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040◇神前決闘(0)
しおりを挟む「あのー、ジンさん。ミーヨさん」
神秘的な白いヴェールで顔を覆った『巫女見習い』に話しかけられた。
その声で、誰なのかはすぐ分かった。
昨日、お会いした日本人顔の黒髪の美少女シンシアさんだ。
「「あ、シンシアさん!」」
俺とミーヨがハモる。
「「「こんにちは!」」」
なんか、挨拶までシンクロする。
今日はきちんと『巫女見習い』の清楚な白い服を着ている。
くるぶしまで隠れそうな長い白いローブだ。背中にある「紐の結び目」を隠すための、小さな白いマントが付属してる。木靴も白だな。
全身白づくめだけに、長い黒髪に、ハッとさせられる。
俺はなんだかんだ言って、元・日本人の『前世の記憶』持ちなのだ。
ところで彼女の豊かな胸……じゃなくて、イヤ、じゃない事もないけど……とにかく胸元の真ん中に、ぽこん、とした膨らみがある。
なんなんだろう? なんかのアクセサリかな?
ふと、ローブの下はどんななんだろう? と思っちゃイケナイ事を思ってしまう。
でも、相手は『巫女見習い』。「清き乙女」なのだ。自制しようっと。
「お二人は、パンの配達ですか?」
荷物そのものは厨房に届け終わって手ぶらなのに、そう言われた。
色々と察しのいい人みたいだ。
「そうです。お世話になってるパン工房のお婆ちゃんがここにいて」
「ああ、そうでしたか」
シンシアさんが、かるく微笑んでる……ような気がする。
……白いヴェールの奥なので、表情がよく見えないのだ。
「実は、前にも何度か、お二人のお姿をお見かけした事があるんです」
たしかに、俺たちもここで何人かの『巫女見習い』の姿を見かけていた。
その時に、見られてたのか……。俺、ちゃんとしてたかな?
でも、考えてみると、昨日めっちゃ恥ずかしいところを見られてるから……もう今更だけどな(泣)。
「声をかけてくれれば良かったのに……って、無理か」
俺の言葉を、ミーヨがつないだ。
「その頃はまだ、お互いの事知らなかったもんね」
シンシアさんとは、昨日きちんとした面識を持ったばかりなのだ。
日本人顔の黒髪の美少女なので、俺のストライクゾーンど真ん中なのだ。
出来れば、もっと早くお知り合いになりたかった……イヤ、別に出会いが遅すぎたわけではないし、『巫女見習い』は現役の間は純潔を守るために「恋愛禁止」らしいけど、将来的な展望はある。
今のうちから、色々と頑張るんだ、俺!
差し障りのない雑談をしつつ、訊いてみたら、シンシアさんは『神殿』の『癒し手』として、この『養老院』で慈善活動中……の休憩中らしい。
◇
ここは、スウさんのお婆ちゃんがいる『養老院』だ。
俺が神業じみた技能でこねこねした「柔らか白パン」を納入しに来たのだ。
スウさんによれば、「柔らか白パン」は、お年寄りや貧しい人向けの「作るのがタイヘンな割に、儲からないパン」らしい。
だったら、量産すればいいのに。金属の型に入れて焼いて「食パン」作ればいいのに。この街には、金属加工の工房がいっぱいあるし、頼めば「型」くらい作れると思うけどな。
でも、ガテン系肉体労働者の多い『冶金の丘』では、ぎっちりと身の詰まった重たいパンが好まれて、ふかふかの白パンとかは「空気を食ってるみてえだ」とか「腹持ちしねえ」とか言われるらしい。
食文化の違いってヤツだろうな。
ここじゃあ、パンが主食だもんな。
そんな事を考えていると――
「ジンさん。昨日の今日で、まだ早いかもしれませんが、姫殿下から『お断り』は来ていませんか?」
シンシアさんに、そう訊ねられた。
「いえ、特に何も。ところで『お断り』ってなんですか?」
これと言った連絡は無い。
メールも電話も『この世界』には無い。葉書をチョウチョみたいに飛ばす『魔法』はあるけれど。
「昨日、姫殿下と『決闘』の約束をされてましたけど……慣例では、通告から実際の決闘まで三日の『間』を開けるんです。その意味は、お分かりですよね?」
そもそも、『前世』でも決闘とかした事ないんですけど……まあ、多分。
「お互いに、頭を冷やして、冷静になるための時間ですか?」
「そうです。ただ、通告した側からでないと『お断り』が出来ない決まりでして……ジンさんの側からは断れないんですけどね」
シンシアさんがそんな事を言って、ちょっと憂鬱そうになる。
昨日も『決闘』の立会人になるのイヤそうだったしな。
俺も想像してみると……フツーにイヤだな。
「……心配です」
シンシアさんは、ぽつんと言った。
どうも、俺の事じゃなさそうなのが淋しい。
「ジンくんには『全知神』様の加護があるから、もう死なないよね?」
ミーヨが、さらっと怖い事を言う。
不安をまぎらわすためなのかも知れないけど。
「まあね」
心配させるのも悪いので、平静を装う。
「お二人……凄い信頼と自信ですね? 『巫女見習い』の私が疑うわけにもいかないのですが……『全知神』様の加護とは一体……?」
シンシアさんが、ちょっと考え込む。
「昨日、見せていただいたアレは……」
そんな事を言って、白いヴェール越しにもはっきりと分かるくらい真っ赤な顔になった。
一体ナニを思い出したんだろう?
