たまたまアルケミスト

門雪半蔵

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043◇神前決闘(3)

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「「「「「……(ざわざわざわ)……」」」」」

 『決闘』の余韻が、広場を包んでいた。

 俺に敗けて、泣きながら大の字のままの王女殿下に、観衆の同情が集まりつつあった。

「大丈夫か? 姫さま」
「ああ、泣きっぱなしじゃねーか。可哀相に」
「あんな、ちっちぇのになあ」

 えーっと、このままだと、俺がめちゃくちゃ悪者になってしまうのでは?

 王女殿下は、筆頭侍女のプリムローズさんやシンシアさんに何か話しかけられていたけど、まだぼろぼろと涙を流したままだ。
 駆け寄っていったミーヨや、変装したままのドロレスちゃんにも励まされ、ようやく上半身を起こしたけれど……やっぱり泣いたままだ。

 みんなに慰められているようだけど、泣き止んではいない。
 いい加減、もう泣かないで欲しい。

 ――ちらほらと、非難の視線が俺に向けられてるし。

 完全に、俺様がちっちゃい子をいぢめて泣かした感じにされちゃってる。

 これちょっと、マズいっス。

 俺は意を決して、王女殿下に近づいた。

 その時だった。

 やたらと視界が広くなってしまっている俺の右目の魔眼『光眼コウガン』に、不審な動きをする人間が映った。

 何かを取り出して、王女殿下に向けている気がする。

 てか、それは――

「危ないっ!」

 俺は叫んで、王女殿下をかばうために、襲撃者と目標のあいだの射線上に、全裸で立ちはだかった。

 ……というか、彼女は地面に座ったままだったので、のしかかるみたいになった。


    ばちん!


「うッ」

 俺様の俺様に、何か湿ったものが当たった感じがした後、王女殿下が短く呻いたけど……緊急事態なので、勘弁してほしい。わざとじゃないし。


    シュブ! シュブ! シュブ!


 独特の発射音がした。三連射だ。

 『この世界』の人間が、『ケモノ』や『空からの恐怖』と戦うために使う『魔法式空気銃』だ。

 実は『光眼コウガン』には、高速で動く物体を見た時に自動で発動される「動体視力倍化機能」みたいなものがあって、スローモーション……は大袈裟だけど、動きがゆっくりに感じられる能力があるらしい……というのを、先日『四ツ目の怪鳥』と戦った時に気付いていた。

 実はそれ、王女殿下との決闘の時にも、がっつり発動されていたので、今にして思えば、その「チート能力」で楽勝だったのだ。

 ごめんね、姫様。

(その代わり、絶対にケガなんてさせないっ)

「うぉおおおおおおおお!!」

 俺は、必要以上に気合の入った声を上げた。
 イヤ、こんな大声上げる必要なんて無いのだけれども。

 俺様の鋼の肉体を「盾」に……というのは嘘で、女神『全知神』さまから貰った『★不可侵の被膜☆』が発動し、『魔法式空気銃』の弾丸は、それに触れた瞬間、運動エネルギーを奪われ、すべて地面に落ちて転がった。

 またチートだ。

 しかし、それを多くの不特定多数の人間に知られてしまうのは、さすがにマズいので、地面に落ちていた姫の騎兵刀サーベルを拾い上げ、さっと構える。

 てか、「この刀で、『魔法式空気銃』の弾丸を切り払いました」というていを作るためだ。

 さっきの必要以上の大声は、無音だったのを誤魔化すための偽装だ。

 俺は『ソード○ート・○ンライン』のキ○ト君じゃないから、そんな事出来るわけないのだ。

 なんか、こう、「チート」とか「偽装」とか「誤魔化し」とか……。
 もっと正直に生きたい。もともと「小市民」ですから。

「「「「「…………」」」」」

 観衆は、状況が飲み込めず、呆然としている。

 でも、狙撃者を逃がしてはダメだ。

 俺は立ち上がって、男を取り押さえるために駈け出そうとしたら……。


    ばちん!


