たまたまアルケミスト

門雪半蔵

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001◇異世界の麦畑(1)

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(あっ)

 と思ったのが最期だった。
 それまでの人生を振り返る走馬灯とかはなかった。

 すごい、あっさりしてた……。

      ◇

 ――そして。

(おっぱいだ)

 目を開けるとおっぱいがあった。
 それも一人分ではなく、三人分。
 六つのふくらみが、俺の新たな人生の幕開けを祝福していた。

(――そうか。俺、おっぱい星に生まれ変わって、おっぱい星人になったんだな……)

 とかバカなことを思ったけど――なんか違うようだ。

 自分のおかれた状況がよくわからないまま、横を見ると、俺の右隣に赤ん坊がすやすや寝てる。頭髪かみは栗毛。性別は不明だ。
 上半身裸の三人の女性は、生まれたばかりの赤ん坊をもつママ友みたいな関係で、お互いの胸を触り合って母乳のやり方について話し合っている――ような気がする。

 言葉は理解できない。
 聞いたこともないような、ふしぎな抑揚を持つ言語だった。

 それにしても、今居る部屋の内装が豪華すぎる気がする。
 なにしろ部屋の天井に、何か壮大な神話の光景を描いたような天井画がある。
 どっかのお城か王宮か? って感じだ。

「■□■■■□■」

 何か理解出来ない言葉で話している女性たち。

 そう言えば、女性が三人なら、赤ん坊も三人のはず――。

 そう思って、左側を見ようとしたら、真ん中に居た俺の母親とおぼしき女性に抱き上げられた。
 浅黒い肌の黒髪の女性だ。何故か顔はぼんやりとして、はっきり見えない。
 意外に硬い、張ったような乳房の感触と、甘ったるいミルクの匂い。

 授乳? ひょっとして授乳ですか?

「★□■☆」

 女性が何か言うと、キラン☆ と星が舞い飛んだ。
 なんか……魔法みたいだ。なんだ、この虹色のキラキラした星は?

 そして、おっぱいが……というか◎首(笑)が近づいてくる。

(……ちょっと待って)

 と言おうとして口を開けたところに、◎首を押し込まれて――

(ふむぎゅ……)

 ――そのまま意識が途切れた。

      ◇

「……ジン……くうん……」

 どこかでそんな声がした。

 ――そして。

(おっぱいだ)

 目を開けるとおっぱいがあった。
 というか、おっぱいに顔を挟まれてた。
 胸の谷間。白い肌。ちょっと汗ばんでる。
 頬っぺたに当たってる先端部がくすぐったい。

(ナニコレ? 天国? それともやっぱり、ここはおっぱい星?)

「あ」

 目を覚ました俺の気配に気付いたのか、おっぱいが遠ざかって、その持ち主が心配そうに俺を見つめている。

 頭髪はつやのある栗毛で、瞳の色は深い緑色だった。
 何かの宝石みたいだ。緑色の宝石……思い出した。

(ペリドットみたいだ)

 全開のおでこが可愛い10代半ばくらいの女の子だ。
 三つ編みをほどいたみたいなウェーブのかかった髪が、鎖骨くらいまである。色白で、それなりに大きい(どこが?)。

(顔立ちが日本人じゃない――外国人?)

「……素敵な目覚めをありがとう」

 あれえ? 俺は何を口走ってるんだろう?

「えー……何言ってるの? 大丈夫?」
 ちょっと焦ってるような口調だった。
「わたしのこと、分かるよね?」

 答えはもちろん「いいえ」だ。

「あなたは、誰、ですか?」

 自分の口から、ふしぎな言語が飛び出す。
 さっき感じた違和感はコレだ。自分の口から飛び出た言葉は、日本語じゃなかった。

 目の前の女の子の言葉も、一応は理解できる。

 でも、知らない。まったく理解出来ない。
 わけがわからない、この状況が。

「もー……わたしだよ。ミーヨだよ。生まれた時からずっと一緒なのに、わかんないとか、ウソだよね?」
「ミヨ?」

「ミーヨ」
「ミーヨ?」

 変な名前……。

「生まれた時から、ずっと一緒?」
「でも、生まれたばかりの事は覚えてないよね」
「…………」

 イヤ、いま初めて会ったんですけど?

 幼馴染と初対面――って、どうすりゃいいんだ?

「でも、良かったぁ。目を開けてくれて」

 女の子はホッとしたように笑って、へたんと肩の力をぬいた。

 その様子からは敵意はまったく感じられないし……とりあえず、この子から色々訊いてみないと。

「待ってて。服着ちゃうから」

 そう言って、ごそごそと服を着だした。
 なので、ちょっと視線を外す。イヤ、ちょっとチラ見はするよ? せっかくだし(笑)。

「…………」

 とりあえず、周囲を見渡す。
 横になったままなので視点が低い。
 周りには黄金に色づいたムギがあった。
 コムギとかオオムギとか詳しい種類まではわからないけど……ムギなのは確実だ。

 黄金色の麦畑の中で、俺は目覚めた……らしい?

