77 / 80
077◇不思議の間の夜会(3)
しおりを挟む「ごめんなさい、ジンさん。先日の『神前決闘』の際に、老朽化していた『時告げの鐘』が落下して壊れたので、その新造のために、『神殿』に金銭的な余裕がないそうなんです。旅費どころか同乗出来るのなら、みんなまとめて乗せてもらえ――と上に言われまして……」
シンシアさんが申し訳なさそうに、裏の事情を告げる。
「あー……あったね」
侍女風ミーヨが、おでこを擦りながら言った。
そう言えば、俺とラウラ姫との『決闘』の時に、そんなことがあったようななかったような……。
「イヤ、俺のせいじゃないよ?」
「もちろんです。そして、こうして私たちが逢えたのも、『王都』までタダで馬車に乗せてもらうのも、すべて巡り合わせというか、運命でしょう」
大きな黒い瞳がキラキラしてる。
「そうですよね」
シンシアさんの言葉に感動していると、彼女からもう一度、きゅっと両手を握られた。
「それでですね、ジンさん」
今度はなんだろう?
「ハイ?」
「あのー……その……」
シンシアさんが、本気で言いにくそうに躊躇っている。
美少女に、至近距離でもじもじされるとか、スゴイ楽しいです!
「なんでも、『神殿』の鐘って、大衆のみなさんの善意と『真鍮』とか言う金属で出来ているらしいんですけど……その材料に銅貨が適しているらしいんですね?」
「えー……さすがにイヤな予感が」
ミーヨが割り込もうとする。
「ジンさんて、昨日銅貨をいっぱい手に入れられたじゃないですか? もし喜捨とかいただけたら、私も嬉しいのですけど」
「シンシアさんが嬉しいなら、俺も嬉しいです。喜びを一緒に分かち合いましょう!」
俺は男らしくそう言った。
先日ラッキースケ……イヤ、天の配偶によって、素敵なお胸を見せていただいたので、シンシアさんのお願いを断ると言う選択肢はないのだ。
「うええっ」
ミーヨが貴族令嬢にあるまじき呻き声を上げる。
「本当ですか! 嬉しいです! ありがとうございます、ジンさん」
シンシアさんは、素敵な笑顔でそう言ってくれた。
うん、この笑顔が見れるのなら……宝箱ひとつ分の小銭くらい。
「……ぼそっ(やりました! 色仕掛けに成功です)」
シンシアさんが小声でなんか言ってるけど、彼女にとっては「顔を近づけて男の両手を握る」のが「色仕掛け」なのか?
……可愛すぎる。
(ジンくん! アレって本気で数えたら、それなりの金額になるんだよ?)
ミーヨがシンシアさんに聞かれないように、俺の耳元で言った。
こっちも、心地いいウィスパーボイスだ。
「え? そうなん?」
確かに、溜まった小銭って数えてみると、びっくりするような金額になってる事があるけれども……また「やっちゃった」のか?
「――ジン。私は知らんぞ、殿下には君から説明しろよ」
傍にいてやり取りを聞いていたのに、しばらく無言だったプリムローズさんに、冷たくそう言われた。
でも、『王都』行きの『馬車』に同乗者が増えるとか、きっと嫌に違いないのに、割り込んで反対とかはされなかった。
まがりなりにも、馬車の所有権を認めてくれている……という事だろう。
「ラウラ姫のお名前で喜捨します。お二人とも長い事『神殿』にお世話になってたんだし、それならいいでしょう?」
「……なるほど、名案だ。そうしよう」
プリムローズさんは理解してくれたようだ。
俺だって、このくらいの機転は利くのだ。たまーに、だけど。
『神殿』って、組織がやたらと肥大化してて、収支バランスが悪くて、慢性的に「赤字」に悩んでるらしい。
だからなのかは知らないけれど、トップの『神官長』さまも「●゛」で苦しんでたらしい。
……やれやれ。
「……(にこにこ)……」
「……(むうっ)」
すべての要求が通って、満面に笑みをたたえるシンシアさんとは対照的に、ミーヨが無言で俺を睨んでいる。
――またまた、いろいろ面倒事をしょいこんでしまった気もする。
◇
「……(ゆっさゆっさ)……」
簡単な食事をとりながら皆で雑談をしていると、わりと遠くから『七人の巫女』の一人ロザリンダ嬢が、小走りに近い速さで近寄って来るのが目に付いた。
「……(ゆっさゆっさゆっさ)……」
なんというか、お胸が凄い揺れ方なので、見ててとても楽しかった。
――我ながら素直過ぎる感想だな。
俺たちの近くにまで来ると彼女は、
「シンシア。『神官長』さまはどちらか存じませんか?」
早口で、そう訊いてきた。
『神官長』……って、ヒサヤが「●゛」を治したっていう人のことか?
「いえ、こちらには……」
シンシアさんが首を振ると、
「そうですか……失礼しました」
ロザリンダ嬢はあっさり立ち去った。
