2 / 40
序章
2、回帰
しおりを挟む雪の中、青年はもう、自分が泣いているのかどうかさえ分からなかった。
仲間たちの血で汚れた雪原を、巨大な魔物が蠢く。
魔物は蛇のような胴体を引きずり、彼に狙いを定めた。身体をよじり、勢いよく蛇の尾を振り上げる。
硬直して動けない。見つめることしかできなく──
「──セス」
「スカーレット!?」
眼前に赤髪が揺れる。それが愛する女性のものだと理解して彼は目を見開いた。
彼女は魔物と彼の間に割り込み、彼の身体を後ろへ押し出した。
(どうして──)
目の前に重量のある蛇の尾が振り下ろされ、衝撃でセスの身体は吹き飛ばされた。
◆
「──はっ!」
柔らかな陽射しを受け、彼──セス・ワイアットはベッドから飛び起きた。
「僕は死んだはずじゃ……」
思わず出た声があまりにも幼く、セスはぎょっと口元に手を当てた。その掌も、見下ろす身体も、明らかに子供のものだった。
「坊ちゃん! 気が付いたのですね!」
入口の方から声が上がる。年若いメイドがセスの元へ駆け寄った。目に涙を浮かべてセスの身体を抱きしめる。セスは驚いて彼女の顔を見つめた。
「奥さまがお亡くなりになって、坊ちゃんまで目覚めなかったらどうしようかと、私っ……」
彼女の言葉を聞いてセスは理解した。自分が過去に戻ってきていることを。
セスは混乱する頭を押さえて状況を整理する。
自分は20歳、魔法使いだ。
魔法大国アステルラント王国で魔法使いの大家に生まれ、後継者として厳格な教育を受けてきた。魔法で世の中に貢献する為、北部の騎士団に所属した。そこへ突然巨大な魔物……【厄災】が現れ、騎士団の仲間を皆殺しにしたのだ。
強大な力を持つ魔物を、古来から【厄災】と呼んでいる。
(僕も死んだと思ったけれど、……この状況はどう見ても5歳くらいの時だ)
鏡で自分の姿を確認する。
銀髪の少年が不安気にこちらを見ている。
信じがたいが過去に戻ってきた、というほかない。
(「奥さまがお亡くなりになって」とキャシーが言ったということは、春ごろかな)
キャシーとは先程のメイドである。心配そうにこちらを見つめている。セスの母親は彼が5歳の時に他界している。彼女の反応から見て、母が亡くなった直後なのだろう。
(昔に戻っているってことは、まだ砦は襲われてないってことだから──まだ皆死んでない!)
セスは顔を跳ね上げた。
「キャシー! 魔物が北部を襲うから、皆を避難させて!」
「え?」
キャシーが困惑してセスを見つめる。
「えっと、僕は騎士団に入ってて、……死んだはずなんだけど戻ってきて……」
話していくうちに、セスは声が尻すぼみになっていった。聞いていたキャシーの顔色がどんどん悪くなったからである。
「お可哀想な坊ちゃん。あんなお優しい奥さまを亡くされて、どれだけショックだったか。怖い夢を見たのですね」
「ええと……」
セスは頭を切り替えた。自分で口にしていても意味不明だし、実際頭も混乱している。だがじっとすることもできず、廊下へ走り出した。キャシーの戸惑った声が背中に掛けられる。「坊ちゃん!」
セスが走った先は父の書斎だった。
ずっと父が苦手だった。父を畏怖しており、目の前にすると言葉も上手く出ない。だが魔法使いとして高名な父なら、この現象を理解するかもしれない。
重い扉を押し開け、椅子に深く腰掛けている父に叫ぶ。
「父さん、魔物が来るんです! 【厄災】が……巨大な魔物が北部に来て人々を襲うの、だから避難を呼びかけてください!」
父は顔に刻まれた皺をさらに深くした。
「何を言っているんだ? こんな時に」
「【厄災】が来るんです。それまでに皆を守らなくちゃいけないんです!」
セスは声の限り叫んだ。
息子のこれまでにない様子に彼は眉を顰める。そしてセスを睨みつけた。
「ワイアット家の後継者としてお前が力を示さねばならないという時に、やはり精神が未熟な……」
彼は言葉を途切れさせた。そして青白い顔をした息子を改めて見つめる。
父はゆっくりと口を開いた。
「セス、お前、魔力はどうしたんだ?」
父の言葉にセスは目を見開いた。
──魔力?
自分の身体を見下ろす。言われてみれば、確かに、いつも身体に渦巻いているような魔力……魔法を起こすための力が、今は感じられない。
まさか、と思い魔法を起こそうと力を籠める。いつもなら空気が揺れるほどの力を感じるのだ。それが──
「そんな」
何の変化も起きなかった。
「セス、お前、魔力を失くしたのか……?」
父が息を呑む。
セスは指先まで冷え切った手を握り締めた。
彼は魔力を失っていた。
視界が揺らぐ。彼は再び意識を失った。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
神様との賭けに勝ったので、スキルを沢山貰えた件。
猫丸
ファンタジー
ある日の放課後。突然足元に魔法陣が現れると、気付けば目の前には神を名乗る存在が居た。
そこで神は異世界に送るからスキルを1つ選べと言ってくる。
あれ?これもしかして頑張ったらもっと貰えるパターンでは?
そこで彼は思った――もっと欲しい!
欲をかいた少年は神様に賭けをしないかと提案した。
神様とゲームをすることになった悠斗はその結果――
※過去に投稿していたものを大きく加筆修正したものになります。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる