70 / 74
第3章 亡国の王子を籠絡せよ
8.静かな屋敷(前編)
しおりを挟む――それから俺は丸三日間、文字通り部屋に軟禁された。
というより実際は怪我が痛くて抵抗する気にならなかっただけとも言えるが、とにかく、俺は屋敷どころか部屋から一歩も外に出してもらえなかった。
食事は使用人が部屋まで運んでくれるし、なぜか着替えもある。トイレもバスルームも部屋に完備されていて生活に困ることはないものの、三日も経つとさすがに気分が滅入ってきた。
なんといっても話し相手がいないのが辛い。
使用人は皆ユリシーズから何か言い付けられているのか、話しかけても最低限の言葉しか返してくれないし、俺を部屋に閉じ込めたユリシーズ本人は会いにすら来ないのだ。
そんなわけで、俺はただひたすらに暇だった。
この家の主治医であるストウナー先生(四十前後の物静かな男性医師)が毎日怪我の経過を診にきてはくれるが、彼も使用人同様に診察を終えるとそそくさと立ち去ってしまう。
どうも、俺と話すとよほど都合の悪いことがあるらしい。
(――にしてもこの屋敷……やっぱりすごく違和感があるんだよな)
三日目の朝食を終えた俺は、無理のない範囲で筋トレをしながら、昨日、一昨日のことを思い出す。
◇
軟禁一日目。
朝起きた俺は、深く考えずにまっさきに扉を開けようとした。が、どうも外から鍵がかけられているようで開かない。
まさか鍵を閉められるとは――。
俺はかなりショックを受けたが、仕方がないので朝食を運んできたメイドに「ユリシーズを呼んでくれ」と声をかけた。が、メイドは淡々と「ユリシーズ様はお出かけになりました」と答えるだけ。
なら他の家族はどうだろうかと、「他の家族はいるか。泊めてもらった礼を言いたい」と伝えたら「全員外出している」と返ってくる。
そのときは納得した俺だが、昼になっても夜になっても、ユリシーズの家族が帰ってくる気配はなかった。
途中門から一台の馬車が出入りしたが、それは前述したストウナー先生を乗せた馬車で、ハミルトン伯爵家の者の出入りはなし。
当然、ユリシーズが帰ってくる気配もない。
廊下から話声が聞こえてくることもなく、庭を行き来する庭師の姿もない。
うちの屋敷ではメイドの声が大きくて母親がたまらず注意するくらいだから、随分と雰囲気が違っている。――まぁ、教育が行き届いているとも言えるのだろうが。
しかしこれはどうしたものか――そんなことを考えている間に夜八時を迎え、メイドが夕食を運んできた。朝昼とは別の、リリアーナと同じくらいの歳の若いメイドだ。
俺が「ユリシーズは帰ってきたのか?」と尋ねると、その子は顔をサアッと青ざめる。
「は……はい。ですが……もうお休みになりました」
「――え? でも、俺ずっと門を見てたけど、誰も入って来なかったぞ?」
「そっ……それは……その、ユリシーズ様は、正面玄関をお使いにならないので……」
「……?」
それはいったいどういう意味だ?
俺は更に尋ねようとしたが、メイドは慌てて部屋を飛び出していった。
――変わったメイドだな。
そのときは、それくらいしか思わなかった。
けれど二日目も全く同じで、門から人が出入りする気配はない。
というか、屋敷全体に人の気配がない。
ユリシーズの兄はともかく、少なくともハミルトン夫妻はここに住んでいるはずなのに、だ。
もしや全員旅行中か? いやだが、今は十二月。社交が始まる季節だ。
この時期に貴族が旅行することは一般的に有り得ない。
(これ……さすがに何かおかしくないか……?)
三日目の朝を迎えた俺は、相も変わらず静まり返ったこの屋敷に、気味の悪さを覚えていた。
そもそも、俺は今までこの屋敷に来たことがあっただろうか? 少なくとも、馬車の事故以来初めてだ。
それ以前は覚えていないが、この部屋はユリシーズの部屋なはずなのに少しも見覚えがない。――ということは、きっと来たことがないのだろう。
俺の中からアレクの記憶が殆ど消えてしまったとは言え、今の俺も道や店の場所などは何となく覚えているのだから。
(つまりユリシーズには、俺を家に呼べない理由があった……ってことか?)
――もしかしたら、ユリシーズが俺を閉じ込めているのもそれが原因なのかもしれない。
どちらにせよ、もう三日。このままズルズルと何日も経ってしまったら、色々と取り返しがつかなくなる。
窓から飛び降りて逃げ出すという手もあるが、できればそれはしたくない。そんなことをしたら、本当に俺たちの関係が終わってしまうだろうから。
「とにかく、ユリシーズと話をしないと……」
あいつが今いったい何を考えているのか。どうしてここまでするのか、俺は知る必要がある。
「仕方ない。……一発やってやるか」
王都に戻ってからずっと練習してきた。
この三日間も、怪我の痛みに耐えながら欠かさなかった浮遊魔法。
制限時間は五分程度とまだまだ短いけれど、ユリシーズをおびき出すだけなら十分だ。
21
お気に入りに追加
177
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!
柊
ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」
ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。
「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」
そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。
(やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。
※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~
夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」
弟のその言葉は、晴天の霹靂。
アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。
しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。
醤油が欲しい、うにが食べたい。
レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。
既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・?
小説家になろうにも掲載しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
悪役令嬢の慟哭
浜柔
ファンタジー
前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。
だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。
※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。
※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。
「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。
「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
乙女ゲームの断罪イベントが終わった世界で転生したモブは何を思う
ひなクラゲ
ファンタジー
ここは乙女ゲームの世界
悪役令嬢の断罪イベントも終わり、無事にエンディングを迎えたのだろう…
主人公と王子の幸せそうな笑顔で…
でも転生者であるモブは思う
きっとこのまま幸福なまま終わる筈がないと…
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
メインをはれない私は、普通に令嬢やってます
かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール
けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・
だから、この世界での普通の令嬢になります!
↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・
悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます
久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。
その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。
1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。
しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか?
自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと!
自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ?
ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ!
他サイトにて別名義で掲載していた作品です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
シナリオ通り追放されて早死にしましたが幸せでした
黒姫
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生しました。神様によると、婚約者の王太子に断罪されて極北の修道院に幽閉され、30歳を前にして死んでしまう設定は変えられないそうです。さて、それでも幸せになるにはどうしたら良いでしょうか?(2/16 完結。カテゴリーを恋愛に変更しました。)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる