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076◇不思議の間の夜会(2)
しおりを挟む「――て話なんだよ」
「うええっ」
先刻聞いたばかりの「ヒカリちゃん」の話をすると、ミーヨが何とも言えない表情になる。
そして、「腹パン」の部分に感応したんだろう。なんか、自分のお腹をさすってるし。
でも、昨夜も『化物』なんてものを見ちゃってるせいか、それほど動揺はないようだ。
俺も、いろいろと耐性が付きつつあるよ。
もう、どんな謎生物の話を聞いても平気だ。
ちょっと離れたところでは、
「……(ぱくぱくぱく)」
シンシアさんが実に健康的な感じで、次々とお料理を食べてる。
お腹が空いてたようだ。
どうやら、シンシアさんの「喉が乾いてしまいました」は「お腹が空いた」と言う意味らしい。試験に出るかもしれないので、覚えておこうっと。
てか、『この世界』って「カレー」無いのかな?
今回のメニューには見当たらないけど「シチュー」はあるんだけどな。
両方とも、「飲み物」なのにな(※人によります)。
お昼に匂いだけ嗅いだ『満腹丸焼き』って、まだ登場しないらしい。
匂いは完全にカレーだったけど……鳥の丸焼きらしいんだよな。
それはともかく、ひとつ気になる事がある。
シンシアさんはさっき「『美南海』には、人間の女性に似たカタチの植物が棲んでまして、そのひとつが『ヒカリちゃん』です」と言ってたのだ。
どうやら、似たようなのが他にも居そうなのだ。
「他にも、何か変な植物っているんスか?」
プリムローズさんに訊いてみた。
「私も直接は見た事ないけど……『ミドリさんたち』ってのが居るらしいわよ」
ミドリ……さん……たち?
なんで敬称付きで複数なんだろう?
ふと、某漫画家先生や魔女っ子が思い浮かんだよ。
「緑色の長い髪をした女の人みたいな植物で、日光を求めてさ迷い歩くと言われてるわ。……それも集団で」
「怖っ!」
どう考えても怖い。植物はじっとしてろよ。
てか、やっぱ『この世界』って謎生物多いんだな……。
「怖いって……私たちが吸ってる空気を作ってくれてるワケだから、感謝されてる生物なんだけどね。葉も実も汁も有用な生物資源になるのに」
プリムローズさんがちょっと鼻白む。
「ああ、『光合成』っスか。で、ミドリ『さん』って呼ばれてんだ」
宇宙船の乗員が光合成する話はアニメで観た事あるけれども。
『シド○アの騎士』の星○とか緑○とか、あのシリーズとか、あんな感じの美少女たちなら、俺も一緒に『光合成』したいけれども。
「昨夜君たちが見たって言う『化物』のタマゴに、何らかの植物の種子が付着すると、何故か人間の女性に似たカタチの、『女体樹』に成るのよ」
プリムローズさんが驚くべきことを言ってる……けど、
「……へー、そーなんですか」
別にもうどうでもいいや、って気もする。
でも、それって「寄生」とも違うしな、なんなんだろう? 融合?
植物の生体情報……じゃなくてゲノムが『化物』側に奪われてる?
「『女体樹』には色々あってね。『アカリさん』とか『ユカリちゃん』とか『嗅ぐや姫』とか『泡立ち姫』とか『マグロさん』とか『脱衣亜麻ちゃん』とか『菜っちゃん』とか『スケスケちゃん』とか『毒毒婦』とか『辛口師匠』とか『甘えん棒』とか『恥ずかしカタメちゃん』とか『ゆるめにカタメちゃん』とか『ゆるゆる油っ子ちゃん』とか『泣かせジョーズ』とか『お壺根さま』とか『ハックション大女帝』とか『朝ガオー!!』とか『ぞんびれら』とか『おまー樹』とか『まりあー樹!!』とか『悲願成樹』とか」
どんだけあんねん!
「……もー、いーです」
ちょっと泣きたい気持になって来たよ。
無差別に、大量にバラ撒いて、全部「回収」出来んのかよ?
