北の砦に花は咲かない

渡守うた

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二章 恋人たちと試練の舞踏会

13、敵対勢力

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 今までも女性の相手をしたことがあるのかもしれない。スカーレットは男性側のステップを軽やかに踏んでいる。セスは壁際に移り、音楽に合わせて踊るスカーレットたちをぼんやりと眺めていた。グラスを持つ形だけして、口を付けずに手元で揺らす。

 そんなセスに近付く人物がいた。
 灰がかったシルバーブロンドの少女が、二つに結った巻き髪を揺らしてこちらを見ていた。攻撃的な笑みを浮かべてセスを睨みつける。

 少女は通りかかった給仕の男性を呼び止め、ワインの入ったグラスを受け取った。それをセスに向かって振り上げる。

 真っ赤なワインが弧を描く。
 見ていた給仕がぎょっと手を伸ばした。

「ちょっ……!」

 セスは自らの右腕をさっ、と撫でた。
 くん、とワインの軌道が変わる。
 少女は目を見張った。
 見えない力に操られるように、今まさに降りかからんとしていたワインは、旋回してセスの持つグラスへ収まった。

「えっ……」

 給仕が口を開けてこちらを見ている。

「すみません、これ片付けてもらえますか?」

 セスはほんの少し息を整えて、中身の増えたグラスを渡した。
 それらを見ていた少女は理解できない、と頬をひくつかさせ。

「な、何なの? <法式>も使わずに魔法を使うなんて、あり得ないのに……! 何かイカサマをしてるんだわ。なんて、なんて嫌味な人なの……!?」

 セスは否定しなかった。
 少女はまだこちらを見ている給仕を睨みつける。彼はちらりとセスに視線を遣り、セスから「どうぞ」という意図の仕草を受けた。気まずげに二人から去っていく。
 給仕を見送り、少女は薄い紅を引いた唇を無理矢理吊り上げた。

「母親から命懸けで守られたのに、魔力のない穀潰しのくせに、随分楽しそうにしているじゃない。魔法使いとしては大成する見込みがないから、騎士に取り入ろうとしているのかしら」

 少女──ロザリー・ダグラス。ダグラス家は、ワイアット家と勢力を二分する、魔法使いの家系である。
 ロザリーはやれやれ、と肩をすくめた。

「まあでも、騎士の名家のシエンナ家と繋がりができて、やっと役に立てるのですものね。それは楽しくもなるわよね」

 セスは否定しない。
 彼から反応を引き出せないことに少女は唇を歪めた。それから、何事か思いついたのか表情を改める。
 するり、と華奢な腕がセスの前に差し出された。

「こんな所で立ち話もなんですもの。……わたくしと踊っていただけませんこと?」

 ダンスの誘いに、セスは初めて表情を変えた。やっと謀がうまくいき、少女は高揚した。
 セスは騎士道を持たない。しかし、スカーレットのパートナーとして公の場に参加している以上、女性からの申し出を断ることは憚られた。スカーレットの評判に繋がりかねない。
 逡巡の後、セスが彼女の手を取ろうとした時。

 二人の間に赤髪の騎士が身体を割り込ませた。

「大変申し訳ない、レディー」

 いつの間にか曲が終わっていたようだ。スカーレットがロザリーに微笑みを向ける。
 正面から対峙する赤薔薇の貴公子に少女は頬を染めた。

「彼は私のパートナーなのだ。私は、とても嫉妬深くて……」
「ふえぇ」

 少女は奇声を漏らした。スカーレットはセスにしな垂れ掛かる。

「誰にも、指一本、触れさせたくないのだ。許してくれるかい?」

 麗しい騎士の扇情的な眼差しに、少女は赤面した。コクコクと何度も首を振る。

「ありがとう」

 スカーレットはロザリーに微笑みかける。少女は哀れなほど瞳を潤ませた。行こうか、とセスの手を引く。
 セスは思わず呟いた。

「僕も入ろうかな、『赤薔薇の会』」
「なんでそうなるんだ!」
「あまりにも格好良かったので。……ありがとうございました」
「うむ。なんだか絡まれてそうだったから思わず割り込んでしまったが、大丈夫だったか?」

 セスは考える。先の会話は聞かれていないはずだ。全てを伝えるつもりはないが、ある程度こちらの事情を伝えて置かなければ、スカーレットも対応しにくいだろう。

「助かりました。彼女はダグラスといって、僕とは別の家系の魔法使いです。以前からああやって突っかかってくる人なんですけど……」

 セスは言葉を濁した。
 回帰前にも、ロザリーとは接触があった。回帰前の彼女の行く末を考えると、思う所もあるのだが。

「ふむ。色々複雑な家の事情があるんだな、きみは」
「ご迷惑をお掛けします」
「いや、むしろ付き合わせてくれ。こちらだって世話になっているのだから」

 それにしても、とスカーレットは続けた。

「さっきは大人げなかったかな。きみが彼女の手を取ろうとしていたから、ムキになってしまった」

 照れたようにセスを見上げる。

「本当は私だって、きみとファーストダンスがしたかったのだ」

 それから誤魔化すように笑う。セスは息が止まりそうになった。
 スカーレットは動きを止めたセスを訝しみ、彼の顔を覗き込む。ニヤリ、と貴公子らしくない笑みを浮かべた。

「きみでもそんな顔をするのだな! 真っ赤じゃないか」

 妙に満足気にスカーレットが歩を進める。セスをダンスの輪へと引いた。

「まだ曲が残っているぞ。せっかくだ、踊ろう!」



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