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第3章 亡国の王子を籠絡せよ

12.ノアの居場所(前編)

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 翌朝、俺は朝日の差し込むダイニングで、すっかりいつも通りに戻ったユリシーズと朝食を囲んでいた。
 ユリシーズが使用人全員に休暇を出したので給仕すらいない。本当に二人きりだ。

 今朝のメニューは、誰が見ても焦げすぎのトーストとベーコン。それから形の崩れたオムレツに、ちぎっただけのレタスとカットしただけのトマト。あとは牛乳。

 まぁ何と言うかシンプルなメニューだが、これでも俺たちにしてはかなり頑張った。何てったってお互い料理は初めてだったのだから。


「てゆーかお前、料理初めてなのによくあんなこと言えたよな。"朝食もいらない"、なんて。俺、てっきりお前に料理経験があるものかと」

 ベーコンを咀嚼しながら、俺はキッチンでの一部始終を思い出す。

 ベーコンを焼く際に火が大きくなりすぎて、危うく火事になりかけたことを。――ガラスを割るよりよっぽど大ごとになるところだった。

 俺の言葉に、ユリシーズも先ほどのことを思い出したのだろう。「ほんとだね」と苦い顔をして、フォークを持った手を止める。

「思ってたよりずっと難しかった。セシルやグレンたちと野営したし、できると思ったんだけど。もっと使用人(みんな)に感謝しないとな」
「まぁそうだな。実際俺たち、使用人がいなかったら生活立ち行かなくなるからな。料理も掃除も洗濯も全部手作業だし……電気もガスもないもんな。正直不便すぎる」
「……でん……、何?」
「あー……いや、こっちの話」
「?」

 当然のことながら、この世界には電気がない。ガスもない。
 魔法がある世界ではどうしたって科学文明が発達しづらいのだ。魔法と科学はトレードオフの関係だということだろう。

 俺はトマトにフォークを差して口に運び、数回咀嚼してごくんと呑み込む。

 今って冬だけどトマトって夏野菜だったよな。温室か? ――などとどうでもいいことを考えながら、ユリシーズに問いかける。

「そう言えばお前、俺を部屋に閉じ込めてる間どうしてたんだ? ほんとにノ……、ンンッ、――あいつを探してたのか?」

 ――いかん。うっかりノアの名前を出すところだった。

 俺は咳払いで誤魔化しながら、ユリシーズの三日間の行動を探る。
 すると、ユリシーズはとんでもないことを口にした。


「ああ、ノア・クロウリー? まぁまだはっきりはわかってないけど、居場所の候補ならいくつかわかったよ」――と。

 その言葉に、俺は目ん玉が飛び出るほど驚いた。
 驚きすぎて、飲みかけていた牛乳を全部吹き出してしまう。

 そんな俺に冷ややかな目を向けるユリシーズ。

「君のその、驚くと口の中のものを吹き出すのってクセなの?」
「いや、だって、お前……なんで……」

 狼狽える俺を前に、ユリシーズは冷静な顔でポケットチーフを取り出し、汚れたテーブルを拭き始めた。
 そしてテーブルがすっかり綺麗になると、今度は二つ折りになった手紙を俺に差し出す。

「何だよ、これ」

 中を開くと、そこに書かれていたのは、数名の名前と年齢、外見、居所等。
 いったい何の名簿だろうと上から追っていくと、下から二番目に「ノア・クロウリー:推定年齢20~30歳 容貌不明。傭兵七名の殺害容疑」の一文がある。


「――っ!? おい、これって……」
 
 俺が顔を上げると、ユリシーズは俺の手から手紙をスッと奪い去り、黒い笑みを浮かべた。

「言っただろう? 君が答えないなら自分で探すって」
「それは確かに言ったけど、でも、どうやって……」

 全く状況を理解できず、俺はただ困惑する。
 そんな俺に、ユリシーズは目を細めた。

「昨夜、僕が二番目の兄の話をしたのを覚えてる? その兄は魔法省の法務行政局に務めていてね。犯罪歴のある風魔法師の中で、行方のわからない者を調べてもらうようお願いしておいたんだ」
「魔法……省……?」
「そう。もう少し時間がかかるかと思っていたけど、今朝早く返事が届いてね。このリストによると、顔がわからないのはノア・クロウリー一人だけ。先日のあの男の様子から、人に正体を知られたくないんだろうってことはわかっていたし、多分そうなんだろうなって」

 平然と語るユリシーズに、俺は驚くのみ。 

「たったそれだけの理由でわかるのか?」――と。
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