「……もっとあるのに(しょんぼり)」
んな事で、そんなに残念そうにしないで欲しい。
「『美南海』には島が沢山あって、島ごとの固有種みたいな変な動植物が色々といて、その種子を意図的かつ人工的に『化物』のタマゴに植え付けるような事をして、『女体樹』を誕生させているのよ」
「……なんで、そんなに詳しいんスか?」
「殿下のご領地が、その中の島ひとつまるごとなのよ。色々と調べたわ」
「……へー。ご領地っスか」
如何にも王族とか貴族っぽい。
ラウラ姫、領地なんて持ってたのか。
「昨夜見たタマゴは、生ゴミ扱いされてましたけど……なんか育てればいいのに。もったいない」
如何にも庶民的で小市民的な発想でそう言ったら、
「でも『女体樹』って寒いトコが嫌いだから、『温室』でもない限り、この辺りじゃ育たないらしいわよ。タマゴの状態でないと冬を越せないらしいの」
ちょっと肩をすくめるみたいな仕草で、そう言い返された。
「そーゆーものなんスか?」
植物だから、熱帯とかの温暖なトコがいいのかな?
関係無いけど、『前世』でアボガドの種を庭に捨てたら、謎な植物が生えて来て、ネットで確認してみたらアボガドの若木だった事があったよ。冬に枯れちゃったけど。
てか、『女王国』の「冬」ってどんな感じになるんだろう?
経験無いし……さっぱり分かんないな。
雪が降って、寒いのは確実らしいんだけど……冬眠する生き物とか居るのかな?
アレって「氷河期の影響」って聞くけど『この世界』ではどうなんだろう?
「そう言えば、甲羅の無いハダカリクガメとか、飛べないダメドリとか言う使役動物も見かけた事あるんですけど……あれは?」
『冶金の丘』に到着した日に『永遠の道』で見かけたけど、さすがに街中では、その手の珍獣は見かけないんだよな。普段はどこで何してんだろ、あの珍獣ども。
「ハダカリクガメは農耕用よ。農地を耕すための重たい鉄の犂を牽くのよ」
「へー……そうだったんですか。力ありそうですもんね」
アレはレアで、俺も一度しか見てない。
たしかに低重心で、トルクが有りそうな感じだった。
『地球』の感覚で言うと、「農業用のトラクターで公道走って、そのまま街に乗りつけた」みたいなノリだったのかな?
「あんなんで冬越せるんスか?」
訊いてみた。何しろ「ハダカ」だしな。
俺みたいに、寒さとかをキャンセル出来る『★不可侵の被膜☆』があるワケじゃないだろうに。
「寒くなると深い穴を掘って冬眠するそうよ」
「……へー」
その「穴堀り能力」を人間に利用されて、完全に農機具扱いらしい。
「それとね。普段から『重いコンダラ』を牽いて特訓してるらしいわよ(ニヤニヤ)」
なんか冗談で言ってるらしい。
半笑いだ。モトネタなんなんだろ? やっぱ昭和ネタ?
「犬の群れや、鹿みたいな角のある馬は?」
そんなもいたのだ。
「両方とも『北』ね。冬場はソリを牽いてるのよ。イヌゾリやトナカイみたいにね」
「ああ……なるほど。『地球』の極地地方みたいですね」
納得。
「この大陸の北の果てに『北の帝国』の租借地があってね。そこから来てるのよ」
「……仲悪いって聞くのに、土地なんて貸してるんスか?」
「交易用の拠点になってるそうよ」
「……へー」
とすると、俺とミーヨの「旅立ち」の時に「右」に曲がって、『永遠の道』をずーっと北東に進んでいたら、そこに着いてたのかな?
