たまたまアルケミスト

門雪半蔵

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077◇不思議の間の夜会(3)

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「ごめんなさい、ジンさん。先日の『神前決闘』の際に、老朽化していた『時告げの鐘』が落下して壊れたので、その新造のために、『神殿』に金銭的な余裕がないそうなんです。旅費どころか同乗出来るのなら、みんなまとめて乗せてもらえ――とに言われまして……」

 シンシアさんが申し訳なさそうに、裏の事情を告げる。

「あー……あったね」

 侍女風ミーヨが、おでこをさすりながら言った。
 そう言えば、俺とラウラ姫との『決闘』の時に、そんなことがあったようななかったような……。

「イヤ、俺のせいじゃないよ?」
「もちろんです。そして、こうして私たちが逢えたのも、『王都』までタダで馬車に乗せてもらうのも、すべて巡り合わせというか、運命でしょう」
 大きな黒い瞳がキラキラしてる。

「そうですよね」
 シンシアさんの言葉に感動していると、彼女からもう一度、きゅっと両手を握られた。

「それでですね、ジンさん」
 今度はなんだろう?
「ハイ?」

「あのー……その……」

 シンシアさんが、本気で言いにくそうに躊躇ためらっている。
 美少女に、至近距離でもじもじされるとか、スゴイ楽しいです!

「なんでも、『神殿』の鐘って、大衆のみなさんの善意と『真鍮』とか言う金属で出来ているらしいんですけど……その材料に銅貨が適しているらしいんですね?」

「えー……さすがにイヤな予感が」
 ミーヨが割り込もうとする。

「ジンさんて、昨日銅貨をいっぱい手に入れられたじゃないですか? もし喜捨とかいただけたら、私も嬉しいのですけど」
「シンシアさんが嬉しいなら、俺も嬉しいです。喜びを一緒に分かち合いましょう!」
 俺は男らしくそう言った。

 先日ラッキースケ……イヤ、天の配偶によって、素敵なお胸を見せていただいたので、シンシアさんのお願いを断ると言う選択肢はないのだ。

「うええっ」

 ミーヨが貴族令嬢にあるまじき呻き声を上げる。

「本当ですか! 嬉しいです! ありがとうございます、ジンさん」

 シンシアさんは、素敵な笑顔でそう言ってくれた。
 うん、この笑顔が見れるのなら……宝箱ひとつ分の小銭くらい。

「……ぼそっ(やりました! 色仕掛けに成功です)」

 シンシアさんが小声でなんか言ってるけど、彼女にとっては「顔を近づけて男の両手を握る」のが「色仕掛け」なのか?

 ……可愛すぎる。

(ジンくん! アレって本気で数えたら、それなりの金額になるんだよ?)

 ミーヨがシンシアさんに聞かれないように、俺の耳元で言った。
 こっちも、心地いいウィスパーボイスだ。

「え? そうなん?」

 確かに、溜まった小銭って数えてみると、びっくりするような金額になってる事があるけれども……また「やっちゃった」のか?

「――ジン。私は知らんぞ、殿下には君から説明しろよ」

 傍にいてやり取りを聞いていたのに、しばらく無言だったプリムローズさんに、冷たくそう言われた。

 でも、『王都』行きの『馬車』に同乗者が増えるとか、きっと嫌に違いないのに、割り込んで反対とかはされなかった。
 まがりなりにも、馬車の所有権を認めてくれている……という事だろう。

「ラウラ姫のお名前で喜捨します。お二人とも長い事『神殿』にお世話になってたんだし、それならいいでしょう?」
「……なるほど、名案だ。そうしよう」

 プリムローズさんは理解してくれたようだ。
 俺だって、このくらいの機転は利くのだ。たまーに、だけど。

 『神殿』って、組織がやたらと肥大化してて、収支バランスが悪くて、慢性的に「赤字」に悩んでるらしい。
 だからなのかは知らないけれど、トップの『神官長』さまも「●゛」で苦しんでたらしい。

 ……やれやれ。

「……(にこにこ)……」
「……(むうっ)」

 すべての要求が通って、満面に笑みをたたえるシンシアさんとは対照的に、ミーヨが無言で俺を睨んでいる。

 ――またまた、いろいろ面倒事をしょいこんでしまった気もする。

      ◇

「……(ゆっさゆっさ)……」

 簡単な食事をとりながら皆で雑談をしていると、わりと遠くから『七人の巫女』の一人ロザリンダ嬢が、小走りに近い速さで近寄って来るのが目に付いた。

「……(ゆっさゆっさゆっさ)……」

 なんというか、お胸が凄い揺れ方なので、見ててとても楽しかった。

 ――我ながら素直過ぎる感想だな。

 俺たちの近くにまで来ると彼女は、
「シンシア。『神官長しんかんちょう』さまはどちらか存じませんか?」
 早口で、そう訊いてきた。

 『神官長』……って、ヒサヤが「●゛」を治したっていう人のことか?

