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第3章 亡国の王子を籠絡せよ
10.ユリシーズの家庭事情(前編)
しおりを挟む部屋の中は暗かった。
灯りは火の点いた暖炉だけ。まぁ、就寝中だっただろうから当然だ。
俺はユリシーズの「灯り点ける?」という気遣いに、「いや、いいよ。この時間だし」と短く答え、ソファに背中から倒れ込んだ。
「……!? アレク……大丈夫?」
「……いや、ちょっと無理。だいぶ無理」
そういう雰囲気ではないと理解しながらも、俺はソファに全体重を乗せる。
敢えて空気を読まず……というのもあるが、正直、本当に、ほんっとうに、立っているのが限界だった。
たった二、三分程度とはいえあんな体勢で宙にとどまっていたのは初めてで、バランスを取るために大量の魔力を消費してしまったからだ。
その反動を、俺は今もろに感じている。
「……魔力、使い果たした」
「……ええ」
そんな俺を、困惑気な顔で見下ろすユリシーズ。
いつものこいつなら「自業自得だよ」的な小言が出るところだ――が、そうならないところを見るに、かなり調子を崩しているのだろう。精神的に。
俺はそんなユリシーズにどういう対応を取るべきか考えながら寝返りをうち、ふかふかのクッションに顔をうずめた。
――聞くか? でも、聞かれたくないことだろうしな……。
正直悩む。
この家のことに首を突っ込んでいいものか、と。
そもそも記憶を失くす前の俺は知っていたのだろうか。この家に来たことはなくても、もしかしたら何か知っていたかもしれない。
七つのときから十年以上共に寮生活をしていたのだから、全く知らないということはなかっただろう。
でも俺は忘れてしまった。全てを忘れてしまった。
なら、もう一度やり直すしかない。
俺はソファから身体を起こし、今だ突っ立ったままのユリシーズを見上げる。
「……言いたくなかったら、言わなくていいんだけど」
きっとこいつは自分からは話さない。そういう奴だ。
だから、俺から聞いてやらなければ。
俺は意を決する。
「何で、お前の部屋だけ外鍵付いてるんだ?」
「――っ」
聞きたいことも言いたいことも山ほどある。
でも、俺が今一番気になっているのはそれだった。
俺はこの部屋に来るまでの間、通り過ぎる他の部屋のドアノブを目視で確認していた。
が、どの部屋にも外鍵はついていなかった。
外鍵がついているのは、俺が閉じ込められていたユリシーズの部屋だけだったのだ。
そのことに気付いたとき、俺の頭に真っ先に浮かんだのは"虐待"の二文字。
それはさっきこいつが俺に放った、「このやり方しかしらない」との言葉にも表れているのではないか。
つまり俺はユリシーズが、日常的にあの部屋に閉じ込められていたのではないかと疑っている。
そしてその予想は、たった今確信に変わった。
俺の問いに顔を歪め、顔を逸らしたユリシーズの態度が、事実だと物語っていた。
――部屋がしんと静まり返る。
暖炉のパチパチという音が、屋敷の外で使用人たちが俺を探す声が……やけに大きく聞こえた。
薄暗い部屋で、俺は黙ってユリシーズの言葉を待つ。
正直、聞くのは怖い。知ってしまったら、何かが後戻りできなくなるような気がして、暑くもないのに汗ばんでくる。
そうしてしばらくの沈黙が過ぎ、ユリシーズはようやく口を開けた。
「実は僕、婚外子なんだ。……母上が愛人との間に作った子供で……父上とは、血が繋がってない」
「――!」
「父は体裁を気にする人だから実の子として育ててくれたけど……でも、僕のことを憎んでて……だから、初等部に入るまではいつも部屋に閉じ込められてた」
「……っ」
瞬間、俺の頭は真っ白になる。
正直、ここまでの内容は予想していなかった。
俺はただ、どうして子供を部屋に閉じ込めたりするのだろう、なんて酷い親だ……くらいに考えていたのだ。
なのに……これは……。
(俺……何て言ったらいいんだ……? こういうとき、何て言えば……)
俺から顔を逸らしたまま、小刻みに肩を震わせるユリシーズ。
その震え方は……多分、恐怖によるもの。
「お前……もしかして今も閉じ込められてるのか?」
恐る恐る尋ねると、ユリシーズは小さく首を振る。
「ううん、……今はもう。見ての通りうちの家族はバラバラだからね。父上も母上もほとんど帰ってこないし。兄上たちも……忙しくしてるから」
「……そ……か」
「うん。――ごめんね、アレク。本当は閉じ込めるつもりなんてなかったんだけど……僕……気付いたらあの部屋に鍵を掛けてて。そしたら……もう、一歩も近づけなくなって……自分でもおかしいなって……わかってたんだけど」
「……っ」
今にも泣きだしそうな声で顔を伏せるユリシーズ。
その姿に、俺の喉がぎゅっと締め付けられる。
(何だよ……これ……。何にも悪くないこいつが、なんでこんな顔しなきゃなんねぇんだよ)
こいつが今何を思っているのかなんて、今まで何を思って生きてきたのかなんて俺にはわからない。
頭では理解できても、本当の意味で共感なんてできっこない。
前世も今世も家族仲に恵まれた俺が何を言ったって、きっと安っぽい言葉にしかならないだろう。
――でも、ここで言わなきゃ男が廃る。
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