たまたまアルケミスト

門雪半蔵

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021◇冶金の丘(4)

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「『丘』かぁ……。迷わなくていいよね、目立つもん」

 ミーヨが、耳に心地いい声で言う。
 彼女は見た目も可愛いけれど、声もいい声してる。ずっと聞いてたい気持ちになるよ。

 ミーヨが言う通り、街の建物の背景には、バカデカい土饅頭つちまんじゅうみたいなものが、ずっと見えてるのだ。

 これじゃあ、どう考えても迷う余地がない。

      ◇

 真ん中に塔がある円形広場を後にして、街の名の由来になっている『冶金やきんの丘』を目指している。

 見上げると、『丘』の上では、ゆらゆらと大気が揺れている。
 かなりの熱が、上空に逃げているっぽい。

 その上昇気流を利用しているのか、鳥がいっぱい群れていた。

 昨夜、おっちゃんらが言ってた『空からの恐怖』ではないらしい。
 街の人たちは誰も気にしてないし。

 この世界では、金属のリサイクルが徹底しているらしくて、屑鉄や廃棄・破損品を積んだ荷馬車が次々に『丘』に向かっていくのを見送った。てか、昨夜もいたしな。屑鉄屋のおっちゃんが。

 さらに、何をするのか分からないけれど、大量の割れたような板材や端材と、枝や樹皮のついたままの木材までが運びこまれている。

 ……でも、金属の原材料となるはずの、鉱石らしいものは一切運ばれていない気がする。

 ドーム状の『丘』の内部には、巨大な金属溶鉱炉と、その周辺施設があるらしい。
 けれど、外側からでは、その構造も概要もまったく分からなかった。

 きっと魔法的な仕組みで、何かやってるに違いないのに、部外者はその秘密を知ることは出来なさそうだ。

 『丘』の近くには、そこから供給される精錬された鉄や魔法合金を材料にした金属製品の工房や鋳造所、鍛冶屋が立ち並んでいるようだった。

 中でも多いのは、金属を叩いて作る「鍛造たんぞう」だ。

 馬のひづめにつけるU字状の鉄製品「蹄鉄ていてつ」とか、色んな種類の「刃物」とか「食器」とか「食品容器」みたいだ。

 あとは、「鉄パイプ」みたいなもある。
 水道管じゃないとは思うけど……今のところ正体不明だ。

 とにかく、このあたりは暑い。

 鋳込みや、鍛造のための「熱源」があちこちにあって、この街区全体の気温を、何度か押し上げているっぽい。

 そして、キンコンカンカンと金属を叩く音がして、かなり騒々しい。

「ほら、『店馬車』あったよ」

 忙しい職人たちのために、物売りの店馬車がたくさん出張って来ているらしい。

 いわゆる「路駐」のまま商売してる。
 カマボコ形の幌が90度回転した不思議な「幌馬車」だ。

 この中にハンナさんの店馬車もあるはずだけど……似たような幌馬車の群れだし、どれかまでは覚えてない。

「じゃあ、わたしが行ってくるから、荷物お願いね!」

 ミーヨが、とたとた駆けていく。

 一人で大丈夫かな?
 と一瞬思ったけど、ミーヨには『★痺れムチ☆』とかいう護身用の『魔法』があるらしいから……平気か。

「…………」

 手持ちぶさたなので、近くの工房を、ぼ――っと観察する。
 あんまりジロジロ見て、ヘンに刺激しないように、ぼ――っとだ。

 お、やってるやってる。

 火炉かろで熱く熱した鉄の塊らしき物を、デカいペンチ(やっとこ?)で挟んで、金属の台(金床かなとこ?)に乗せて、ハンマーで引っ叩き始めた。

 飛び散る火花がもの凄い。火傷しそうだ。
 みんな目を保護するためか、スキーのゴーグルみたいなのを装着してる。

 工房の奥の方でやってる事なのに、はっきりと視えるな。

 すげーな、俺の右目の『光眼コウガン』。
 カメラになったり、暗視機能があったり、広角やら望遠レンズみたくなったり……でも、これ全部「受光パッシブ」なんだよな。それだけじゃなく「発光アクティブ」も出来るわけだから、それを使って何が出来るか、後でもっと色々と試してみよう。

