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026◇工房での日々(2)
しおりを挟むうーむ、どうしよう?
ちょっと迷ってると、
「祈願。★励光☆」
不意にそんな声がした。
見ると、建物のカドに付いてる街灯みたいなものが、ほわんと青白く光り出してる。キラキラした魔法の星が見える。明かりの下にはおばさんがいた。イヤ、通りすがりの全然知らない人だけど。
「こんばんは」
挨拶してみた。
「はい、こんばんは。『水灯』は若い人が点けてね」
そんな事を言われた。
てか、『水灯』って何?
昨夜も見たけど……なんかの液体が入ったガラス球が光ってるんだよな。この世界には月が無いようなのに、それはまるで地球の月みたいな、冷たい冴えた青白い光を放ってる。
そんで、どうやらこの世界の街灯は、気付いた人がてんでに勝手に『魔法』で点灯させるものらしい。一種のボランティア的な感じかな?
でも、俺『魔法』使えないしな。
立ち去ったおばさんと入れ違いに、また違うおば……イヤ、スウさんが戻って来た。
「おまたせ。さ、行きましょう、ね、腕組んでもいい?」
腕におっぱいを押し付けられるお約束の展開か――と思ったら、そこに意外な助けがはいった。
「お兄さ――ん! 探したよ、鍋置いてっちゃダメだろー。持ってきてやったよー!!」
声に振り向くと、そこには猫耳ちゃんがいた。
『卵入り肉団子』の鍋を手にしている。戻って来たのか? 鍋。
「おお、猫耳ちゃん!」
あいかわらず、わしゃわしゃとした癖のある金髪の美人ちゃんだ。
でも……あれ? 頭部に猫耳が無い。
「もう『一日奴隷』の罰は終わったから、猫耳ちゃんじゃねーよ」
そうだったのか。
「じゃあ、ウ○コちゃん」
「……!!(赤面)」
なんか悔しそうに赤い顔してるけど、「ウ○コ! ウ○コ!」って連呼してたよな?
「……あたし、ドロレスっていいます。そう呼んで下さい」
少し躊躇いながら、そう言った。
なんか、対応がちゃんとしてる。やっぱ、やればできる子じゃん。
すると、「猫耳ちゃん」改め「ウ○コちゃん」改め「泥レスちゃん」か。
キャットファイターか?
「ね、ジン君。その子は2号さん? まだ、若いんじゃないの。出来るの? したの?」
また、スウさんがなんか言い出したぞ。
「お兄さん、あたしに肉団子くれたおでこのお姉さんは? その人誰? 浮気? したの?」
サンドイッチでサンドバック状態だぞ。
「と、とりあえず早く配達すませましょうよ。あ、ドロレスちゃん。鍋ありがとう。もう暗いから、早く家に帰った方がいいぞ」
「お兄さん、あたし行くところがないんです! 今日街頭で『一日奴隷』させられてたのも、無銭飲食したからなんです。どうか、あたしを妹だと思って助けてください」
「思えねーよ! あの爺さんがいただろ? あの人頼れよ」
「……お爺ちゃんは死んじゃいました」
「…………ウソだろ?」
「ウソです。なんか組合長さん誘ってお酒飲みに行っちゃいました」
「ウソかよ」
『冶金組合』の組合長さんか……お気の毒さま。
「それでですね。『おめぇも、オレの孫なら自分のことくらいなんとかしろ! このク』……そのぉ、ク――で始まる下品な言葉を口にして去っていきました」
寸止めセーフだ。イヤ、アウトかも。
「じゃ、あなたのお父さんとお母さんは?」
スウさんが割り込んできた。
「いません。遠い空の下にはいるんですが、そばにはいません。誰もあたしを助けてはくれないんです」
ドロレスちゃんは空を見上げながら言った。どうも芝居くさい。
「まあ、じゃあ、あなたも私の家に下宿する?」
スウさん? 俺まだ決めてませんから。
「え? いいんですか?」
ドロレスちゃんは両手の指を組んで、お祈りポーズでスウさんに迫っていく。
「ええ、もちろんよ! 下宿代はジン君が出してくれるそうよ」
スウさんはドロレスちゃんの両手を上からがしっと掴む。
「言ってないです、そんなこと」
冗談じゃないよ。
てか、二人とも聞いてないし。
「お姉さま……」
「ドロレスちゃん」
二人で見つめ合ってる。背景に百合の花が咲き誇ってる。
ほっとくとキスしそうだ。
「やっぱり下宿の話なかったことにして下さい」
「「ええ――?」」
◇