 まっすぐ上を見る。

 見上げた空は青かった。

 見たこともない鳥が、ゆったりと飛んでる。
 無尾翼のステルス爆撃機みたいな形をしている。

「…………」

 自分が、一度死んだ――という自覚はある。

 にもかかわらず、意識がある。身体がある。

 でも、自分の手に――見覚えが無い。

 凄い違和感だ。
 俺は日本人だったはずなのに、肌が浅黒い。
 なんだ、この手? でも、動かせる。俺の……手だ。

 だから、これはきっと、「生まれ変わり」ってヤツなんだろう。

 ただ、今この時までの記憶がさっぱりなくて、なんで幼年期プロローグを飛ばした唐突な始まりなのかが、まるで分らない。

「ミーヨ……さん? さっき何してたの? 裸だったけど」

 女の子が、どことなく古びたファスナーのないワンピースを頭からかぶって、背中の方に付いてる紐を自分で引っ張ってうなじの辺りで蝶結びにしてる。

 普段からやってて、慣れてるのかもしれないけれども……器用だ。
 そして、その上に胸元と胴体を覆うビスチェみたいなものを身につけようとしていた。
 腰には「地べたに座るための革の尻当てみたいなもの」が付いてる。

 どこかの「民族衣装」みたいな感じの服だ。

「うん、ジンくん、なかなか目を開けてくれないから、大好きな『往復ちちびんた』してあげたら、起きてくれるかなぁ、と思って」

 ジンくん……って、人の名前だろうな。
 ソレって……俺?

「てか、大好きな『往復ちちびんた』って?」

 正直言って、心躍るものがあるけれども……。
 てか、何かのアニメで聞いたことあるな。「ちちびんた」……何のアニメだっけ?

「もー……『オレが目を覚まさなかったら、おっぱいで往復ビンタしてくれたら、必ず目を覚ますから』って、いつも言ってるじゃない」

 女の子はそんな事を言って、照れて、恥ずかしそうにしてる。
 確かに「パフ○フ」の方だったら、そのまま、また寝ちゃいそうだしな(笑)。

「…………」

 でも、言ってないです。
 まったく身に覚えがございません。

 そりゃ、『ガル○ン』みたいに、目覚まし代わりに戦車砲ぶっ放されるよりかは、ずっといいけど……初対面だよ?

 てか、この女の子と俺は……どんな関係なんだ?

 ちょっと、試してみることにする。

「いきなりだけど……キスしたい」

 その反応で、友好度と親密度がわかるだろう……ってゲームか?

「えー……」
 女の子はもじもじしたあと、
「うん」
 決心したように顔を近づけると、躊躇ためらいなく唇にキスしてきた。

 俺的には、初対面の女の子とキスしてしまった。
 神対応を超える女神対応だ。

 むちゅっ、とした弾力のある感触が……1回、2回、3回……そして、ぽたんと雫。しょっぱい。

「……ジンくん、生きててよかった」
 女の子が、泣きながら笑ってる。

 俺が死にかけてたみたいな言い方してるけど――俺、一度きっちり死んでるよ?

「あ……こっちも起きちゃってる」
「……うっく」

 手慣れた感じで、ち○こ握られた(笑)。

 だ、だって仕方がないじゃないですか?
 そして、そうですか……そんなに深い仲ですか?
 ただの幼馴染じゃないじゃん。『往復ちちびんた』とかしてるワケだから、そりゃそうか。

 初見で未知の状況なのに――いきなり「恋人と初対面」って、ワケわからん。

「あ、朝だから。しばらくすれば元に戻るから」
「そっか」

 あっさりと手を離された。ちょっと寂しい。

 ――そこで……気付いた。

「あれ? 俺、裸? 全裸だよな。服着てないよな」
「うん。服も・・真っ二つになってたから」
「まっぷたつ?」

 ナニソレ? 怖い。

「あー……やっぱり覚えてないよね? あのへん見て。血だらけでしょ?」

 女の子が――もう、言われた通りに「ミーヨ」でいいや。

 ミーヨが、指さした方を首だけ曲げて見てみると、麦畑の土が、かなりの範囲にわたって、どす黒く染まっていた。

「……(うげえ)」

 相当な量の血液が飛び散って、地面に染み込んで固まった痕のようだった。
 そして、その横には、それよりも小さな黒い染みがあった。

「ジンくん。一度死んじゃったんだよ?」
「…………俺の身に何があったの? 一体なにが? まさか、お前が俺を殺したのか? ――って生きてるけれども」
「ち、ち、違うよぉ」

 慌て方が可愛い。

「じゃあ、何が?」

 納得出来るように、きちんと説明して欲しい。

「――昨夜二人で、この麦畑に出来る『ふしぎなわっか』の正体を突き止めようって約束して、ここに来たのは覚えてるよね?」
「うんにゃ」

 そんなん知らんがな。

「『うんにゃ』? なにそれ? ――とにかく、一晩中見張るんだって言ってたけど……夜中にすごく冷え込んで……寒いからって抱き合ってるうちに――その……え、えっちなこと……しちゃったじゃない?」

 この世界にない言葉を話すと、ミーヨには知らない外来語のように聞こえるようだ。
 そして、俺には彼女が言った性交にあたる言葉が、脳内で勝手に『えっち』と翻訳されてる。

 ヘンな感覚。

(……てか、俺とこの子えっちしたの? ぜんぜん記憶にない。やり直しを要求したい)

 ――といった内心は抑えて、続きを聞こう。

「で?」
「うん、でも――続きは村に帰ってから話そうよ。お腹空いてるでしょ? 起きれる?」

 ミーヨは俺の手をとって、起こそうとする。
 先刻さっきから起きようとはしてるけど、立ち上がれない。
 あの大量の血痕が俺のだとしたら、圧倒的に血が不足してる気がする。

 それでも、いつまでもこんな場所で寝てるわけにもいかないので、無理矢理上半身を起こすと、目の前が暗くなる――落ちそう。

 で――落ちた。

「…………(かくん)」

「ジンくんっっ!?」
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