 金属を切り裂く「レーザーカッター」みたいな事が出来たら、もの凄い強力な武器になるんだけどな。

      ◇

 で、しばらく観察した感じでは、職人の間にはっきりとした年齢差があって、親方と中堅どころと新米の弟子といった人員構成のように思える。
 徒弟制度らしいものがあるっぽい。めんどくさそう。

 魔法合金の金属配合レシピを知るために、どこかに弟子入りとか、冗談じゃない。
 必要な情報は、サクッと知りたいのに。

 にしても、工房街なのに、場違いな感じでフワフワと蝶がいっぱい飛んでる。

 この辺り、別に花なんてないのに……と思っていたら、建物に中から出たり入ったりしてるみたいだ。
 家の中に花瓶でもあんのかな? 家の中の挿花に蝶が蜜を吸いにくるなんて、あんまり聞いた事ないけど。

「なに、ぼ――っと突っ立ってんだ、このウ○コタレ!」

 突然、そう怒鳴りつけられた。

 いきなりなんなんだ?

(なんだとこの野郎、俺をただのウ○コタレだと思うなよ! 黄金のウ○コタレだぞ!)

 と言おうとして振り向いたら――そこに居たのは、頭に猫耳をつけた奴隷の女の子だった。

 わしゃわしゃとした癖のある金髪。
 そこに作り物の猫耳がピンと立ってる。
 いわゆる「金髪碧眼」って珍しいらしいけど、この子はそうだった。気の強そうな青い瞳がキラキラしている。

 パッと見た感じは俺たちと同じくらいの年齢。背はそれなりに高い。
 今は美少女でも、将来的に美人か美女のどっちかに上位クラスチェンジするに違いない容貌だ。色白なコーカソイド系なので、元・日本人の俺からすると、完全に「外国の子」にしか見えないけど。

 でも……奴隷にしては身ぎれいな恰好をしているし、そんな口の利き方をするような子には見えない。

「獣耳奴隷の子? 教えて欲しいんだけど、冶金組合ってどこにあるか知ってる?」

 怒っても大人げないので、ついでに訊きたいことを教えてもらおう。

「はあ? なに寝ぼけたこと言ってんだ、このウ○コタレ!」

 見た目は綺麗な子のに……なんて口の悪い子だ。

「目の前のあの『丘』がそうに決まってんだろ、このウ○コタレ!」

 いちいち、最後に「このウ○コタレ!」と言わないと口がきけない子らしい。

「君、ホントに獣耳奴隷? 『奴隷の印』ってドコについてるの? ちょっと見せて」

 そこまで「ウ○コタレ!」を連発されると、流石に俺も怒るよ?

「ぐうううっ、お兄さんの変態ウ○コタレ! ソレってホントはお尻にあるんですよっ!」

 あ、怒ってる。てか「ホントは」って?

