転生したら乙女ゲームのラスボスだった 〜愛する妹の為にラスボスポジション返上します〜

夕凪ゆな@コミカライズ連載中

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第3章 亡国の王子を籠絡せよ

5.ノア・クロウリーとの接触(後編)

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 俺をじっと見下ろすノアの瞳。
 挑発的で、冷たくて、残忍さを含んだ――恐ろしいほど美しいノアの瞳に、俺の全身の毛が逆立つ。

 それは恐怖とは似て非なる感情。

 例えるなら、興奮、快感、あるいは――強い熱情。
 そういうものが身体の芯から湧き出てきて、心だけでなく身体ごと全部持っていかれる感覚。

 俺の腹を踏みつけるノアの体重、この息苦しささえも、その感情を一層際立たせるようで……俺は自身の置かれた状況も忘れ、ノアの眼差しに魅入られる。
 

 するとノアは、そんな俺の態度に目を細めた。

「その様子だと、どうやら僕を殺しに来たわけじゃなさそうだ。――とするなら、仕事の依頼かい? それともどこかで僕の噂を聞きつけて、一晩買いにきたのかな?」
「……は? 買い……?」

 “一晩買いにきたのか”――その言葉に、俺は困惑する。
 その発言が、あまりにもノアに……このゲームに似つかわしくなかったからだ。

 そんな俺の反応に何を思ったか、ノアは再び挑発的な笑みを浮かべた。

「何せ僕はこの顔だからね。男も女もこぞって僕と寝たがるよ。現に君も僕の顔に見惚れていただろう? ――別に恥ずかしがらなくていい。僕は両方イケる口だ。男も女も、抱くのも抱かれるのも……君のようなハンサムなら喜んで相手をしよう。もちろん金額次第だけどね」
「…………は」

 そして、続けざまにノアの口から語られた言葉。
 そのにわかには信じられない内容に、俺は内心憤った。

(まさかこいつ、男娼の真似事で生計を立ててるのか? つかこのゲーム全年齢だろ? こんな設定アリなのか……?)

 ロイドといいこいつといい、頭のネジがぶっ飛んでいる。
 祖国を滅ぼされたとはいえノアは元王子……それなのに、こいつからは王子としての誇りもプライドも感じない。

 いったいどういう生き方をしたらこんな風になるのだろうか。――俺は茫然とノアを見上げる。

 するとノアはそんな俺に興味を失ったのか。
 俺の腹から右足を退け、つまらなそうに吐き捨てた。

「はぁ。――君、もういいよ。貴族だから殺さないけど、その気もないのに付きまとわれたら迷惑だ。今すぐ失せろ」
「……ッ」

(――ああ、ほんっと、こいつ……!)

 正直、アレクなんかよりこいつの方がよっぽど悪役らしい。
 俺を見下ろす冷たい瞳が、俺なんか歯牙にもかけない余裕の態度が、風魔法使いにも関わらず、俺に直接触れる大胆なところが……まるで悪役のテンプレのようだ。


(対応を間違えれば、俺の首が飛ぶ……。――けど)


 いくらノアの性格がヤバかろうと、俺はこいつと繋がりを作っておかなければならない。
 このチャンスを逃すわけにはいかない。

 だから俺は意を決し……ノアの名前を呼んだ。

「……ノア。――ノア・クロウリー」――と。

 すると、ノアはピクリと眉を震わせる。
 きっと俺が名前を知っていることに驚いたのだろう。

 ――だが驚くのはまだ早い。話はこれからだ。


「お前……弟探してるんだろう? もし俺が居場所を知ってるって言ったら……お前、どうする?」
「――ッ」

 俺から興味を失わせてなるものか。

 ――その一心で、俺は命の危険を悟りながらもノアを挑発する。

 するとノアは、今度こそ大きく目を見開いた。
 そして俺から一度は退けたはずの右足を、勢いよく振り下ろす。

「――うッ」

 刹那、俺の腹にノアの靴のかかとが食い込んだ。
 ゲホゲホと咳き込む俺に、けれどノアは容赦しない。
 
「それ、どこで聞いた?」――と呟きながら、二発目を入れようとするのだ。

(こいつ、嘘だろ……!? 流石に二発はキツイ……!)

 そう判断した俺は、身体を転がし間一髪のところで避ける。
 ――が、それも束の間、俺の身体は再び勢いよく吹っ飛んだ。

「――ッ!」

 あまりの衝撃に、俺は自分に何が起きたのかわからなかった。

 自分は顎を蹴り上げられたのだ――とようやく理解したのは、ノアが俺の身体に馬乗りになってからだった。

「……うっ……」

(何だよこいつ……魔法なしでも超強いじゃん……。腕とか脚とか細いのに……どうなってんだよ……)

 朦朧とする意識の中、今度は胸倉を掴まれる。
 そしてノアの顔が眼前に迫り――「君、名前は?」と、今さらながら尋ねられた。

 けれど残念なことに、俺は答えることができなかった。
 脳震盪を起こしているのか口が動かないのだ。

 それに、蹴り上げられた際に咥内を切ったのだろう。めちゃくちゃ痛いし鉄の味はするしで、何が何だかわからない。


「…………」


(名前……聞くならもっと早く聞いてくれよ。そもそも、手早すぎだし……短気すぎだし。……あー……くそ…………色々痛すぎて……気が…………遠く…………)


 俺ほんとにこういう展開ばっかだな。
 実は呪われてたりして――と、薄れた意識の中で考える。



 そして次に俺が気付いたとき、そこには既にノアはおらず、代わりにいたのは俺の名前を必死に呼ぶユリシーズだった。
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