後ろ姿からも、美人オーラが出てる。すごい女性だ。
「ねえ、シンシアちゃん。『神官長』さまってお髭の長――いお方?」
ミーヨが手真似で、なが――い髭を作りながら問うと、
「はい。『全能神』さまの美髯に倣って、男性の高位神官はお髭をたくわえるのが慣習になっていますので」
シンシアさんが答えた。お髭を伸ばす理由も添えて。
「だったら、あっちの壁掛けの裏に入っていったよ。わたし見てた」
ミーヨが指さす方を見ると、そこには「農村の風景」を織り込んだ豪華な「壁掛け」があった。
劇場の舞台にある「緞帳」みたいなヤツだ。
図柄が『貴婦人とユニコーン』じゃないのが残念だ。
「では、見てまいります」
「俺も行きます。プリムローズさん、ラウラ姫をお願いします」
「……ああ」
◇
「こっち」
ミーヨの先導で、俺たちは壁掛け目指して広間を横切った。
その途中――
(見て見て、奥様。あの方がプロペラ小僧さまですわよ。……姫のお相手の)
(プロペラ小僧って、なんですの、奥様?)
(ゴニョゴニョ)
(むあああ、そ、そんな方と姫が……)
なんか、俺を知ってるらしい奥様方のひそひそ話が聞こえた。
……放っといて欲しいんですけど。
◇
「このあたりで、壁掛けの絵の中に入るみたいに……消えたの」
ミーヨが壁を指す。
「確かにここ、端に隙間がありますね。あちらからでは気付きませんでしたけど」
遠目だと建物の柱が「壁掛けの縁飾り」みたいに見えたけれど……近寄ってみると「人が入れるくらいの隙間」があった。シンシアさんの言う通りだ。
「中、見て来ます」
俺は一人で中に入ってみた。
(……なんだ、ここ?)
壁掛けの後ろ側は、意味不明な「出っ張り」だった。
大き目の窓が並んでいて、廊下の一部みたいに見える細長い空間だ。窓の外は夜の闇。雲ってるのか星も見えない。
――そして、そこには誰もいなかった。
しかし、ヘンな空間だ。
でも、なんでここを隠す必要があるんだろう?
普通に長椅子でも置いとけば、座って休憩出来るのに。てか、そんな風な場所にしか見えないのに……。
「ジンくうん?」
ミーヨが壁掛けの端からぴょこん、と顔だけ出す。その上からシンシアさんまで同じように顔を出した。
「暗くてよく見えませんが……ミーヨさん、たしかにこちらでしたか?」
「うん、そうだよ。祈願。★光球っ☆」
ミーヨが『魔法』でちょっとだけ空間を明るくする。
そう言えば、俺って右目の『光眼』に「暗視機能」があるので、夜目が利くのであった。
「あれっ? 誰もいない……見間違いだったのかなあ?」
「この窓って、開かないよな?」
『この世界』の建物のガラス窓って「ハメ殺し(変な意味じゃないよ?)」で開かない場合が多い。代わりに、その上に換気戸がついてるのが一般的だ。
でも、たとえガラス窓が開いたとしても、ご高齢なおじいちゃんである『神官長』様が、飛び降りるハズがない。
……ここは二階なのだ。
校舎の3階の窓から飛び降りて平気だったアニメキャラなら、何人か知ってるけれども……。
一例として、「ミッシェル」のお友達の「こころん」とか。
着地の衝撃を和らげるためなのか、ゴロゴロと転がってたよな。
ま、それはそれとして――
「誰も居なかったし、戻ろう」
「そうですね。戻りましょう」
シンシアさんも、あまり気にしていないようだ。
子供じゃあるまいし、別段危険は無いだろうしな。
「……うーん?」
「ほら、戻るぞ」
まだ納得してないミーヨの手を引っ張る。
なんとなく釈然としないまま、俺たちは引き返した。
壁掛けの陰から出ると、会場の注目が広間の真ん中に集まっていて、好都合だった。誰もこっちを見てない。
人の輪の中に、昨夜全裸で怒られてたロベルトさんがいた。
さすがに今夜は、ちゃんとした料理人の恰好をしてるな。
その前には、大きなワゴンがあって、デッカい銀色のアイロンみたいなヤツが乗っていた。
イヤ、これって料理が冷めないようにするための「保温用のカバー」だろうな。正式名称は知らんけど。
昨夜全裸で怒られてたロベルトさんがそれを持ち上げると、軽い喚声が起きる。
「「「「「……おおぉぉっ!」」」」」
カレーの匂いだ。
◇
一気に『不思議の間』全体に広がったスパイシーな香りから、ふと『食○のソーマ』の「カレー料理対決」を思い出しつつ、姫の許に戻る。あれは『秋の選抜』だったっけ?
「……あむっ」
ラウラ姫は、完全に目を覚ましていた。
『満腹丸焼き』の巨大な腿肉を持って、かぶりついていた。
しかし、凄いカレーの匂いだ。
でっかい金属のトレイには、添え物なのかいっぱい野菜があって、肉汁と香味野菜から出たスープで煮詰まったみたいにカレー色になっていた。「そこ」だけでいいから、俺も食いたい。ライスもちょうだい。