「うッ」

 また俺様の俺様を、王女殿下の顔面にぶつけてしまった。

「あ、ごめん」

 ホントにワザとじゃないんです。ちょうどそんな位置だったんです。

「彼の者、悪しき行いにて、邪を成せり、いまここに彼の者を捕らえるための、印を付けん。★朱塗りの手っ☆」

 シンシアさんの声だ。涼やかな美声だ。
 人ごみに紛れて逃げようとする例の男に、『魔法』……イヤ、『神聖術法』かな? そのどっちかを発動させた。

 一瞬、「え!? 俺のこと?」と思って、ビビったのは内緒だ。

 シンシアさんは、まるで本物の弓矢を射るような動作で、目には見えない「エア弓矢」を射た。
 キラキラした虹色の『守護の星』が、たくさん飛んで行って、男に命中した。

「ぐはっ!」

 遠くで、声が上がった。

 そいつの顔面に、真っ赤な「手形」がついた。
 まるで、大相撲の力士の色紙みたいだ……。

 ただし、非殺傷の、目印に「カラーボールぶつけました」的な術法だったらしい。
 犯人の、逃走そのものは阻止できなかった。

 と思ったら、
「よし、よくやった。シンシア」
 プリムローズさんだ。

「赤き印の男に ★いましめのかせっ☆」

 なんか、捕縛系の補助魔法らしい。
 でもって、なんらかの魔法的な連携があったらしい。

 赤い手形の付いた男は、つんのめって倒れこんだ。

      ◇

 男は観衆のみなさんによって、俺たちの前に引きずられてきた。
 かなり、手荒な扱いだったようだ。

「……知らぬ顔だな。殿下、ご確認を。こやつの顔に見覚えは?」

 プリムローズさんが王女殿下に訊ねる。

 てか、顔にデカデカと真っ赤な手形が付いてる上に、みんなにボコられてあちこち血が出てるので、人相がよく分からない。

「む? 知らぬ」

 姫様も、さすがに泣き止んでいた。
 でもって、その男よりも俺の方を気にして、ちらちらと見ていた。

 まあ、2回もぶつけちゃったしな。

 顔面にモロに。
 俺様の俺様を。
 ばちん! と。

「うッ」

 これは王女殿下ではなくて、シンシアさんの呻き声だ。

「どうしました?」

 俺が訊ねると、黒髪の『巫女見習い』は口元を押さえていた。
 ヴェール越しだけど、気分が悪そうなのが読み取れる。

「私、血が苦手なので……」

 彼女はそう言って、血だらけの顔をした捕まった男から目を逸らした。
 『癒し手』として、怪我を癒してやろうという発想は、ぜんぜんないらしい。

 ま、仕方ないよね。

「で、貴方はどこの手の者かな?」

 主人を狙われた筆頭侍女が怒っていた。
 男のやり口が気に入らなかったらしい。

 忠誠心は低いくせに、かなり本気で怒気を発していた。瞳が水色から(血液で)紫色に変わっている。

「言え! どこの家の手の者だ?」

 どこかの貴族からの、暗殺者かなんかだと推測してるのか?
 王女殿下は普段から、その命を狙われてるんだろうか?

「……」
 男は無言だ。

「では、仕方がない。★解放☆」

 あれ? 自由にしていいの?
 と思ったら――

「おおっと! 危険な人物が自由になってしまった。やむを得ない。身を守るために『護身魔法』を使おう」

 プリムローズさんが、物凄くわざとらしい棒読みで、そんな事を言った。

 そして、ピッと右手の人差し指を立てると――

「護身! ★冷金っ☆」

「ぐっははあああああぁぁっ!」
 男が苦悶している。

 見えないナニかに、下腹部を襲撃されてるらしく、身体を「く」の字に折り曲げてる。

 ところで「冷金」って、一体どこをどうする『魔法』なんだ?
 なんとなく想像つくから、俺様の金○袋もキュンとなるぜ。

「どうだ? 冷たいだろう? 正直に言え! どこの手の者だ?」

 筆頭侍女さま、怖――い!!

「か、関係ねえよ。賭けに負けて、大損したから、腹いせだよ!」
 男は声を絞り出して、そう言った。

「「「賭け……?」」」

 ちょっと予想外の展開だ。
 どうやら、俺と王女殿下との『決闘』は、裏で賭けの対象になっていたらしい。

「それに、俺が狙ったのは、姫さまじゃなくて、あのブラブラしてる小僧の方だ」

 男の「ブラブラしてる」という言葉で、俺様に注目が集まった。

「「「「「……ああ」」」」」

 観衆のみなさんから、納得したような吐息が漏れた。

 え? なんのこと?