 そこへ――

「おまたせーっ」

 ミーヨが戻って来た。
 なんか妙に時間食ってたけど、支払いは済んだらしい。

「あれ、どうしたの? この子は? んー……あなた懲罰組ね? なにか悪さして『一日奴隷』やらされてるんでしょ?」

 ああ、なるほど。これがそうか。
 ホンモノの獣耳奴隷じゃないわけか。

「ち、うるせーんだよ、この……」

 女の子は何か言いかけて、頬を赤らめて黙り込んでしまった。

「…………」

「「……?」」

 俺とミーヨは女の子を見守る。

「「「…………」」」

 三人で黙りこむ。

 けっこうな長い沈黙の後で、
「――冶金組合ですね。あたしがご案内します。どうぞ、お姉さん、お兄さん、こちらへ」
 女の子は豹変してしまった。

「お兄さん?」

 同い年くらいだよ、見た目は。

「あたし12歳ですよ」
 猫耳の子はさくっと言った。

「「えっ?」」

 驚いた。成長の早い子だ。

「ところで、さっきのなんだったの?」
 歩きながら、ミーヨが訊いてくる。いろいろ納得してないようだ。

「思春期じゃないの」

 俺は適当に返す。
 12歳なら、思春期だろ? たしか。

 道すがら、お仕事中のハンナさんと目が合って二人で手を振る。
 繁盛してるらしい。口が上手いからリピーターがいるに違いない。

「その……あの子、さっき大声でウ○コタレとか言ってなかった? ジンくんの秘密ことかと思ってびっくりしたんだけど」

 ミーヨが猫耳ちゃんに聞こえないように、俺に近寄って声で言った。

「ああ、あれね。たぶん、あの子の身内か友達に普段からああいうことを口走る人がいるんだろ、きっと」

 誰かの口癖がうつってるっぽいし。

      ◇

「着きました。こちらになります。中もご案内しますか?」

 猫耳の子が澄まして訊ねてくる。

 そこは『丘』の中に入るための入り口らしかった。
 カマボコ形で、大きさといい、地球にもあるトンネルの入り口に似てる。

「お願いする。金属の買い取りやってるところへ案内して」
 俺が言うと、
「『冶金組合』の本部ですね? 分かりました」
 女の子は俺たちを連れたまま、ためらいなくあっさりと中に入った。

 途中でエアカーテンのようなものがあって、ぶしゅっと空気を浴びた。

 猫耳ちゃんが、ほ――っとため息をついた。

「あー暑かった」

 確かに中は、涼しかった。
 ここって金属溶鉱炉があるはずなのに、なんでだ?

「涼しい――なんで?」
 ミーヨも驚いてる。
「猫耳ちゃん、知ってる?」
 俺が訊いてみる。

「ちっ、そんなことも知ら――ご存じないのも無理はありません。ここでは同時に極低温と極高温を作り出しているのです。炉の近くはむっちゃ高熱なのですが、それ以外の場所はとても冷えているのです」

 猫耳ちゃんが、何かのカンペを読むみたいに言った。

 どうやらここには、なにかを媒体とした魔法による熱交換システムがあるっぽい。

 それって、もしかして「冷やす」方がメインの機能なんじゃないのか?
 で、排熱が金属溶かすほどの高温になるのか?

 うーむ、どうなんだろ? ぜひ見たい。見して。

「あ、ここ荷馬車も通るので、もっと端っこ歩いて欲しいのです」

 俺たちは慌てて、左端に寄る。
 そのタイミングでちょうど、荷馬車が出て行くところだった。交通量は多いみたいだ。
 通路は材質不明だけど、感じとしてはコンクリート打ちっ放しみたいな、ざっくりした荒い作りの空間だった。

「もっと詳しく教えてくれないかな」
「『永遠の道』と同じく、すでに滅んでしまった超古代文明の遺産のひとつなのです。それ以上は知らないのです」
 猫耳ちゃんの口調が雑になって来ている。

 超古代文明の遺産?

「ミーヨ、知ってる?」
「4本指の神様たちが、人間として生きてた頃の話だよ」
「ナニソレ?」

 ……イヤ、2回言うよ。ナニソレ?

「着きました。ここです」

 そこは、トンネル通路の中だけに工事現場の仮設休憩所みたいに見える建物だった。

 ホントにここ『冶金組合』の本部なのか?

 ……ボロい。

「お爺ちゃ~ん! 客~っ!」

 猫耳ちゃんが扉を開けると、中の方に向かって叫んだ。
 猫耳ちゃんて、ちゃんと「おじいちゃん」いるのね?

「なんでえ、なんでえ、このク○ッタレ!」

 わしゃわしゃとした癖のある金髪の爺さんが出てきた。
 とても良く似てる。隔世遺伝てやつだね。

「この人の影響だったんだね」

 ミーヨが、なにかを納得したようだ。
 うん。間違いない。悪い大人の手本がそこにいた。

「ん~? 誰だテメエら? 誰の許しを得てここまで入ってきやがったんだ? このク○ッタレ!」

 お爺ちゃん、お孫さんの情操教育には気をつけて。
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