北の砦に花は咲かない

渡守うた

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一章 ルカ・ワイアットと贈り物の魔法

6、事件

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「なるほど、事件現場を見て体調不良になったのか。凄惨な光景だ、無理もあるまい」

 騎士団の詰所に運ばれ、ベッドに寝かされたセスはやっと事情を説明することができた。ベッド脇に座ったルカがこれまでのいきさつを説明する。
 会話の中で、セスは改めてスカーレットを見た。
 確か、北の騎士団に赴任する前は王都騎士団に居た、と言っていた。今は丁度その時期なのだろう。
 回帰前、北の騎士団に所属していた時とは違う、白い制服に身を包んだ姿はひどく新鮮に映った。端正な顔立ちの女性が胸を張って立つ姿は、はっとするほど様になっていた。

「そんなに見つめられると照れてしまうな」

 セスの視線に気付いたスカーレットが表情を緩めてはにかむ。セスは慌てて視線を落とす。場を和ませようと、スカーレットは続けた。

「まあ、私の美しさに見惚れてしまうのも分かるけれどね」
「それはそうですが……」

 不躾に見てしまったことをセスは恥じ入った。冗談を肯定され、スカーレットは目を丸くした。

「調子が狂う人だな」

 スカーレットが笑う。
 兄の体調が落ち着いたからか、ルカは好奇心を思い出したようだった。

「ねえお姉さん。ところで、事件って何?」
「ああ、君は現場を見ていないのか。それなら良かった。……知らないなら知っておいた方が良いな。最近2区では殺人事件が多発している」

 スカーレットは声を落として説明した。殺人と言う単語にルカが乗り出していた身を引く。

「子供や女性ばかりを狙う連続殺人事件だ。きみたちも、用事が無いなら出歩かない方が良い」

 説明を聞いていたセスはふと浮かんだ疑問を口にした。

「同一犯だと思う理由は何ですか?」
「……新聞にも出ている情報だから言うけれど。被害者の遺体から魔石が抜き取られているんだ。手口から一連の事件は同一犯だろうと見ている」

 魔石、とセスは口の中で呟いた。
 そんなスカーレットたちの背後から、見回りを終えた騎士たちがやって来た。そのうちの一人がセスたちを見て声を掛ける。

「シエンナ。その二人が現場の目撃者か」
「ベイカー! そんなつもりで連れてきたんじゃない。要救護者だったから休ませているだけだ」

 スカーレットの言葉に、ベイカーと呼ばれた若い騎士は鼻で笑った。

「だとしても目撃者だろう。話を聞かなくてどうする。……お前たち、名前は?」

 騎士の態度にルカは眉を寄せた。セスはルカの肩に手を置き、落ち着かせてから騎士に向き直る。

「セス・ワイアットです。こちらは弟のルカ」

 その名前に騎士とスカーレットは目を見開いた。

「ワイアット? 魔法使いの家門の? そんな人が護衛もつけずに何故あんなところに」
「買い物をしていました」
「買い物ぉ?」

 騎士はじろじろとセスを舐めるように見た。その視線が魔石を加工したピアスに留まり、騎士は眉を跳ね上げた。殺人事件の被害者は魔石を体内から抜き取られている。
 ぐいっ、とセスの耳を掴む。

「何をするんだよ!」

 ルカが悲鳴のような声を上げた。騎士はルカを一瞥して手元に視線を戻した。

「魔石を全身に着けた、ワイアットを名乗る、殺人現場に居た怪しい男……。目撃者から容疑者に切り替えた方が良いんじゃないか?」

 騎士の言葉にセスはわずかに目を見開く。言われてみると確かに怪しい。

「兄ちゃんはずっとオレと一緒に居たよ!」
「身内の証言など当てにならないな」
「ベイカー! 彼は遺体を見て体調を崩したんだぞ。そんなやつが犯人なはずないだろう!」

 スカーレットが怒気を孕んだ声を上げる。騎士は再び一笑に付した。

「妙に庇うな。だが事件を解明するためには何事も疑わなくては」
「そうですね」

 騎士は一瞬、誰が言葉を発したのか分からなかった。一拍置いて、自分が掴んでいる青白い青年からだと理解した。カッと目の前が赤くなる。彼は乱暴に手を離した。

「貴様ッ! 馬鹿にしているのか!」

 全くそのつもりはない。セスは自分に容疑が掛けられようが別段問題が無かっただけだ。他人事のように、事件について意見を述べる。

「奪われた魔石がどうなっているか調べたらどうでしょうか。市場に流れているなら犯罪組織が関わっているし、出ていないならコレクション目的の可能性が高いのでは」

 言いながらセスはベッドから下りる。スカーレットは慌ててセスの手を掴んだ。

「すまない! 容疑者と言ったのは彼の独断で、正式な拘束力はない。同僚の無礼な発言を許してくれ」
「シエンナ! お前誰の味方なんだ!」
「私は市民の味方だ! ……そして、恥を忍んでお願いする。どうか、我々の調査に協力してくれないだろうか」

 セスは目を丸くした。

「シエンナ! 正気か!?」

 騎士が声を荒げる。スカーレットの太陽のような瞳が、真摯にセスを見つめた。

「きみは我々よりも魔石に精通している。魔法使いの立場から助言を貰いたい」

 セスは逡巡した。
 ここで断ればスカーレットの立場がない。それはセスの望むところではなかった。彼はもちろん彼女の生命を守りたいが、社会的な幸福だって軽んじてはいない。それは自分の「スカーレットと関わらないでおこう」という私情よりも優先された。
 セスは頷いた。

「分かりました。魔法使いとして、事件解決に協力します」



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