その後、しかたなしに配達を最後まで手伝ってから、スウさんのパン工房まで戻った。
なんか、オレンジ色の「豆球」みたいなものが空中に浮いてる。
『魔法』の照明らしい。ちっこい。
「あっ、ジンくん。お帰り――っ」
ミーヨが俺を見つけて、心配そうに近寄って来た。
ああ、ミーヨの広いおでこを見ると、心がなごむなあ。
「あれ? スウさんは? ん? この鍋は?」
「ああ、買い物してくるらしい。この鍋は数奇な運命を経て俺たちの元に戻って来た『卵入り肉団子』が入ってた鍋だよ。中身はドロレスちゃんがひとりで全部食べたらしい」
俺は付き合いきれないので台車と鍋を持って、まだ『水灯』とやらが点いてない真っ暗な路地に入り込んで、二人を振り切って逃げて来たのだ。俺の右目の『光眼』の「暗視機能」で夜なのに安心なのだ。
「ドロレスちゃん?」
ミーヨがきょとんとしてる。
「あの、猫耳つけた『一日奴隷』の子いただろ。その子」
「あー……また会ったの?」
「うん、予期せぬ再会だったけど、ピンチの時に現れて助けてもらった」
「『ぴんち』? よく分かんないけど、そうなんだ?」
説明不足か、釈然としていないようだ。
「で、ミーヨ。やっぱりここに下宿するのやめとこう」
「えっ!?」
◇
かと言って他に行く当てもなく、いろいろとその後もドタバタしたものの、俺とミーヨはそのまま工房に下宿する事に決まってしまった。
そして、空いていた二階の一室をあてがわれた。外で見た『魔法』の照明器具も、ランプも無いような部屋だった。
寝台の上で向かい合って、
「ミーヨ。これからも、やら……よろしくな」
「うん。ずっと一緒にいようね」
そんな会話を交わした。
◇
数日後の早朝。
『日の出鳥』とかいう日の出と同時に鳴き始める生きた目覚まし時計に叩き起こされます。なんでもこの鳥の卵を材料につかうパンもあるそうで、裏庭で飼っているそうなのです。
と言いますか、完全に『地球』のニワトリです。呼び名が違うだけのようです。
さっそくパンの仕込み作業が始まります。
俺とミーヨは、ちょっと寝不足気味だったのですが、頑張って工房に行きました。
パン工房は、小売りするパン屋としての店舗と大きなパン工房が併設したつくりになっていました。
スウさんは元々はパン屋の看板娘だったのが、工房を担当していた兄夫婦の不在によって、店を開店休業状態にしたまま、一人きりで工房だけを回していたそうなのです。
しかし、それはどう考えても不可能な感じでした。
お兄さん夫婦の里帰りというのは、人手不足解消のために、奥さんの出身地の村での、働き手の募集も兼ねているそうなのです。
そこに現れた俺とミーヨは、下働きとしてこき使われる破目になりました。
スウさん独特のペースで、気がつくといつの間にか役目を押し付けられているのです。
本当はこの街の地理に詳しい人を雇って、パンの配達や小麦粉や薪といった物資の搬入を手伝って欲しかったらしくて、俺たちが『冶金の丘』に来たばかりだと告げると、スウさんは大袈裟に天を仰いで、ひとしきり嘆いていました。
イヤ、もともと空いてる部屋を間借りするだけの下宿人なんだから、そこは違うだろう――と思うのですけれども。
そのあとも、なにかブツブツ言ってましたけど、神を呪っていたのかもしれません。
つい先日リアル神様らしき存在とお会いしている俺としては、なんと不信心なと思うばかりです。
……それと、恋愛ドラマとかで意味深な会話の後、いきなり時間経過があるのって、「あの後ナニかしたんじゃねーの? したんだろ? おい」って思うじゃないですか?
どう考えても「ヤっちゃってんだろ?」とかゲスな感じで突っ込み入れたくなるじゃないですか?
なので正直に言いますと、しました(笑)。ハイ。
でないとスウさんのお誘いに乗っかりそうでしたから。
その夜、ドアの外に人の気配のようなものがあったりなかったりしたのは……きっと気のせいだったに違いないと思われます。いずれにせよ、ミーヨさんは声を押し殺すタイプだったので、スウさんの懊悩をムダに掻き立てる事がないようでした。
とにかく、一緒に旅する相手と、しっかりと信頼と絆を深め合う事が出来て、たいへん喜ばしく思っております。
ミーヨさんからは「やっぱり1.5倍って凄い!」という感想をいただいたのですが、一体何の事だったのでしょう?
