たまたまアルケミスト

門雪半蔵

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027◇工房での日々(3)

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 ジンです。

 早いもので、『俺』がこの世界で目覚めてから、20日以上が過ぎました。

 この街――『冶金の丘』での下宿先候補のパン工房のお姉さんが、肉食気味の欲求不満キャラだったので、別の宿泊先を探そうとしたのですが、旅の同行者であるミーヨ・デ・オ・デコさんという没落貴族のご令嬢に「もー……めんどくさいから、ここでいいよ」と投げやりに言われ、当面の拠点としてこのパン工房に下宿させてもらう事になったのでした。

 その間、いろいろなエピソードがあったのですが、ここでそれらを簡単に紹介させていただこうかと思います。

 てか、この口調キモいから、もう止めようっと。

      ◇

 パン工房の空き時間を利用して、何度か街中を散策してみた。

 『この世界』は、地球の産業革命以前の中世レベルの文明にプラスして、『魔法』と超古代文明の遺産が混じったクロスオーバーなチャンポン状態にあるらしかった。

 馬車の動力は使役動物か獣耳奴隷だし、蒸気機関その他の内燃機関もないようだし、電気もなかった。

 ひょっとすると、『冶金組合』の組合長さんの推論のように、長く続き過ぎた超古代文明のせいで、『鉱石』と同じく『化石燃料』も採り尽くされてしまっていて、もう存在しないのかもしれない。
 文明の発展や科学技術の進歩に必要な、「安価なエネルギー」がないようなのだ。

 それにこの街は、平原のど真ん中みたいな平坦な土地にって、高低差を利用した「水車」も設置出来ない。さらに夏から秋にかけては、防風林が必要なほどの暴風が吹き荒れるそうで「風車」も無い。
 てか、いまは初夏だそうだけど、ほぼ毎日のように深夜に強風が吹く。なんでやろ?

 ともかく、いろいろな不便さを『魔法』で補っているようだった。
 手紙をチョウチョみたいに飛ばしたり、粉ひき用の重たい石臼を回したり、なんか謎な液体を光らせて電球代わりにしたり……といった事を『魔法』でやってるみたいなのだ。

「祈願! ★運針うんしんっ☆」

 ミーヨなんて、器用にも『魔法』で針と糸を操って、雑巾縫ってるし。
 『魔法』が苦手って言った割に、なんか生活感漂う所帯じみた『魔法ヤツ』は得意みたいだ。
 イヤ、こんな言い方は良くないな。「女子力が高い」のか? これもダメかな?

 『魔法』を使う時には、みんな大体「祈願」って言ってるけど……「細部まで丁寧に思い描いた願い」を叶える事も出来そうだ。
 想像力を駆使した独創性あふれる『魔法』を、ごく個人的なスキルとして身に付けている人もいるようなのだ。

 でも『魔法』の能力にはかなりの個人差があって、人によって得手不得手があるみたいだし、誰もが思い通りの『魔法』を使える訳でもなさそうだった。
 さらに「使い過ぎると、疲れて病気に罹患かかりやすくなる」みたいな事も言われていて、多用して楽しようとする人もいない感じを受ける。

 フツーの人は、一日5回くらいで止めとくらしい。
 俺は『身体錬成』で1.5倍にパワーアップして、3回になってるけど……イヤ、俺は『魔法』使えないから、何の話だ?

 それはそれとして、『魔法』の効果は、3時間くらいで勝手に消えてしまう。

 『この世界』風に言うと「二打点(『時告げの鐘』を打ち鳴らす回数だ)」くらいだ。
 何故か、そんな「仕様」になってるのだ。その点だけは、みんなわずらわしさを感じてるみたいだ。

 どっちにしろ『この世界』の『魔法』の発動メカニズムそれ自体も、『世界の理ことわりつかさ』やら『守護の星』とかいう「超古代文明の遺産」らしいので、『この世界』に住む全ての生き物は、その枠組みの中からはもう逃れられないのかもしれない。

 文明としてはこれ以上、発展も出来ない。進歩も閉ざされている。

 『地球』の記憶を持つ俺にはそう感じられるけど、『この世界』で生まれた生き物にとって、『この世界』が全てで、他と比較するものがないわけだから、特に不満もなく、なんとなくのんびりとしたペースでスローライフに近い文明を築いている印象だった。

 そして、それはそれでとても幸せなことのようにも思えるのだった。

 例え、それが「箱庭の平和」だとしても。

      ◇

 ミーヨに『この世界』の始まりに訊いてみたら、
「これあげる。『神行集しんぎょうしゅう』って言う本」
 を貰った。

 文庫本みたいな大きさの本だ。
 中身は難解でまったく読めなかったけど、かいつまんで言うと、大昔……数千年くらい前に『方舟はこぶね始祖しそさま』と呼ばれる人類の先祖が、色々な動植物たちと一緒に『この世界』に降り立ったらしいのだ。

 どっかで聞いた事がある話だけど……名前は伝わってないらしく、それって「ノアさん」じゃないらしい。
 そして、その『方舟』そのものは失われていて、「中身」の人や動植物だけが、ぽろっと『この世界』に現れたらしい。

 そして、俺たちが話している『この世界の言葉』を無理矢理教え込まれたらしい。

 コミュニケーションの為だとは思うけど、ずいぶんと一方的だ。

 そんで、しばらくのあいだ『全知神』さまと『全能神』さまが「人間の姿」に成って、一緒に暮らして諸々の事を教えた時期があったらしい。

 ミーヨが言ってた「4本指の神様たちが、人間として生きてた頃の話だよ」ってそういう事らしい。

 俺もミーヨも『全知神』や『全能神』といった神様……と言うよりも「地球外知的生命体」に会ってるけど……何を考えてるのか、いまひとつ理解出来なかった。
 
 向こうも、「こっち」の事を完全には理解してない気もするけれども。

 なんで『この世界』に『地球』の生物が移植されてるんだろう?

 その「始まり」って数千年前の事らしいし、『地球』がなんらかの原因で滅亡した後に、絶滅危惧種の保護的な意味合い……でも無いと思うんだけどな。

 ……まだまだ謎だ。

      ◇

 俺は『この世界』で目覚めてまだ日が浅いので、自分自身の能力を把握しきれてない。

 自分が何が出来て、何が出来ないのか見極める時間が欲しかった。

 ……てか、ぶっちゃけ『全知神』と言う女神様から、いくつか「チート能力」らしいモノを貰ったけどトリセツ無しなので、使い方が判らない。

 色々と「トライ&エラー」を重ねながら、俺の金○袋に元々あった金○と置換ちかんされてしまった金色の玉『賢者の玉(仮)』による『錬金術』を試したり、俺の右目と置換されてしまった『光眼コウガン』の機能を拡張したり……自分自身に施した身体能力強化の成果を確認して、本格的な旅に出る前の準備期間を過ごしていた。

 あと試してみたけど……俺はやっぱり『この世界』の人たちがフツーに使える『魔法』を発動出来なかった。
 それと引き換えに、全身を覆う無敵のバリアー『★不可侵の被膜☆』があって、その「内側にあるモノ」なら、ある程度自由に錬成つくり換える事が出来るのだ。

 俺はこれを、『体内錬成』と呼んでいる。

 『体内錬成』では、自分自身の身体を錬成する『身体錬成』と、俺の体内から排●される直前の排●物を別なモノに作り替える『固体錬成』『液体錬成』『気体錬成』が可能だ。可能性としては、口からリバースするゲル状物質も錬成出来るかもしれない……試してないけど。

 それはそれとして、これによって錬成つくり出したモノは、体外に取り出して、独立したモノとして利用する事が出来る。
 何か価値あるモノを錬成つくり出せれば、売却も可能だろう。今までのところでは、錬成したモノが、時間の経過で消えてなくなるなんて事は無さそうだし。

 だがしかし、排●物利用の『錬成』では、俺自身が「それを知っていて、見たり触ったりしたことがあるモノ」と言う感じの制約があるみたいで、空想上のヤバい小型爆弾とか、ヤバい毒液とか、ヤバい毒ガスとかは錬成出来ないようだった。

 お金になりそうな『宝石』でも錬成つくれないかと試してはみたけれども……失敗してばっかだ。

 『前世』での、TVやネットで見た「雑学的知識」はあっても、実際に『宝石』としてのダイヤモンドとかルビーなんて触った事もない。アナログ腕時計の部品にルビーが使用されてるって何かで観た記憶があるけど、中のムーブメントを分解して触ったりした事なんてないし、ダイヤモンドもネクタイピンとか包丁のシャープナーとか汚れ落としとかで、触った事はあるハズなのに錬成不可能だ。

 きちんとした『宝石』の状態になってるところを見たり触ったりしないと、「錬成可能リスト」みたいなものに追加されないらしいのだ。
 ミーヨから依頼されてる「赤い石」の錬成も、正体が判明してないし……まだまだ無理だ。

 しかも必要な元素は、やっぱり他所よそから持って来ないといけないし、無いとあっけなく失敗する。
 なんかのアニメみたいに「空中元素の固定」とかは無理そうなのだ。

 前にドロレスちゃんから公衆トイレに案内された時に見た、廃品回収ステーション『ガチャ屋』なら、再利用を前提とした廃棄物だから、ケータイやPCの基盤(両方とも『この世界』には無いけど)からレアメタルを回収するような「錬金術」も可能な気がするけど……なんか裏に怖そうな運営団体がありそうなので、ちょっとビビってしまう。

 それで、『固体錬成』最大の問題は――「時間との戦い」だ。

 ●(固体)を別の物質に置換してるので、『錬成』が終了するまでのあいだ、ウ○コを我慢しないといけないのだ(泣)。

 簡単な『錬成』なら数ツン(数分間)で完了するけど、複雑な物をイメージしたり、近くに原料となる元素が無いと、やたらと時間がかかってしまうのだ。

 はっきり「欠点」と言ってもいい。
 出て来る場所がケ○だけに。

 …………。

 ……。

 ……俺って一応『錬金術師』なのに、「お金」の稼ぎ方が判らない(泣)。

     ◇

 『身体錬成』を応用した身体能力強化は、すごく処理時間がかかるので、毎晩寝る前に行った。

 ちょうど目が覚める頃に終わるので、チン! という例の音がする朝が続いていた。
 なんとなく、毎晩炊飯器のタイマーをセットして寝る主婦の気分だ。

 おかげで目覚めが良くなって、ミーヨから『往復ちちびんた』をしてもらえないのが残念でならない。

 『錬成』は、それに必要な元素を含んだ物質が近くにあると、非常にスムーズに行える事が判明しているので、ある夜自分の筋肉を強化しようと、枕元に成分や組成が似ているであろう大き目の燻製腸詰め肉ドライソーセージを置いておいた。

 前の晩は立派で逞しい成人男性くらいだったのに、朝見てみると、ソレが小さな小さなフニャ○ン状態になっていて、微妙な気持ちになった(笑)。

 まあ、俺の筋肉繊維に成ったとは思うけど……。

      ◇

 『光眼コウガン』で撮影した画像は、やっぱり『光眼コウガン』そのものを投影機プロジェクターとして使用する必要があった。そして、画像を投影した状態でなら、カタログ式で任意画像の検索と削除が可能だった。

 ミーヨに、前に撮った彼女の画像を、天井に映して見せた(どんな状況だ?)。

「うええっ! これがわたし?」

 やたら、びっくりしていた。
 その機能に……ではなく、自分自身の顔をよく見る機会がなかったらしくて、その点に関しての驚きだったっぽい。

「うー……おでこ広いよう」

 自分で思っていた以上のおでこの広さに、ちょっと凹んでいたのが可愛かった(笑)。

      ◇

「白パンですか?」
「柔らか白パンよ」

 この世界では、硬いパンしかないものと思っていたけれど、スウさんの工房では、春と秋にお祭りする日本の製パン会社もびっくりな、ふわふわの柔らか白パンも作っていた。

 俺は『前世』で、そのお祭り期間中に地味にこつこつシールを集めて、白い磁器のボウルとか平皿を貰った事がある(ニヤリ☆)。

 あと関係ないけど『この世界』では、化学繊維が存在しないため、肌に優しい繊維と言うか布地が貴重品らしく、女性用の下着……ことにパンツが、非常にコンパクト・サイズだ。

 『地球』の「ドロワーズ」みたいに無駄に布地が多くないのだ。必要最小限のシンプルさだ。そして、着色してない白パンが圧倒的に多い。エコかつエロなのだ。とても素敵な事だ(ニヤリ☆)。

 そ、それはともかく……その白パン(※食べる方です)の生地は水分が多くて、捏ねや成形が難しいらしく、スウさんは苦手なようだった。なんとなく俺になら出来そうな気がしたので、スウさんに頼んで、やらせてもらう事にした。

「ジンくん、待って。祈願。★滅菌っ☆」

 ミーヨが俺の両手に『魔法』をかけてくれた。

 そして、その瞬間、ある記憶が蘇った。
 俺が死んで、この世界に生まれ変わって、最初に目を開けた時に、俺の「母親」が使った『魔法』と同じだったのだ。

『★□■(滅菌)ッ☆』

 そう、俺の異世界こっちでの母親は、俺に母乳を飲ませる前に、自分の◎首を殺菌消毒していたのだった。
 それを思い出して、まだその一度しかあったことのない母親に、会ってみたいという気持ちがわいてきた。

 まあ、今すぐじゃなくてもいいけど。

「ジンくん? 泣いてるの?」
「汗だ。汗。目に汗が入ってるだけ」

「ジンくん、いつもその言い訳で誤魔化すね」
 ミーヨがなぜかくすぐったそうに笑っていた。

 パン生地を捏ね始めると、俺はあっさりとそのコツをつかみ、すぐさま境地に到達した。

 俺の新たな才能の開花だった。

 俺の両の手のひらから、まるで魔法のようにまん丸く成形されたパン生地が次々と生まれた。
 作業台の上の大理石のような石板の上に、ズラリと並んだそれは、スウさんの仕事を遥かに凌駕していた。
 
「ジ、ジン君、キミ初めてなんでしょう? すっごいじゃない! お姉さん、もうびっくり!」

 スウさんがで驚いている。息を吸うのも忘れたように、俺の手元を見つめていた。

「ジンくん。すご――い」
「お兄さん、何なの? 天才?」

 ミーヨと遊びに来ていたドロレスちゃんが目を見開いてる。

 ふっふっふっふ。めるがいい。たたえるがいい。あがめるがいい。

「ど、どうしたらそんなこと出来る? 何かコツがあるの?」

 スウさんが、本気で知りたいようだ。
 ならば教えてやろう、その極意を! 俺が得た神意を!!

「パン生地だと思うからダメなんだ。おっぱいだと思ってめばいいんだ!」

「「「……」」」

 あれ?

 せっかく会得した極意を教えてあげたのに、女性陣が引いていく。
 この惑星ほしって月がないのに大潮? 干潮なの?

「と、とにかく良かった。これでお祖母ちゃんも喜ぶよ」
 スウさんが嬉しそうに言った。

「お祖母ちゃん?」
「私のお祖母ちゃんがこの近くの養老院にお世話になっててね。お礼代わりに柔らかい白パンを焼いて届けてるんだよ」

「……」
「どうかした、ジン君?」

 ミーヨや、まだ見ぬスウさんのおっぱいを思い描きながら、パン生地をこねてたのに――お祖母ちゃんというワードを聞いたたとん、それがしわくちゃのしなびた垂れ乳のイメージ画像に切り替わって、思いっきりえてしまったのだ。

 イヤ、気持ちがだよW。

 そのあと、自分を元気づけるために、丸めたパン生地の先端を尖らせたら、みんなにめっちゃ怒られた……。
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