫と騎士と魔法使い

16、性癖

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「っくぁわいいッ……! 可愛い可愛い! 最高だ……!」

 スカーレットは膝から崩れ落ちた。
 ときめきを膝に受けたからである。

「やはり私の目に狂いはなかった! こんな素晴らしい、美しい、繊細な女の子になるなんて……!」

 潤んだ瞳で目の前のセスを見つめる。
 そんな訳ないだろう。セスは呆れて言葉も出なかった。
 公平を期すために述べれば、確かに充分女性として見られる出来上がりだった。
 スカーレットがわざわざ用意したのだろう、腰まである銀髪のウィッグを被り、丈の長いワンピースを身に着けると男性らしい骨格が隠れる。元々痩身で色白であることも相まって、病的な雰囲気の青年は、やや背丈のある儚げな美少女へと変貌していた。

「可愛い、綺麗だ。はあ、私のセレスちゃん……!」

 熱の籠った息を吐いてスカーレットは胸を押さえた。
 セレスって誰だ。もしかして自分のことだろうか。セスはぼんやりと、尋常ではないスカーレットの様子を眺めていた。
 それにしても、今まで見てきた中で一番、恋する乙女の表情である。もしかして……嫌がる男に女性用の服を着せることに興奮する性質なのでは? セスは思わず呟いた。

「……変態」
「なんてこと言うんだッ!」

 スカーレットは叫んだ。

「その姿のきみにそんなことを言われたら、何かの扉が開いてしまうだろ!!」
「多分、もう開いてます」

 スカーレットは羞恥で身悶え、転がった。床に積まれた本の山にガンガン当たっていく。
 はらはらと見守るセスをよそに、息も絶え絶えに言葉を紡いだ。

「だが、だが、銀髪美女に詰られて興奮しない人間がいるだろうか……?」

 結構いると思う。
 スカーレットは分かり合えない、深い断絶を感じた。何とか息を整え、自分の性癖と向き合う。自分が他人よりセスの容姿に弱い自覚は、実はあるのだ。

「確かに私は、『銀髪のふわふわの女の子フェチ』というやつなんだと思う」
「銀髪のふわふわの女の子フェチ」

 思わずセスは復唱した。
 スカーレットは恥ずかし気に目を伏せた。何を思ったのか、弁明しようと言葉を探している。

「別に厭らしい目で見ているつもりはないのだ。ただ、どうしても銀髪の女の子が居たら目に入ってくるというか。……今にして思えば初恋がそうだったからだろう」
「そ うですか。ところで、いつまで性癖の話をするつもりですか?」

 セスは顔を顰める。動揺が声に出てしまった。
 儚げな銀髪美女の不機嫌な様子にスカーレットは頬を染めた。彼女はそんな自分に気付いて慌てて頭を振る。
 確かにいつまでも嗜好の話をしている訳にもいかない。軌道修正しようと思考を巡らせる。

「す、すまない。つまりだな! 君は充分女性に見えるし、潜入も大丈夫だろう」
「そうですか」
「あっ。でも、白い服は透けてしまうな。骨格が見えてしまう……」

 セスの姿を改めて見直し、スカーレットは違和感に言葉を途切れさせた。彼女の視線を追って、セスも何を凝視されているか気付く。

「セス、きみは刺青を?」

 スカーレットは目の前の青年の身体を見つめた。
 白いワンピースに透けて、彼の胸元から腰にかけて紋様が這っているのが見えたのだ。
 セスはばつが悪く目を逸らす。
 一歩。
 引き寄せられるように、スカーレットがセスに近付いた。先程までの興奮を消し去って、不安気にセスを見上げる。彼は説明の順序を考えねばならなかった。

「大したことではないんですけど、どこから話せば良いか……」

 セスは掌で着席を促した。スカーレットはそれに従おうとして、足を止め、セスの袖を捕らえる。不思議そうに視線を送るセスを引いてベッドへと腰掛けた。
 セスは一瞬躊躇った後、拳一つ分開けて隣に座る。
 ややあってセスはこう切り出した。

「僕は、魔力を持ちません」

 スカーレットはびくりと体を揺らした。
 セスは時を遡って目を覚ました時、全ての魔力を失っていた。

「魔力不足は<魔石>を身に着けて補っています。魔力がない為か、身体も丈夫ではないので、魔法で補っているんです」

 セスは自身のピアス等、装飾具を指差した。金具に<魔石>が埋め込まれている。
 スカーレットは頷いた。
 今度は己の胴体に刻まれた刺青を指す。

「これは回復魔法と強化魔法の<法式>なんです」

 刺青に目を凝らす。紋様は確かに、崩された文字のようにも見えた。スカーレットは記憶を辿る。

「きみが時々、<法式>を使わずに魔法を使っているように見えたのもこれのせいかな」

 セスは頷いた。
 舞踏会で因縁のある魔法使いロザリーに絡まれた時がそうだ。

「実は風と炎の魔法の<法式>も刻んでいます」

 ここまで来たら全て見せた方が良いだろうと、セスはワンピースの袖をたくし上げた。右の上腕から手首に掛けて巻き付くように紋様が刻まれている。それまでひとつずつ理解して聞いていたスカーレットは眉を顰めた。

「待ってくれ。今までの物は生きていく上で必要だと分かった。しかしこれは?」
「風と炎が操れます。風は遠くのものに手が届いて便利だし、炎も咄嗟に攻撃できて便利ですよ」

 ロザリーからワインを掛けられそうになった時も、風魔法で対応した。

「いや、だから。日常で必要か?」

 セスは言葉に詰まった。
 これは、将来的に北の砦で必要だろうと考えて施したものだ。セスの最終目的である、【厄災】と呼ばれる巨大な魔物との戦いで、いちいち<法式>を用意せずに攻撃できる。
 それをスカーレットに説明する訳にはいくまい。
 彼女が納得して、気を重くしないような理由。セスは言葉を探した。

「僕がそういう人だからです」
「そういう人か……。そういう人もいる、よな……」

 日常で必要が無くても身体に<法式>を刻む人も居るか。スカーレットは納得した。

「あんまり過剰だと武装していると思われるから気を付けてくれ」

 スカーレットはとりあえずそれだけ言った。刺青を見た時に感じた痛ましさや不安な気持ちが砂のように吹き飛んでいく。

「白い服は透けてしまうから、黒いワンピースを用意しておくよ」
「お任せします」

 話がまとまり、二人して安堵する。二人して謎の疲労感に襲われていた。しかし、改めてセスを眺めたスカーレットはしみじみと言った。

「ふわふわのセレスちゃんに刺青があるって言うのも、なんていうか、“良い”な……」

 性癖の話から逃れられない。




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