「とにかく、『お断り』が届いたら、素直に受けられた方がいいですよ? それでは、私はこれで……」
シンシアさんは、動揺を隠すように、あわてて去って行った。
また、お会いしたら、いろいろ突っ込んで訊きたいな(笑)。
◇
『養老院』の厨房を手伝った帰り際の事だった。
「ジンくん。あそこの『扉』の前で椅子に座ってるお婆ちゃんって、前から居た?」
ミーヨが、お爺ちゃんお婆ちゃんの「憩いの場」になってる大広間の端に居る一人のお婆ちゃんを見ながら言った。
「さあ、どうだったっけ? 居たんじゃないのか」
適当に返事しておく。
美少女ならはっきり憶えてるだろうけど、お婆ちゃんだしな。みんな似た感じだ。
「そーだっけ? なんか変な事をぶつぶつ言ってたから、ちょっと気になるんだよね」
ミーヨは何を聞いたんだろう?
でも、お年寄りの話って長くなるからなあ。
「お年寄りって、そういうものなんじゃないの? で、何て言ってたんだ?」
「『あたしゃ、この扉の守り人さ』って」
ミーヨが、妙にしわがれた声で言った。真似てんのか?
「ふうん、金庫番かなんか?」
「知らない。でも、そう言ってた」
「ま、別にいいか。じゃあ、スウさんのとこに帰ろう」
「うんっ」
この時には、特に気にもしないで、そのまま工房に戻った。
◇
ミーヨが色々と情報収集をしてくれて、第三王女殿下がかなりのスゴ腕の剣士らしいのが分かって来た。
小さな街だけど、『冶金の丘』にも「剣術道場」みたいなものが二つ三つあって、そこにお姫様が道場破りみたいに乗り込んでいって、次々と自分よりも体の大きな相手(といってもお姫様はめっちゃ小柄だ)を倒しているらしい。
「一応、前もって見ておいた方がいいと思うんだ」
そんな事を言って、ミーヨは王女殿下が滞在しているという『全能神神殿』に「偵察」に行ってしまった。
……パンの配達があるのに。
てか、『決闘』の当事者である俺が見ないで、どうすんだ?
俺も情報収集すべく、仕事の隙を狙って『神殿』に行く事にした。
そして、パン工房を出ると――
「あのー、ジンさん」
神秘的な白いヴェールで顔を覆った『巫女見習い』に話しかけられた。
「あ、シンシアさん……じゃない。誰?」
声も違うし、なんというかボディラインが違うので、同じ『巫女見習い』の白い服を着ていても、すぐに別人と分かった。
「分かりませんか? あたしです」
「ドロレスちゃん? なんで、『巫女見習い』に化けてるの?」
「化けてるなんて、ヒドい! 人を『化物』みたいな言い方しないでください!」
珍しく、ちょっと怒ってる。
「イヤ、ごめんごめん。てか、知らないんだけど……『化物』って、人間に化けるモノなの?」
まだ、どんなのか知らないのだ。
よく聞く『ケモノ』って要は「獣」で、「天敵」とか「害獣」くらいの意味らしいし……そっちの『ケモノ』はどんななんだ?
