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第3章 亡国の王子を籠絡せよ
11.ユリシーズの家庭事情(後編)
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「顔……上げろ」
「…………っ」
「顔を上げろ、ユリシーズ。お前は何にも悪くねぇだろ。なのになんで怒らないんだよ、そこは怒るところだろ? 俺は今すげぇ腹が立ってるよ。お前の親じゃなかったら今すぐ殺してやりたいくらいに」
「――っ」
「自分の子供じゃないから部屋に閉じ込める? そんなこと許されていいはずないんだよ。大人が子供に手ぇ出したら終わりなんだ、絶対勝てないんだから」
「…………」
「お前はさっき父親を、"実の子として育ててくれた"って言ったけど、それ間違ってるからな。子供を部屋に閉じ込めるなんて立派な虐待だ。そんなのを親とは呼ばない。黙認してた母親も同罪だ。――たとえお前が許しても、俺は絶対許さない」
「……ッ」
――俺の言葉に、びくっと身体を震わせるユリシーズ。
その顔がようやく前を向き、俺の視線を――捉えた。
「……アレク……僕…………怒って、いいの……?」
「ああ、怒れよ。お前が怒れないなら俺が代わりにぶん殴ってやる。――さすがに女は殴れないけど」
「……ははっ……君ならほんとにやりかねないな」
「おう。男なら王子相手でもやるぞ、俺は」
「それ、誰かに聞かれたら不敬罪で首を刎ねられそうだ」
――その後、気持ちを落ち着けたユリシーズは色々と話してくれた。
父親の影響で、上の兄と使用人からは透明人間扱いされていたこと。一緒に食事を取ることも許されなかったことなど――その多くは幼少期の辛い記憶だった。
けれど、悪いことばかりでもなかったと。
母親はユリシーズを溺愛していたらしく、優しくされた記憶しかないとユリシーズは語った。
今思えばそれは、ユリシーズを愛人と重ねていたからだと理解しているそうだが、それでも自分にとっては大切な思い出だ、と。
それに二番目の兄とも仲は悪くなかったらしい。
今でこそ疎遠になってしまったが、幼いユリシーズに魔法の使い方を教えてくれたのは五つ歳の離れた二番目の兄なのだそうだ。
兄は学校の長期休暇中に帰省すると、こっそりお菓子を分けてくれたり、父親の目を盗んで屋敷の外に連れ出してくれた、と。
「いいお兄さんだったんだな」
「うん。いつも笑顔を絶やさない、とても明るい兄上だった。今のアレクにちょっと似てるかも」
「えっ、俺?」
「うん、君に似てる。大雑把で無鉄砲なところなんかそっくりだ」
「それ悪口じゃねぇか」
「褒めてるよ。どちらも僕にはないものだから羨ましい。僕ならあんな風にガラスを割ったりできないし」
普段の調子が戻ってきたのか、ユリシーズが毒を吐き始める。
それすらも心地いいと思ってしまう俺は、おかしいだろうか。
「お前、根に持つなよ? ――つか、そろそろ使用人を呼び戻した方がいいんじゃないか?」
「あっ、忘れてた。もっと早く言ってよ、アレク」
「いや、俺も忘れてたし。でもあいつら父親がいるときはお前のこと雑に扱うんだろ? だったらもっと働かせてやった方がいいかもな」
「ちょっとアレク、今のはさすがに聞き捨てならないな。使用人が当主の命令に逆らえるわけないだろう。彼らは誰一人悪くないよ」
「…………」
俺はそれを聞いて、やっぱりこいつはこいつだな、と思った。
俺と違い、ユリシーズは基本的に優しいのだ。
ただ、今回はちょっとタカが外れてしまっただけ。
それだって辛い幼少期の副作用のようなものなのだろうから、本人のせいではない。
兎にも角にも、これで一件落着と言えよう。――多分。
その後、ユリシーズは執事を呼び出し、俺が見つかったことを告げた。
加えて「明日は使用人全員に臨時休暇を取らせる」とも。
「全員……にございますか?」
驚く執事に、ユリシーズは繰り返す。
「そう、全員だ。食事の支度も必要ない。どうせ僕と彼しかいないし、適当にやるよ」
「ユリシーズ様が厨房に入られると……? しかしそれは旦那様が――」
「いいじゃないか。どうせ父上はあと一週間は帰ってこないんだ。お前が黙っていればわからないさ」
「……承知いたしました。では使用人全員に本館への立ち入りを禁止させます。ユリシーズ様のお部屋は今夜中に片付けさせていただきますので」
