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008◇永遠の道(2)
しおりを挟む「♪ふふーんふ ふんふふ ふんふふふー」
なんか、また聞き覚えのあるメロの鼻唄だ。
「……ミーヨ」
「なに、ジンくん?」
「あ? イヤ、今のは俺の寝言」
「そう」
…………あれ?
俺、いつの間にか寝てたのか?
あ、ミーヨだ。
となりに体育座りしてる。パンツ見えてる――って。
「……えぇぇぇええええ?」
「な、なに、いきなり大声で?」
ミーヨはびっくりしたように、後ずさった。
あ、足は閉じなさい。女の子なんだから。
「ななななななな何でいるの?」
「え? いつものことでしょ。ジンくんが家出する。わたしが迎えに来る。これがたしか七回目かな?」
いたずらっぽく笑う――とはこういう顔なんだろう。どことなく楽しそうだった。
「毎回『永遠の道』までなんだよね。ジンくんの家出って」
『永遠の道』って――あの滑走路みたいな広い道のコトか?
ホントに、縁起でもない名前の道だ。
でもって、あそこで何度も「前の俺」の心は折れてたのか……ますます縁起でもねー。
「いつもの家出なら、ここまでなんだろうけど……ジンくん、今度は本気で村に戻らないつもりじゃないか――って思えるんだけど?」
「……」
大きな深い緑色の瞳でじっと見つめられて、なんとなく答えに詰まる。
「お父さんには、ジンくんが言ってたこと伝えたよ。それでジンくんのお母さんと再婚すること決心したみたい。二人とも喜んでた」
「そうか、よかった」
……まあ、そっちはそっちで他人事だな。会ったこともないし。
「ジンくんが村を出るって言ったら二人とも驚いてたけど……わたしも一緒に行くからって言ったら、なんか納得したみたいに『そうか』って」
イヤイヤイヤ。そこで納得されても困る。
「いろいろ準備もしてきたし。あ、そうだ! 一度『王都』には寄ってね。わたし用が――」
「――待った! 生まれた村を出ることになるんだよ。一緒に来るつもり?」
ミーヨの言葉を、断ち切るしかなかった。
ほっとくと、そのままズルズルと物事が進みそうだったのだ。
「わたしたち、生まれたのは違うとこだよ?」
もう決意は固そうだけれども……。
「……」
この子以外に知人もいない見知らぬ世界で、一人旅しなくてすむと思えば、素直にうれしいけれど――この子にはこの子の人生があるはずだ。
――でも、この際だから、はっきりと言ってしまおう。
「ダメだよ。俺はね、ジンくんじゃないんだよ。……別人なんだ。君の知ってる『ジンくん』は死んでしまって、もういないんだよ」
「…………」
ミーヨは俺の言葉をかみしめるように聞いて、しばらくしてから答えた。
「……うん、死んじゃって生き返るところを、わたしは見てたわけだから、ジンくんがそう言いたい気持ちも分かるよ」
「違う。そうじゃなくて、えー、今の『俺』ってジンくんの前世の人格なんだよ。昨日、前世の記憶が目覚めた――みたいな話をしただろ? 見かけは元のままかも知れないけど、中身が別人なんだ」
どう言ったら、理解してもらえるだろう?
この子を騙すような事は……したくない。
「こうやっていろいろ話してても、わたしにはぜんぜん別人に思えないよ。ちょっと変わっちゃったところもあるけど、ジンくんのまんまだよ」
「変わっちゃったところって?」
「……それは、言わない」
なぜ、頬を赤らめる? めっちゃ気になるがな。
「つまり、あなたがジンくんの前世なら……それはもうジンくんでいいんじゃないのかな?」
「イヤ……でも」
「じゃあ、こうしよう。あなたとわたし。一緒にいたい間は一緒にいる。そのかわり、もう一緒にいたくないって思ったら離れる」
「…………」
二者関係の基本というか――単純すぎて、答えがふたつしかない。
「わたしはあなたといたい。あなたはわたしと一緒にいたくないですか?」
見つめられて、訊ねられる。
「……一緒にいたい」
――ああ、俺、もうこの子の事好きになっちゃってるかも。
「じゃあ、一緒にいようよ」
ミーヨはふわりと笑う。
「でも、居づらいだろうから村から離れたい――って一心で飛び出しただけだから、本当に行く当てもないんだよ。目的地もない」
自慢じゃないけど、ただのアホなのだ。
「♪ふふーんふ ふんふふ ふんふふふー」
ミーヨの返事は、さっきの鼻唄だ。
モトが思い出せない。聞いた事はあるのに。
「……わたし『伝説のデカい樹』に行きたい」
ミーヨがぽつんと言った。
「え? 『伝説のデカい樹』?」
そう言えば、あの『全知神』とか言う女神様も言ってたな。それのコトか?
そんで俺たちは今、なんかブロッコリーみたいな木の下にいるけど……コレじゃないだろうしな。
「言う機会がなかったけど、あの二人の神様に言われてたの、なにかあったら、そこに来なさい――って」
「あー、それは俺も言われたけど……親同士の結婚でなんか居づらくなって家出――って『なにか』にあたるのか?」
「で、ジンくん。どこにあるか聞いてる?」
そんな事訊かれてもなあ。
「聞いてない。てか、それがどこにあるかどころか、ここがどこかも分からない」
正直、こんな状態だし。
「やっぱり……。わたしも伝説しか知らないしなぁ」
ちょっと悔しそうにしてる。
「伝説? どんな?」
俺が訊くと、ミーヨは少しためらった後で、
「『伝説のデカい樹の下で祈った願いは必ず叶う』って」
と言った。
ナニソレ? ゲームか?