      ◇

 まぐ○い……イヤ、『幕間まくあい』のちょっとした出来事。

「プリムローズさん、訊きたい事が」
「なんだい?」
「『この世界』には『ネクタイ』ってあるんスか?」
「いや、無いよ。変な事訊くね」
「そうですか、ありがとうございました」
「いや、いいけど……?」

「ミーヨ」
「なに、ジンくん?」
「ここでクイズです」
「『くいず』? ああ、謎解きのことだっけ? うん、なに?」
「男の人の体の真ん中で、ブラブラしてるもの、なーんだ?」

 『この世界』に、「ネクタイ」が存在しないのは確認済みだ。

「……(赤面)。い、言わなきゃダメ? おちん」
「イヤ、ごめん。言わなくてもいいから」

 こうして、「ブラブラしてるもの」の正体が判明した!

      ◇

 『この世界』では、人間が『魔法』で直接的に他の生き物を攻撃する事は出来ない。人間同士でもだ。

 生き物を狙って、殺傷能力があるような攻撃的な『魔法』を使おうとしても、まったく発動しないらしい。

 『世界の理ことわりつかさ』という『この世界』の『魔法』を司るシステムによって、判定され、制限されているらしいのだ。

 さっきの『★冷金☆』やら、ミーヨの『★痺れムチ☆』とか、女性専用の非殺傷の『護身魔法』も色々あるらしいけれど、本当にそれらが『攻撃魔法』に該当しないのか、俺も少しは興味があるし、一度くらいなら喰らってみたい気がしないでもないような気もするような気もする。

 そして、『護身魔法』なんてものがあるせいか、『女王国このくに』って女性優位だし、なんか男どもがみんな「Mなんじゃないの?」って疑念がわく。

 ……イヤ、俺も「少しは興味があるし、一度くらいなら喰らってみたい」とか考えてる時点で、どうなんだろう?

 それはそれとして、プリムローズさんの言った言葉を借りれば――

 『魔法』は、人間が『この世界』で生きるための「手助け」であって、他の生き物を「殺すための道具」ではない……らしいのだ。

 かと言って、『ケモノ』や『空からの恐怖』といった人を襲って捕食する敵対的な生物が、『この世界』には現実に存在する。

 それらに対抗するために、何千年か前に『この世界』に連れて来られたらしい『人間』は、間接的に『魔法』を利用した「罠」や「武器」を発明し、戦ってきたらしい。

 そのひとつが、『魔法式空気銃』だ。
 『魔法』で、空気の圧縮と解放を行って、用途に応じた様々な「弾丸」を撃ち出すのだ。

 中でも、いちばん一般的なものは、長銃身で射程も長い両手で構える「ライフル型」だ。
 その他にも、剣の付いたガンソード型や、ハンドガンに近い型。そして、暗器のように手のひらに収まる大きさのモノまで、色々とあるらしい。

 あと、操作にコツがいる『魔法式真空銃』もある。
 ちなみに、トランペットみたいなカタチをしてる。
 てか、最初に見た時、完全にトランペットだと思ったよ。某アニメの、長い黒髪の美少女トランぺッターを思い出したよ。

 とにかく、『地球』の銃器類の影響を受けずに独自進化してるハズなのに、使用目的が同じものは、自然と形も似てくるらしい。

 こういうの、「収斂しゅうれん現象」とか言うんじゃなかったっけ?
 でも、それは生物の話か?

 この街の円形広場にある商店で、『魔法式空気銃』を売ってるのを見つけた時には、ものすごく欲しかった。

 けれども、俺は俺自身の体内で発動する『錬金術』と引き換えに、普通の『魔法』が使えない。

 なので、『魔法・・式空気銃』が撃てない。
 買ってもしょうがないので、そのうち興味を失っていたのだった。

 俺も『SA○』のシェアード・ワールド作品『ガンゲ○ル・オンライン』の、レ○ちゃんの愛○のピンク色のピーちゃんみたいなのが欲しかったのに。あれ? 別に「愛銃」の「銃」は伏せる必要ないのか?

 それはそれとして、あの男が使用したのは、極めて珍しいカタチをしたハンドガン・タイプだった。

「……握力計そっくり」

 思わず呟いてしまった。
 握力測定の時に使用した覚えのある、古めのアナログ握力計そっくりだったのだ。

 でもって、使用された「弾丸」は、なぜか白い陶器製で、「座薬」にそっくりな、色とカタチと大きさだった(笑)。

 人に当たったら、砕け散るような、ケンカ用だったのかもしれない。最初から、殺す気は無かったんだな。

 なんか、脱力する。

 男は、『冶金の丘』の警察にあたる『番兵隊』に連行されていった。
 特別な背後関係もなく、第三王女殿下を狙ったわけではないらしいけど……彼はどうなるんだろう?

 ひょっとして、「獣耳奴隷」にされちゃうのかな……。
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