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019◇冶金の丘(2)
しおりを挟む俺たちは『両替商』の扉を開けた。
商売柄、早い時間からやってるらしい。
チャリン、とコインがぶつかり合うような音のドアベルが、奥の方で鳴った。凝ってる。
「お、お客様……それは?」
店員の女性に声をかけられた。
イヤ、俺はデカい樽のような物体(『とんかち』だ)を引きずってるし、ミーヨの手には『卵入り肉団子』の鍋がある。
両替商を訪ねるには、ちょっと相応しくないし、怪しかったかもしれない。
「金貨の両替をお願いしたいんですが」
こっちは客だし、縮こまっていられない。
「はあ? では、こちらに……」
女性は『ホントに金貨なんて持ってるのか、コイツら』という目でこっちを見ながら、窓口の方に案内してくれた。
うん、まあ疑わしいよね。
「お客様は初めてのご利用でいらっしゃいますな?」
裾の長い飾りコート(この世界の正装らしい)でビシッと決めた鑑定士を名乗るおっさんに訊かれた。
「「……(こくん)」」
俺とミーヨは無言で頷く。二人とも緊張していたかもしれない。
「では、両替する前にお客様がお持ちいただいた金貨の真贋を鑑定・確認させていただくことになりますが、よろしいですかな?」
「はい、今お見せします」
ミーヨが鍋を足元に置いて、『とんかち』の物入れから例の『金貨袋』を取り出そうとする。
「あ、あれ? あれ」
……なんか手間取ってる。
「な、ない! ジンくんどうしよう? お金なくなっちゃった!!」
ミーヨが青い顔して俺に言う。
「え、どういうこと?」
「これ……」
ミーヨが『金貨袋』を寄こす。
俺がそれを掴むと……ぺしゃっ、と潰れた。
(中身が――――ない!)
「どどどどうしよう? 盗まれちゃったのかな?」
今までにないくらい、ミーヨが慌ててる。
「え? どういうことだ? 最後に確認したのはいつだ?」
「今朝。列に並ぶ前に一度……街に来るまでのあいだは――見てない。どうしよう、なくなっちゃった。……ジンくんがわたしを信じて預けてくれたのにっっ」
ミーヨが泣き出しそうだった。
(朝に確認してその時はあった……そして、ここに来るまでの間になくなった?)
……なるほど、そういうことか。
「分かった、ミーヨ。犯人は俺だ!」
「え?」
ミーヨがぽかんとしている。
(右目・撮影)
パシャ!
レアな表情で可愛かったので、いただきました。
「「…………」」
店員の女性と鑑定士のおっさんが、俺たちの小芝居を何とも言えない表情で眺めていた。
「ちょっと隅をお借りします」
俺はミーヨに説明するために、窓口から離れて店の端っこに連れ出した。
「実は……」
街に入るために列に並んでいた時、俺は(天然の露天式)トイレに行っていたのだが――それは大だったのだ。
◆◇◆
――久しぶりの大物の予感だ。
『固体錬成』を試すチャンスだ。
俺は『魔法』を使えない代わりに、自分の体内にあるモノを『錬金術』とやらで、何か別のモノに錬成り替える事が出来るのだ! ……たぶん。
既に●(液体)と●(気体)は、コツを掴んだ。
残るはいよいよ●(固体)だ。ぶっちゃけて言うと……俺の「ウ○コ」だ(泣)。ソレを別のモノに『錬成』するのだ。
ミーヨとは『赤い石』を錬成する約束になってるけど、同じ種類の『宝石』じゃないと意味がないだろうから、あとで『宝石』を売ってるような店を探して、そこでどの種類の『宝石』かを特定してから錬成ろうと思うので、それは後回しでいいだろう。
やはり錬金術といえば――金。
狙うは――純金。
山吹色の、黄金ウ○コだっっ!
(行くぜっっっっ!)
うん、我ながら……カッコ悪い。ミーヨの言うとおりだ。
(固体錬成。純金)
…………。
結構な間があった。
チン!