「いえ、こちらには……」
 シンシアさんが首を振ると、
「そうですか……失礼しました」
 ロザリンダ嬢はあっさり立ち去った。

 後ろ姿からも、美人オーラが出てる。すごい女性ひとだ。

「ねえ、シンシアちゃん。『神官長』さまっておひげの長――いおかた?」
 ミーヨが手真似で、なが――い髭を作りながら問うと、
「はい。『全能神』さまの美髯びぜんならって、男性の高位神官はお髭をたくわえるのが慣習になっていますので」
 シンシアさんが答えた。お髭を伸ばす理由も添えて。

「だったら、あっちの壁掛けの裏に入っていったよ。わたし見てた」

 ミーヨが指さす方を見ると、そこには「農村の風景」を織り込んだ豪華な「壁掛けタペストリー」があった。

 劇場の舞台にある「緞帳どんちょう」みたいなヤツだ。
 図柄が『貴婦人とユニコーン』じゃないのが残念だ。

「では、見てまいります」
「俺も行きます。プリムローズさん、ラウラ姫をお願いします」
「……ああ」

      ◇

「こっち」

 ミーヨの先導で、俺たちは壁掛け目指して広間を横切った。

 その途中――

(見て見て、奥様。あの方がプロペラ小僧さまですわよ。……姫のお相手の)
(プロペラ小僧って、なんですの、奥様?)
(ゴニョゴニョ)
(むあああ、そ、そんな方と姫が……)

 なんか、俺を知ってるらしい奥様方のひそひそ話が聞こえた。

 ……放っといて欲しいんですけど。

      ◇

「このあたりで、壁掛けの絵の中に入るみたいに……消えたの」
 ミーヨが壁を指す。

「確かにここ、端に隙間がありますね。あちらからでは気付きませんでしたけど」

 遠目だと建物の柱が「壁掛けの縁飾ふちかざり」みたいに見えたけれど……近寄ってみると「人が入れるくらいの隙間」があった。シンシアさんの言う通りだ。

「中、見て来ます」

 俺は一人で中に入ってみた。

(……なんだ、ここ?)

 壁掛けの後ろ側は、意味不明な「出っ張り」だった。
 大き目の窓が並んでいて、廊下の一部みたいに見える細長い空間だ。窓の外は夜の闇。雲ってるのか星も見えない。

 ――そして、そこには誰もいなかった。

 しかし、ヘンな空間だ。
 でも、なんでここを隠す必要があるんだろう?

 普通に長椅子でも置いとけば、座って休憩出来るのに。てか、そんな風な場所にしか見えないのに……。

「ジンくうん?」
 ミーヨが壁掛けの端からぴょこん、と顔だけ出す。その上からシンシアさんまで同じように顔を出した。

「暗くてよく見えませんが……ミーヨさん、たしかにこちらでしたか?」
「うん、そうだよ。祈願。★光球っ☆」

 ミーヨが『魔法』でちょっとだけ空間を明るくする。
 そう言えば、俺って右目の『光眼コウガン』に「暗視機能」があるので、夜目が利くのであった。

「あれっ? 誰もいない……見間違いだったのかなあ?」
「この窓って、開かないよな?」

 『この世界』の建物のガラス窓って「ハメ殺し(変な意味じゃないよ?)」で開かない場合が多い。代わりに、その上に換気戸がついてるのが一般的だ。

 でも、たとえガラス窓が開いたとしても、ご高齢なおじいちゃんである『神官長』様が、飛び降りるハズがない。

 ……ここは二階なのだ。

 校舎の3階の窓から飛び降りて平気だったアニメキャラなら、何人か知ってるけれども……。
 一例として、「ミッシェル」のお友達の「こころん」とか。
 着地の衝撃を和らげるためなのか、ゴロゴロと転がってたよな。