「ああ、それでいい」
――こうして執事は去り、俺たちの長い夜は更けていった。
「…………っ」
「顔を上げろ、ユリシーズ。お前は何にも悪くねぇだろ。なのになんで怒らないんだよ、そこは怒るところだろ? 俺は今すげぇ腹が立ってるよ。お前の親じゃなかったら今すぐ殺してやりたいくらいに」
「――っ」
「自分の子供じゃないから部屋に閉じ込める? そんなこと許されていいはずないんだよ。大人が子供に手ぇ出したら終わりなんだ、絶対勝てないんだから」
「…………」
「お前はさっき父親を、"実の子として育ててくれた"って言ったけど、それ間違ってるからな。子供を部屋に閉じ込めるなんて立派な虐待だ。そんなのを親とは呼ばない。黙認してた母親も同罪だ。――たとえお前が許しても、俺は絶対許さない」
「……ッ」
――俺の言葉に、びくっと身体を震わせるユリシーズ。
その顔がようやく前を向き、俺の視線を――捉えた。
「……アレク……僕…………怒って、いいの……?」
「ああ、怒れよ。お前が怒れないなら俺が代わりにぶん殴ってやる。――さすがに女は殴れないけど」
「……ははっ……君ならほんとにやりかねないな」
「おう。男なら王子相手でもやるぞ、俺は」
「それ、誰かに聞かれたら不敬罪で首を刎ねられそうだ」
――その後、気持ちを落ち着けたユリシーズは色々と話してくれた。
父親の影響で、上の兄と使用人からは透明人間扱いされていたこと。一緒に食事を取ることも許されなかったことなど――その多くは幼少期の辛い記憶だった。
けれど、悪いことばかりでもなかったと。
母親はユリシーズを溺愛していたらしく、優しくされた記憶しかないとユリシーズは語った。
今思えばそれは、ユリシーズを愛人と重ねていたからだと理解しているそうだが、それでも自分にとっては大切な思い出だ、と。
それに二番目の兄とも仲は悪くなかったらしい。
今でこそ疎遠になってしまったが、幼いユリシーズに魔法の使い方を教えてくれたのは五つ歳の離れた二番目の兄なのだそうだ。
兄は学校の長期休暇中に帰省すると、こっそりお菓子を分けてくれたり、父親の目を盗んで屋敷の外に連れ出してくれた、と。
「いいお兄さんだったんだな」
「うん。いつも笑顔を絶やさない、とても明るい兄上だった。今のアレクにちょっと似てるかも」
「えっ、俺?」
「うん、君に似てる。大雑把で無鉄砲なところなんかそっくりだ」
「それ悪口じゃねぇか」
「褒めてるよ。どちらも僕にはないものだから羨ましい。僕ならあんな風にガラスを割ったりできないし」
普段の調子が戻ってきたのか、ユリシーズが毒を吐き始める。
それすらも心地いいと思ってしまう俺は、おかしいだろうか。
「お前、根に持つなよ? ――つか、そろそろ使用人を呼び戻した方がいいんじゃないか?」
「あっ、忘れてた。もっと早く言ってよ、アレク」
「いや、俺も忘れてたし。でもあいつら父親がいるときはお前のこと雑に扱うんだろ? だったらもっと働かせてやった方がいいかもな」
「ちょっとアレク、今のはさすがに聞き捨てならないな。使用人が当主の命令に逆らえるわけないだろう。彼らは誰一人悪くないよ」
「…………」
俺はそれを聞いて、やっぱりこいつはこいつだな、と思った。
俺と違い、ユリシーズは基本的に優しいのだ。
ただ、今回はちょっとタカが外れてしまっただけ。
それだって辛い幼少期の副作用のようなものなのだろうから、本人のせいではない。
兎にも角にも、これで一件落着と言えよう。――多分。
その後、ユリシーズは執事を呼び出し、俺が見つかったことを告げた。
加えて「明日は使用人全員に臨時休暇を取らせる」とも。
「全員……にございますか?」
驚く執事に、ユリシーズは繰り返す。
「そう、全員だ。食事の支度も必要ない。どうせ僕と彼しかいないし、適当にやるよ」
「ユリシーズ様が厨房に入られると……? しかしそれは旦那様が――」
「いいじゃないか。どうせ父上はあと一週間は帰ってこないんだ。お前が黙っていればわからないさ」
「……承知いたしました。では使用人全員に本館への立ち入りを禁止させます。ユリシーズ様のお部屋は今夜中に片付けさせていただきますので」
「ああ、それでいい」
――こうして執事は去り、俺たちの長い夜は更けていった。
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