その詳細に触れる事は、控えさせていただこうかと思います。
◇
大きな煙突のある広い建物の一階の大部分が、パン工房になっていまして、前日に用意しておいた粉・水・薪が置いてあります。大きな煙突の根元は、俺が想像していた鍛冶場の火炉ではなく、パン焼き用の大きな石窯でした。
小麦粉は『魔法』で動く石臼で碾くそうです。『魔臼』だそうです。「魔法式碾臼」だそうです。水車とか風車じゃ無さそうです。
スウさんが、丼のようなフタ付きの陶器を手にやって来ました。
中には白いパンツ……じゃなくて、パンをふっくらさせる『魔法』の「白い粉」が入ってるそうです。
なんかヤバそうな話ですが、その正体はドライイーストとかベーキングパウダーみたいなものだと思われます。詳しくは知りませんが、アルミニウムが入ってないのを祈りたいです。
スウさんが、巨大な木製のボウルに小麦粉と白い粉を水と入れ、丁寧に混ぜてから、水を注いで捏ね始めました。このボウル、かなりの大きさなのに木目が一切ありません。不思議な事です。
ある程度、生地が出来上がると、捏ねるのに力がいるようで、
「ふんぬー!! どっせいっ、どぅおりゃあああ!」
といった美人らしからぬ気合の籠った声が、スウさんの口から洩れます。
非常に残念です。
引きます。
捏ね終えた生地は、いったん「寝かせる」そうです。
そう言えば、一緒に下宿するのかと思っていたドロレスちゃんという女の子(見た目は俺たちと同年代だけど12歳)は、最初の晩に一泊した後、お爺ちゃんの元に帰って行きました。
自分も、スウさんに下僕のようにこき使われそうな気配を察したみたいで、逃げるような勢いでした。
ただ、そのあとも工房に遊びに来るようになっていて、実は昨夜もここに泊ったようです。
ですが、そのドロレスちゃんは、まだ起きてきません。
まあ、子供ですから、寝かせておきましょう。
それはそれとして。寝かせ終わった生地を、スウさんがマウスパッドみたいな刃の包丁で切り分けて、形を整えている間に、俺とミーヨは石窯で薪を燃やします。
「祈願。★点火っ☆」
ミーヨの『魔法』が火を吹きます。
薪の上に乗せた「もじゃもじゃ藻」というもじゃもじゃした藻を乾燥させた物が、火口となります。見た目は燃えそうにないのに、めっちゃ燃えやすいです。昔、何かの実験で見たスチールウールみたいです。
薪をガンガン投入します。重い鉄製の「火かき棒」でグイグイ奥へと突っ込みながら、薪をガンガン投入します。
しばし待ちます。
薪が燃え切った後で、灰を掻きのけて、パン生地を石窯に入れ、余熱で焼くらしいのです。
直火かと思ってましたが、余熱でした。
それにしても、工房は暑いです。今はムギ刈りの季節だそうで、初夏にあたる気候のうえに、余熱でパンが焼けるほど熱を蓄えた大きな石窯が目の前にあるのです。熱くないわけがないのです。
俺は、生まれたままの全裸になりたいのですが、まだ会ったばかりの女性がいるため、ほんの少しだけ躊躇われます。ですが、隙を見つけて必ず服を脱ごうと思っています。
スウさんが、成形したパン生地をでっかいシャモジのような器具で石窯の奥に押し込みます。
鉄のフタを閉めて、焼きあがるまで待つのですが、どうやって時間を計るのだろう? と思っていましたら、スウさんは窓際に置いてあったガラス器具のような物を、ひっくり返しました。どうやら「砂時計」のようです。
そしてスウさんは店の外に走り出しました。なんでも「ここは西の端だから東の濠まで行って戻って来る」と丁度いい時間なのだそうです。
スウさんは意外と体育会系で肉体派なのかもしれません。
服を脱いだら、筋肉のヨロイを着てるのかもしれません。
そんな彼女の、自己鍛錬を兼ねたタイムアタック・ランのスタートを見送った後、ミーヨはまだ起きてこないドロレスちゃんを起こしに行くと言って工房から出ていきました。
全裸になるチャンスです。
俺は着ているものをすべて脱ぎ捨て、ぐーんと背伸びしました。
俺は……もういい加減、素に戻ろう。
◇
素肌が涼しくて、気持ちいい。
――と思ったのは一瞬で、デカい石窯が蓄えてる熱エネルギーには勝てない。
やっぱ暑いよ、ここ。
ああ……まだ、眠い。
血液が下に下がってて、頭に行ってない感じだ。
「ただいまー」
「うう、まだ眠いです。あ、お兄さん、おはようございます」
「ジンくん。ドロレスちゃんのパン残ってるよね?」
スウさんが戻って来たのと、ドロレスちゃんを起こしに行ったミーヨが工房に入って来たのは、ほぼ同時だった。
「……ああ」
俺は、オールマイティーな返事をして、みんなの方を振り向いた。
ちょっと時間差があって、俺様の俺様もみんなの方を振り向いた。
「「「きゃ――――――っ!」」」
その日、俺はみんなのヒーローになった(※ウソ)。
◇
「だって、暑かったんだもん」
そう言ったら、全裸でいた理由としては、一応納得してもらえた……?
◆
ピンチの時に現れるのは、ヒーローだけとは限らない。
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