でも、その辺りには『東の円』に行ける小さい港町もあるらしいんだよな。
「あ、あとね。ダメドリは食用に連れて来られてたんだと思うわよ? 前にも串焼き食べたでしょ?」
「……そーなんスか?」
どうやら、何度も食ってる串焼肉の正体だったらしい……。
「お昼に言ってた『満腹丸焼き』だってそうだよ」
何か飲み物の入った硝子の杯をいっぱいトレイに載せてやって来たミーヨにも、そんな事を言われた。
「……へー、そーなんか」
ラウラ姫のリクエストで、無理矢理作った真冬の『神授祭』用の料理か。
だとすると『地球』の「ローストチキン」よりも二回りはデカいだろうな……もっとだな。
飛べない鳥「ダメドリ」は、その気になれば人が乗れそうな大きさだったし。
◇
「……姫殿下は……眠ってらっしゃるんですか?」
お食事を済ませたらしいシンシアさんがやって来て、そーっと訊ねた。
「いつものことよ」
筆頭侍女が諦めきってるみたいに言った。
実は、ひと通り挨拶と儀礼が終わると、ラウラ姫が椅子に座ったとたん寝ちゃったのだ。
主賓が爆睡というのもアレなので、誰も近寄らないように、筆頭侍女とミーヨがガードしていたのだった。
「ところで、ドロレスちゃんがいませんね?」
合流したばかりのシンシアさんが、意外そうだ。
「昨日の件で謹慎してるのかな? まあ、彼女はあまりにも殿下とそっくりだから、同席されると混同されてややこしくなるから、居ないならその方が助かるが」
プリムローズさんは分かっていないようだな。
欠席の真の理由を。
「なに言ってるんですか、あの子まだ12歳ですよ。夜会に出れるわけないじゃないですか?」
俺がそう指摘すると、
「「……それもそうでした」」
と納得された。
ドロレスちゃんは背が高くて大人っぽいけど、年齢的にはそうなのだ。
いちおう、この「夜会」って16歳以上じゃないと出れないらしいのだ。
「あれ? じゃあ、ヒサヤちゃんはいいの?」
ミーヨがそう言いながら、まるで給仕役のように、シンシアさんに綺麗な緑色の果実水を手渡した。
一応、ラウラ姫付きの『侍女』という設定のはずなのに……キャラブレしてる気がしないでもない。
「ありがとうございます。あの子は控え室です。今頃は疲れて寝てるかもしれません。姫殿下みたいに」
シンシアさんが美味しそうにグラスを傾けてる。
透明な硝子貝のガラスの殻に、透かし細工の銀の「脚」がついてる。
「……そう言えば、ヒサヤの件、通りそうです」
不意に、シンシアさんが細部をぼかしてそう言った。
ヒサヤの件とは、俺が彼女を『奴隷の館』から購入した時の代金の返金の話だろう。
『癒し手』として覚醒した人間は、たとえ奴隷であっても、その身分から解放されるそうなので、俺が払ったお金が戻って来るのが正しいのだ。
「彼女も一緒に『王都』に行く事になるようです」
あれ?
違う話になってる……いつの間にそんなことに?
「え? そうなん?」
俺の砕けた問いかけを気にした様子もなく、彼女は至極真面目に応じてくれた。
「はい。先日ありのままを報告したところ、その真偽を確かめるために『神官長』さまが長患いしていた●゛を癒す事になりまして」
「……はあ?」
今、天使のような美少女の口からヘンな言葉が……幻聴かな?
「そこで見事に●゛を癒したために、『神官長』さまの篤い信頼を得る事となりまして」
また、聞こえた。イヤだ、信じたくない。
「それでですね。同じ●゛で、お悩みの方が『王都』にいらっしゃるらしく」
認めたくないが事実らしい。「●゛」って、3回も言ったし。
「『神官長』さまの、『地元のお知り合い』だそうで――その方のためにヒサヤを紹介したいそうなのです」
ぢ元のお尻愛?
どんな関係なんだろ……爛れた関係じゃないよね?
不気味な想像をする前に、
「それで、ジンさんにお願いです」
シンシアさんに、きゅっと俺の両手を握られた。
顔が近い。黒い瞳が大きい。
「ジンさんの馬車に同乗させていただきたいのです! ……ヒサヤを含めた私たちを…………無償で」
物凄く間近で、そう懇願された。
「…………」
いいニホイだ。
即答したかったけど、彼女の素敵な香りに、ぼ――っとなってしまっていた。
と……何故か不意に、お顔とニホイがどんどん遠ざかっていく。
「……(えいっえいっ)」
ミーヨが引き離そうと、後ろからぐいぐい引っ張っているらしい。
「俺は構いませんよ」
俺はぐいっ、ともう一度近寄って言った。
「……(どすっ)」
ミーヨが引っ張り返された勢いで、俺の背中に頭突きしてる。
ドミノ倒し的に俺までシンシアさんにキスしそうになる。
イヤ、寸前で止まったけど。
かなりの接近状態なのに、
「ありがとうございます。きっとジンさんならそう言ってくださると信じてました!」
シンシアさんはにっこり笑うと、くるっと後ろを振り返って、
「快諾していただきました。巫女さま」
そう言った。
え?
「――そう」
そこには、つんと澄ました巨乳美人が立っていた。
『七人の巫女』の一人、ロザリンダ嬢だった。
新たな『七人の巫女』を選ぶ『巫女選挙』には、前任の『七人の巫女』も出席するのが通例らしい。
『王都』までの同乗を申し込まれてしまった。
「それでは、よろしくお願いいたします」
ロザリンダ嬢は、一礼すると、そのまま去っていった。
一人かと思ったら、うしろからもう一人出て来るとか……悪質なヒッチハイクみたいな展開だ。
――でも、出てきたのが男じゃないだけマシか……。
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