「うーん。色々かな。卵から孵って、最初に見た物の、姿カタチをずーっと真似して生きていくモノらしいですよ。ただし、ある時まで」
「……ある時?」
「気になる異性を見つけた時に、化けの皮を脱いで、正体を現わすらしいですよ」
「……へー。それで何するの?」
「繁殖のために交尾するんです」
「……また、それかよ」
生命のいとなみ、って言われれば、それまでだけれども。
「その正体は、つるんとしたヒトガタの生き物らしいですよ」
「……そんなのが人間の中に混じってるのかと思うと……怖いよ」
「いえいえ、人間に化けるのは滅多にいないそうですよ。いても全然無害で何もしないそうです。まあ、人間型で、なんにもしないって、無害じゃない気もしますけど」
ちょっと毒がある。誰か思い当たる人でもいるのかな?
「大体は、人間以外の動物や植物に化けるらしいですよ」
「へー、そうなんだ。で、なんでそんな『巫女見習い』の恰好してるの?」
「あたし、扮装や変装が趣味なんです」
さくっと言われた。
「……へー」
コスプレ好きか……21世紀の日本にいたら、どんなコトになるのやら。
そんな事をやって店先でモタモタしていたせいで、
「ジンくーん! 私、釣りに行くから、店番代わってえ!!」
スウさんに見つかってしまった。
◇
そして、次の日。
ミーヨが、とてつもなく重要な情報を仕入れて帰って来た。
第三王女殿下が滞在してる『全能神神殿』には、大きな公衆浴場があるらしく、そこでお風呂に入ったミーヨが、そこで見て来たというのだ。
てか、情報収集で何で風呂に入る必要がある?
ミーヨが、しょんぼりと言う。
「シンシアさん……わたしよりも……おっぱい大きかった」
――とてつもなく重要な情報だった(笑)!
「そ、そっかー……(ごっくん)」
そっかー、あの黒髪の美少女と一緒にお風呂入ったのかー。いいなー。
そんで、シンシアさん、お胸も大きいのかー。
ミーヨだって、別に小さいわけじゃないのに、そんなに落ち込むほど大きかったのかー?
そう、ドロレスちゃんとのボディラインの違いは、お胸の部分なのであった。
くう~、俺も直に見たいっっ!!
……イヤ、違うだろ。
王女殿下の情報収集じゃなかったのか?
「あ、そう言えば」
ふと、思い出した。
シンシアさんから『伝説のデカい樹』の事を聞き出しておいてくれ、って頼んでおいた件は、どうなっただろう?
ちょっとくらいなら、話す時間があったと思うけどな。
「ミーヨ。シンシアさんといろいろ話しただろ? なにか聞けたか?」
俺は訊いてみた。
「ああ、うん。なんでも、お姉さんが1人と、弟さんが2人いるんだって」
「……へー?」
「それで、お父さんが獣耳奴隷だったんだけど、奴隷じゃなくなった今でも、『狼耳』つけてるんだって」
「ふうん」
「で、亡くなったお母さんが、元『巫女』さまで、そのお母さんに憧れて、自分も『巫女』になりたいって頑張ってるんだって」
「そうなんだ」
「そんだけ」
「そっかー」
「うん」
訊き出せたのは「家族構成」だけで、肝心の話はしなかったらしい……。
◇
で、結局、その日も王女殿下からの『お断り』は届かず、「頭を冷やす」ための三日間は過ぎて、俺は王女様と『神前決闘』する事になってしまった。
俺も、そのあいだに『決闘』に備えた「ある特訓」を、こっそりと行ってはいた。
「ジンくん、ホントにやるの? 恥ずかしいよう」
「応よ。で、今のはどれくらい飛んだ? さっきよりは飛んだろ?」
「でも、角度がいまひとつだった気がする。高いと真上に上がるから飛距離が出ないし。逆に、低いとズルッ、って剥けちゃう感じになるし」
「なるほど。流石はミーヨ先生。角度か? 参考になるう」
「うー……褒められても嬉しくないよう」
ナニやってたかは、まだヒ・ミ・ツ。
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