 ま、それはそれとして――

「誰も居なかったし、戻ろう」
「そうですね。戻りましょう」

 シンシアさんも、あまり気にしていないようだ。
 子供じゃあるまいし、別段危険は無いだろうしな。

「……うーん?」
「ほら、戻るぞ」

 まだ納得してないミーヨの手を引っ張る。

 なんとなく釈然としないまま、俺たちは引き返した。
 壁掛けの陰から出ると、会場の注目が広間の真ん中に集まっていて、好都合だった。誰もこっちを見てない。

 人の輪の中に、昨夜全裸で怒られてたロベルトさんがいた。
 さすがに今夜は、ちゃんとした料理人の恰好をしてるな。

 その前には、大きなワゴンがあって、デッカい銀色のアイロンみたいなヤツが乗っていた。

 イヤ、これって料理が冷めないようにするための「保温用のカバー」だろうな。正式名称は知らんけど。

 昨夜全裸で怒られてたロベルトさんがそれを持ち上げると、軽い喚声が起きる。

「「「「「……おおぉぉっ!」」」」」

 カレーの匂いだ。

      ◇

 一気に『不思議の間』全体に広がったスパイシーな香りから、ふと『食○のソーマ』の「カレー料理対決」を思い出しつつ、姫の許に戻る。あれは『秋の選抜』だったっけ?

「……あむっ」

 ラウラ姫は、完全に目を覚ましていた。
 『満腹丸焼き』の巨大な腿肉を持って、かぶりついていた。

 しかし、凄いカレーの匂いだ。

 でっかい金属のトレイには、添え物なのかいっぱい野菜があって、肉汁と香味野菜から出たスープで煮詰まったみたいにカレー色になっていた。「そこ」だけでいいから、俺も食いたい。ライスもちょうだい。

「あむっ……もぐもぐ……ジン。どうであった?」

 一応の説明は受けたらしい。
 事情は分かっているようだった。

「特に何も、見つかりませんでした」
「うむ。であるならば、みなも食べよ。……がぶっ……もぐもぐ」

 ラウラ姫が睡眠欲を満たしたので、今度は性……それは後のお楽しみか。今度は食欲を満たすべく、爆食いしてる。

 俺たちも取り分けて貰い、『満腹丸焼き』を食べた。

 うん。
 お肉メインのチキンカレーだ。ライスちょうだい!

「……はぐはぐ」

 シンシアさんが、白い『巫女見習い』の祭服に気を使いながら、優雅に食べてる。
 ああ、あのスプーンになりたい。


    パキン!


 指を鳴らす、景気のいい音がした。

「★対飛沫たいひまつ・服飾品防護星装せいそうっ☆」

 見たら、プリムローズさんの『魔法』だった。
 どこからか飛んで来た虹色のキラキラ星が服に張り付いて、「透明な魔法のエプロン」になったらしい。それで、カレーの「飛び跳ね」を防ぐらしい。御大層な名前の割に、なんて平和な『魔法』なんだ……。

 それで……え?
 パンをカレーに? 浸すの?
 あ、浸した。あ、食べた。うわー、未知の領域だ。
 『前世』でカレーパンなら食ってたけれども……でも、アレは完全に別物だしな。

「ふぁにほ?」

 ガン見してたら気付かれた。――失礼しました。

「いえ、あの、前々から不思議だったんですが、こういう場所での食事って『毒見』しないものなんスか? ラウラ姫のを」

 色々誤魔化すために、そんな事を訊いてみた。

「(ごっくん)……ああ、平気よ。解毒の『魔法』もあるし、今夜は『癒し手』のシンシアもいるから、多少の毒では死にはしないから。それに『この世界』じゃ――食べずに後悔するよりも食べて後悔しろ――って考えが普通だしね」

 そんなノリだったのか……。
 道理で、みんなバクバクと食うハズだ。

 ラウラ姫をチラ見すると、『満腹丸焼き』の巨大な腿肉を完食したところだった。骨は、そのまま棍棒として使えそうな感じだ。巨大な大腿骨だ。そう見えるのは、姫が体躯たいくがミニマムなせいもあるけれども。

「うむ。では、他の物もかるく」

 ラウラ姫が言った。
 ただ、姫ともなると、自分では取らずに人に任せる。

「うむ。これとそれとあれとそっちとこっちとついでにそれも」

 生ハム似の塩漬け豚腿肉と、魚の三枚おろしのグルグル巻きと、三種の果実入り薄皮重ね焼き(※パイだ)と、船型クッキーにナッツのヌガー盛りと、魚の揚げ物と、またしても『満腹丸焼き』だ。

 ちっとも軽くない。

「はいっ、ただ今っ」

 ミーヨが、銀の大皿を持って、あたふたしてる。

 筆頭侍女のプリムローズさんじゃなくて、侍女のフリをしてるだけのミーヨがこき使われている……不憫ふびんだ。

「はむっ」

 姫が料理をバクつきだした。
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