それとも、なんかの『魔法』か? 何時でも誰でも、願いが叶っちゃうのか?
「えへへ」
ミーヨがスゴい恥ずかしそうにしてるけど、どこかに恥ずかしがる要素あった?
それとも、俺が鈍いのか?
「それ場所に関しては、なんのヒントもないぞ」
「『ひんと』? ジンくん時々変な言葉話すようになったけど、それが『前世の記憶』ってやつ?」
ミーヨが不思議そうな顔で訊ねてくる。
「まあね。で、ぜんぜん場所も分からないようなとこまで、どうやって行くんだ?」
「調べよう。探そう。楽しそう」
「そんなんでいいのか?」
「うん♪」
ミーヨは、本当に楽しそうだった。
そう言えば、俺がこうなる事件の発端からして『ふしぎなわっか』の謎解きごっこだったわけだから、もともとがそういうのが好きな、好奇心旺盛な子なんだろう。多分。
ま、とりあえず、今後の方針がざっくりと決まった。
そして――不意に思い出した。
さっきの鼻唄。
「♪ふふーんふ ふんふふ ふんふふふー」
正確なタイトルは知らないけど、○立のCMソングだ。ハワイにある大きな木をバックに流れる曲だ。
ここって『魔法』があるような異世界らしいのに……なんでこの歌が?
ま、理由なんてひとつだろう。大した謎でもないか。
……きっと、俺みたいに『前世の記憶』を持ってる人が、他にもいるんだろうな。
◇
「ミーヨ。俺の目を見て」
俺が言うと、ミーヨは大きな深緑色の瞳を見開きながら、近寄って来て――
ちゅっ。
「えへへへ」
俺にキスして、照れくさそうに笑った。
じゃねーよ!
「イヤ、俺の目って、左右で色が違わないか?」
俺の右目の『光眼』って、言ったら『魔眼』だろうし、はっきりと目立つくらい色が違ってたら、ちょっと困るなあ……と思って、訊いてみたのに。なんかチューされましたよ。ぐへへへ。
「うー……んと、別に同じだと思うけど?」
片目ずつ、接近して覗き込まれる。
「そっかー、ならいいんだ」
「そう?」
悪目立ちしたくないし、他人に怪しまれずに済みそうだ。
「村はどうだった?」
何気なく村の様子を訊いてみたら、
「うん。ムギ刈りで忙しくなる前だから、その直前に出て来ちゃったのは気が引けるけど――あ、そうだ! あの『黒い大鎌』ね。なんとかンタイトっていう凄い魔法合金で出来てるんだって。アレ使えばムギ刈りなんてあっという間だって、みんな言ってた」
ミーヨが、何かの照れ隠しみたいに早口でそんな事を言った。
魔法合金?
『錬成』のことがあるから気になるな。
なんとかンタイト――って「アダマンタイト」かな?
「それにお母さんに金貨いっぱいあげたでしょ? 村のみんな、ジンのヤツすげーって褒めてたよ」
「…………」
もともと、降って湧いた金だし、実感が無い。
「……でも、わたしたちだってお金がいるから、半分貰ってきちゃったけどね!」
ミーヨはあの『金貨袋』を俺に見せて、ニカッと笑った。
ちゃっかり……イヤ、しっかりしてるのね?
俺は手渡された『金貨袋』から、一枚だけ取り出して、『全能神』と『全知神』が並んでる面をミーヨに見せる。
「お前が見たお爺ちゃん――ってこんな感じだった?」
「……わあ、これが『太陽金貨』かぁ。ちゃんと見るの初めて」
ミーヨが珍しそうに、金貨を見つめている。
「え? これ知ってて、爺さんのこと『全能神』って呼んだんじゃないのか?」
「違うよ。そのお爺ちゃん、指が4本だったの。だから、きっと神様なんだろうなって思ったの」
「――小指無かったのか?」
「ううん、こんな感じ」
ミーヨが薬指を折りたたんで、4本指で右手をワキワキさせてる。
神様って、指が4本なのか?
あの『全知神』は……どうだっけ?
うーん、顔と胸しか覚えてない。
我ながら、どこ見てんのよ! だ。
ま、そのへんの知識は少しずつ仕入れるしかないような気がする。
「これ、ミーヨが持ってて」
金貨の入った『金貨袋』を返す。
「え、でも……」
「いいから、ミーヨのこと信用してるし」
この世界の貨幣価値なんて、まったく知らないしな。
でも、この子が絶対に俺を裏切ったりしない事は、なぜか確信出来る。
「分かった。預かる」
ミーヨは、しっかりとそれを受け取った。
「ところで……昨日お前と別れてから何にも食べてないんだけど……なにか、食べる物持ってきてない?」
「あ、あるよ。じゃあ、『とんかち』のとこに行こっ」
とんかち? ハンマーのことか?
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