この音と共に、下腹部(てか直腸)からきゅうううんと体温が奪われた。
金は熱伝導率が高いからかもしれない。
めっちゃ冷えた。
「…………重い」
ソレは自らの重さで下がっていく。
ずるずると腸壁を引きずりながら、この惑星の引力に引っ張られて、ドサっ、と地面に落ちた。
――一種異様な快感があった。
イヤ、これでBLに目覚めたりはしないよ?
「……」
見ると、どっかのビール会社の屋上にあるようなカタチの、黄金のウ○コが、地面で湯気を立てていた。
「ふっ……」
ソレを確認し終えた俺には、自然に笑いが漏れていた。
「くっくっくっ……」
笑いが止まらない。
「は――っはっはっはっはっは」
前世・今生を含めて人生初の三段笑いだ。
「勝ったな」
笑いがおさまると、どっかの副司令みたいなセリフが出た。
出現した黄金ウ○コは、近くの水たまりで洗って布で拭いたあと、『旅人のマントル』の首の後ろについてるフードの中に隠した。
喉元が引っ張られるけど、黄金が中に入ってると思えば苦痛ではない……てか逆にこれからの旅路で、お金に困ることはないのだ――と思うとその重みこそが心地いい。
「ふははははは!」
俺はもう一度大笑した。
◇
「で、ソレがこれ」
俺は今朝採れたての黄金ウ○コをミーヨに見せた。
そんなには大きくない。元の金貨が手のひらにおさまるくらいだったし。
「うわあ、ホンモノみたい」
イヤ、何のホンモノだと言うんだ?
本物の●(固体)なら、ダイオウフンコロガシとか言う謎生物が飛んで来るんじゃないのか? ハエすら寄って来なかったぞ。てかいるのかな? この世界にハエとか。
「これを換金してもらえばいいだろ? ごめんな、心配かけて、俺もこうなるとは思ってなかったんだ」
「う、うん。これって換金出来るのかな?」
さあ?
◇
黄金が生まれ、金貨が消える。
――俺のやってる『錬成』ってつまり、そういう事だったのだ。
俺の周囲……大気中、土の中、水の中、周りの物体……そういったところから、必要な元素を『守護の星』とやらで集めて、元々の俺の体内にあったものと置き換える――イヤ、『金貨袋』に俺のホンモノが無かったところを見ると、等価交換的なものではないみたいだけど――そういう類の能力だったのだ。
一体どうやって物質の分解やら運搬やら再構成やらをやってるのかは不明だけれども。
無から何かは生まれないし、すべての物体は元素で出来ている。
元々は、水素と水素が恒星で核融合を起こして、ヘリウムとなり、その後も核融合や核分裂(アルファ崩壊やらベータ崩壊)を繰り返し……元素合成は続いて――太陽くらいの恒星ならば、『鉄』くらいまでしか作れないはず。
元素番号79の『金』は、超新星爆発の超強力な核融合だったか中性子星の合体ではなければ出来ないはずだ。
前世の記憶の中に、どこかの超新星爆発だったか中性子星の合体で金がいっぱい生成された――というニュースを見た覚えがある。そのどっちだったかまでは憶えてないけど。そんで「中性」同士で「合体」かよ? ……って、そんなんはいいか。
そして――誰がどう考えても、俺の膀胱やら直腸で核融合なんて起こせるはずがないし、そうである以上、無いモノは体外から持ってくるしかないわけだ。
今回たまたま金貨があったから、それを原材料として黄金を『錬成』出来たけど、近くに、必要な元素が無ければ絶対に出来ないはずだ。
――これって泥棒だ。元素泥棒。
なんというか、早目に気付いて良かった。
他人の金庫やら宝箱の近くで、コレをやってたら、無自覚に窃盗罪を積み重ねていたかもしれない。
(『前世』ですごく悪いことした人の『魂』がこの世界に来ると、『奴隷の印』がついて生まれてくるんだって)
俺はミーヨが言っていた言葉を思い出していた。
……獣耳奴隷とかイヤだ。なりたくない。
俺はホントのところは小心者の「小市民」なのだ。
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