「あむっ……もぐもぐ……ジン。どうであった?」
一応の説明は受けたらしい。
事情は分かっているようだった。
「特に何も、見つかりませんでした」
「うむ。であるならば、みなも食べよ。……がぶっ……もぐもぐ」
ラウラ姫が睡眠欲を満たしたので、今度は性……それは後のお楽しみか。今度は食欲を満たすべく、爆食いしてる。
俺たちも取り分けて貰い、『満腹丸焼き』を食べた。
うん。
お肉メインのチキンカレーだ。ライスちょうだい!
「……はぐはぐ」
シンシアさんが、白い『巫女見習い』の祭服に気を使いながら、優雅に食べてる。
ああ、あのスプーンになりたい。
パキン!
指を鳴らす、景気のいい音がした。
「★対飛沫・服飾品防護星装っ☆」
見たら、プリムローズさんの『魔法』だった。
どこからか飛んで来た虹色のキラキラ星が服に張り付いて、「透明な魔法のエプロン」になったらしい。それで、カレーの「飛び跳ね」を防ぐらしい。御大層な名前の割に、なんて平和な『魔法』なんだ……。
それで……え?
パンをカレーに? 浸すの?
あ、浸した。あ、食べた。うわー、未知の領域だ。
『前世』でカレーパンなら食ってたけれども……でも、アレは完全に別物だしな。
「ふぁにほ?」
ガン見してたら気付かれた。――失礼しました。
「いえ、あの、前々から不思議だったんですが、こういう場所での食事って『毒見』しないものなんスか? ラウラ姫のを」
色々誤魔化すために、そんな事を訊いてみた。
「(ごっくん)……ああ、平気よ。解毒の『魔法』もあるし、今夜は『癒し手』のシンシアもいるから、多少の毒では死にはしないから。それに『この世界』じゃ――食べずに後悔するよりも食べて後悔しろ――って考えが普通だしね」
そんなノリだったのか……。
道理で、みんなバクバクと食うハズだ。
ラウラ姫をチラ見すると、『満腹丸焼き』の巨大な腿肉を完食したところだった。骨は、そのまま棍棒として使えそうな感じだ。巨大な大腿骨だ。そう見えるのは、姫が体躯がミニマムなせいもあるけれども。
「うむ。では、他の物もかるく」
ラウラ姫が言った。
ただ、姫ともなると、自分では取らずに人に任せる。
「うむ。これとそれとあれとそっちとこっちとついでにそれも」
生ハム似の塩漬け豚腿肉と、魚の三枚おろしのグルグル巻きと、三種の果実入り薄皮重ね焼き(※パイだ)と、船型クッキーにナッツのヌガー盛りと、魚の揚げ物と、またしても『満腹丸焼き』だ。
ちっとも軽くない。
「はいっ、ただ今っ」
ミーヨが、銀の大皿を持って、あたふたしてる。
筆頭侍女のプリムローズさんじゃなくて、侍女のフリをしてるだけのミーヨがこき使われている……不憫だ。
「はむっ」
姫が料理をバクつきだした。
0
お気に入りに追加
60
あなたにおすすめの小説

もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。

素材採取家の異世界旅行記
木乃子増緒
ファンタジー
28歳会社員、ある日突然死にました。謎の青年にとある惑星へと転生させられ、溢れんばかりの能力を便利に使って地味に旅をするお話です。主人公最強だけど最強だと気づいていない。
可愛い女子がやたら出てくるお話ではありません。ハーレムしません。恋愛要素一切ありません。
個性的な仲間と共に素材採取をしながら旅を続ける青年の異世界暮らし。たまーに戦っています。
このお話はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
裏話やネタバレはついったーにて。たまにぼやいております。
この度アルファポリスより書籍化致しました。
書籍化部分はレンタルしております。

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。
婚約破棄からの断罪カウンター
F.conoe
ファンタジー
冤罪押しつけられたから、それなら、と実現してあげた悪役令嬢。
理論ではなく力押しのカウンター攻撃
効果は抜群か…?
(すでに違う婚約破棄ものも投稿していますが、はじめてなんとか書き上げた婚約破棄ものです)

アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

のほほん異世界暮らし
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。
それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる