たまたまアルケミスト

門雪半蔵

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047◇神前決闘(7)

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「「お待ちください、姫殿下!」」

 唐突に現れた二人の女性が、俺様のピンチを救ってくれた。

「む?」

純白しろのお召し物がありませぬ。急ぎ調達してまいりますので、お時間をいただきたく存じます」

 一人は俺たちよりちょっと年上くらいの、侍女風の服装の女性だった。
 若くて綺麗な女性だけど、どことなく言葉に険がある。

 どこかの貴族令嬢が、嫌々この立場にいる感じだ。
 まあ、それを言ったら筆頭侍女のプリムローズさんも似た印象だけど、彼女は少なくともラウラ姫に対してネガティブな感情はもっていない。

「『破瓜の儀』を執り行う場をお教えいただければ、そちらにお届けいたします」

 もう一人も、20代前半の、侍女風の女性だった。
 こちらは大人しくて、真面目で平凡な印象だ。

 ――どっちにしろ、ラウラ姫を制止してくれるのかと思ったら……違った。

 たぶん、決められている「しきたり」を、段取り通りに進めようとしているだけだ。
 このままだと、どんどん追い込まれて行きそうだ。

 でもって、よく知らないけど、王族の女性の「初夜」には白い服着るのか?

「えーっと、あなた方は?」

 彼女たちの正体が、ちょっと気になった。

「「……」」

 二人とも無言だ。
 流れから言って、ラウラ姫の侍女らしいけど、どうも姫を見る目つきが変だ。

「む」
 ラウラ姫が促すと、やっと応じてくれた。

「姫殿下の第二侍女です」

 貴族令嬢っぽい人だ。
 真鍮みたいな感じの金髪と、くすんだ茶色い瞳だ。表情もキツめだし、すごい生意気そうに見える。

「第五侍女に御座います」

 真面目そうな人だ。
 『この世界』でいちばん多い混血の進んだ感じの、すこし浅黒い肌で、黒髪で黒い瞳だ。ちょっと地味目だ。

 てか、2人飛んで5人目の侍女さんなんだ? 残りはどこに居るんだ?
 そして侍女って「お仕着せ」でみんな同じ服着てると思ってたけど、全員違う服だ。みんな地味目な色だけど。

「「以後、お見知りおきを」」

 二人は仕方なさそうに、ちょこんとお辞儀した。
 名前は名乗る気はないらしい。

 それにしても、プリムローズさんの他にも、ラウラ姫付きの侍女って居たんだな。
 まあ、そりゃそうか。彼女は「筆頭侍女」だもんな。

「こちらこそよろしくお願いします。ところで先日……『絶対に働てはいけない日』には、お会いしませんでしたよね? お二人はどちらにいらしたんですか?」

 なるべく刺激しないように、のんびりとした口調で訊いてみた。

「お休みをいただきましたので、自由にしておりました」

 真面目そうな第五侍女だ。
 ただ、表情は硬く重い。体調がすぐれないのかも知れないけど、不機嫌そうだ。

「わ、わたくしもです! いけませんか?」

 貴族令嬢っぽい第二侍女だ。
 憤然とした赤い顔で睨まれた。
 反発心剥き出しだ。そして、その向かってる方向が妙だ。主人であるラウラ姫に向いてるのだ。

 このひとは……何かがちょっと違う気がする。
 気をつけないと、いけない気がする。

 ラウラ姫に危害を……直接手を下さなくても、暗殺者の手引きくらいは平気でしそうだ。

 姫は言ってたじゃないか。
『実は四番目に生まれた『よんの姫』でな。上の姉が一人、事故で亡くなったために、繰り上がったのだ』
 って。

 そして、プリムローズさんも、先刻さっきの襲撃を姫の命を狙ったものと考えて、
『言え。どこの家の手の者だ?』
 と問い詰めていた。

 たしか、女王陛下には『愛人』というか『いとびと』がいっぱいいて、姫とドロレスちゃんを除くと、兄弟姉妹全員父親が違うとも言ってたな。

 つまり、五番目や六番目に生まれた「姫」の父親の関係者が、「繰り上がり」を狙って姫を排除しようとしてもおかしくないワケか。

 もし、姫にそういった「敵」がいる場合、どういう条件の時に襲ってくるか……。

 白無垢の衣装を用意するとか言っても、『破瓜の儀』はつまり「えっちなこと」。
 最終的には、生まれたままの丸裸。

 もっとも無防備な状態をさらす事になるけど……そこは俺がまた「楯」になれば問題ないか。

 それに……シンシアさんが変な事言ってたな。
 『癒し手』として付き添うとか、プリムローズさんも『見届け人』とか言ってた。

 江戸時代の将軍様みたいに、人に付き添われながら「する」のか? どーなの、それ?
 イヤ、とにかく姫一人じゃないわけだし、それにプリムローズさんなら、何か強力な『魔法』でなんとかしそうだ。

 その「前」に、ラウラ姫が丸出し……イヤ、丸腰でひとりで「沐浴ゆあみ」とか。
 そういうタイミングがいちばん危ない気がする。
 それを防ぐためには、俺も一緒にお風呂で……。

 ――てか俺、いつの間にか『破瓜の儀』やる気満々か?

 でも多分、「儀式」の前に一緒にお風呂とか……それは許されない気がする。
 お楽しみは「儀式」にとっておかないといけないハズだ。

 ――てか俺、本気で『破瓜の儀』やる気満々だな?

 えーっと、邪念は捨てて……つまり、ラウラ姫自身を「囮」にして、最大のピンチを「敵」を捕らえるチャンスに、変えないといけないわけか。

 そうしないと、最悪「儀式」の最中に襲撃されてしまうからな。
 うん、それはイヤだ。

 ――てか俺、完全に『破瓜の儀』やる気満々だな?

 そんな事を考えているうちに、筆頭侍女から指示を受けた侍女二人は、『神殿』から出て行ったらしい。
 それぞれに役割を振り分けられたんだろう。

「プリムローズさん、お聞きしたいんですけど、いまの女性ってなんか必要以上に姫様を敵視してる気がするんですけど」
「ええ、そうよ。第二侍女の方ね」
 彼女はあっさりと肯定した。

「彼女は、殿下のすぐ下の妹君の姉なのよ」
「え? ナニソレ? ややこしい」

 つい遠慮のない感想が口をついて出てしまう。

「女王国の王族の女性は、結婚しないで『いとびと』を持つのが一般的なのだけれど……」

 プリムローズさんが説明する。
 それってたしか女王陛下が、夫や親族を政治に介入させないためじゃなかったけ?

今上きんじょうの女王陛下が、殿下を産んだあとに『いとびと』にしたのが、彼女の父親だったの。まあ、愛人は童貞じゃないといけないわけでもないから、別にいいらしいんだけど。問題は、既に娘がいた男性だったことで、その娘が殿下や他の姫様方に変な対抗心やら敵愾心を抱いてしまっている事ね。彼女の父親も、そこそこの貴族だし」

 ラウラ姫が傍にいるので、はっきりとは言えないけど、その「家」の人間が「繰り上がり」を狙ってるかもしれないと?

「それと……そうそう、言っておかないとね。『いとびと』って言っても『お姫様のヒモ・・』じゃないからね。お金は貰えないわよ」
「……はあ」

 イヤ、別に期待してないし……そんなの。

「……ん? おおっ?」

 ふと横を見て、びっくりした。

「「「……」」」

 ミーヨとシンシアさんとドロレスちゃんの耳が、巨大化していたのだ。
 『★聞き耳☆』という「盗み聞き」と言うか「集音魔法」だ。それははいいけど……何故にシンシアさんまで。

「面倒くさそうですね」
 俺が言うと、
「面倒くさいわよ。私が侍女辞めたくなる理由分かるでしょ?」
 プリムローズさんが疲れたように言う。

 それを聞いていたらしい。

「む? ……辞めたいのか? プリムローズ」

 ラウラ姫がすがるように筆頭侍女に訊ねた。
 小さな子供みたいで、頼りなげだ。

「はい、殿下。第三王女の侍女は遣り甲斐なく思います。殿下が女王を目指すのであるならば、仕え甲斐があるのですが」

 プリムローズさんが、わりと聞き捨てならない事を口にしている気がするけど……大丈夫なのか?

「む。『星』を稼げというか?」

 ラウラ姫が、呟く。

 星?

「うむ。分かった。爾後じご、励もう」
「御意」

 ……なんか大仰な。

「『星』ってなんスか?」
 訊いてみた。

「この場合の『星』は『手柄』の意味よ。言ってなかった? この国の女王が選ばれる仕組み。第一から第三王女までの『三人の王女』の中から『星』をいちばん多く獲得した王女が即位するのよ」

 新情報だ。まったく知らなかった。

「へー、選挙でも前の女王の遺言でもなく長女でもなく……なんていうか国に対する功労者みたいな王女が女王様になるんですか? 聞いたことのない『システム』ですね」

 ――それって、第三王女のラウラ姫でも女王に成れるって事か?

 プリムローズさんは、それを狙ってるのか?

「たしかに、『地球』じゃ聞かない仕組みだよね。王女たちに競わせて国のため尽くさせる、それは善政にも繋がるんだけどね……」

 プリムローズさんが複雑な表情だ。
 この人、いろいろと『女王国』についても知っているらしいからな……何か裏にあるのかも。

 でも、その姫の身に、危険が迫ってるかもしれないのだ……って俺の事じゃないよ?

「ちょっと良いかな? みんなに相談が……」

「「「「……なになに?」」」」

 俺の考えを告げて、みんなの協力を得られる事になった。

 よし、これで『破瓜の儀』に集中出来るな。

 ――って俺、やっぱり『破瓜の儀』やる気満々だな?

      ◇

 で、『いとびと』になるための「簡単な誓約書」とやらを書く事になったよ。

「ここに、自分の名前と両親の名前を書くだけでいいから」
 プリムローズさんが雑に言う。

「イヤ、待ってください。誓約書も何も、文言もんごんが何も無いじゃないスか?」

 白紙の紙だよ。ひでーよ。詐欺か?
 でも、名前だけ書けって言われる事。『この世界』ではわりとよくある。何かの『魔法』で本人確認してるのかな?

「うん、あまりにも急でね。本式なのが用意出来なかったんだよ。なーに、一緒に『王都』に行く事になってるんだから、そしたら何とかするよ」

 この様子だと、細かい事は何も知らなくて、後で調べればいいやと思ってるに違いない。

「ですけど……俺、実は『前世の記憶』のせいで、『この世界』での両親の記憶を失ってるんですよ」

 名前も知らない事に、いま気付いたよ。

「そうだったのかい? 同じ『前世の記憶』持ちと言っても、私とは随分違うんだな」

 プリムローズさんの方は、「逆子さかご」で産まれて、赤ん坊の時に「死んで生き返り」して、「ものごころ」つくまでは自覚が無かったらしいのだ。

「私はのどに『へその緒』が巻き付いて、窒息死したらしいんだよな」
「怖っ! ……そ、そーだったんスか?」

 うわー、考えたくもねー。
 でも、考えたら『ヱヴァン○リヲン』の「アンビリカル・ケーブル」ってよく絡まないよな……コードさばきの助手がいる訳でも無いのに。あれってそんなには長くないのかな? 伸びきって別のケーブルに取り換えてた事もあったしな。

「ま、ミーヨに聞いてみればいいさ。あの子はずっと君と一緒だったんだから」
「……はあ」

 でも、他の子の……と言うか王女様の『いとびと』になるのに、ミーヨは何故か嫌がったり、反対してくれないんだよな。

 てか、「……ぼそっ(ヤッちゃって!)」ってどういう意味なんだ? そのまんまか?

 なんかひんやりとした違和感を感じる。まさか……これをきっかけに、俺と別れる気か?

 俺は、そんなのヤだよ?
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