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第3章 亡国の王子を籠絡せよ
1.ゲームの記憶とこれからのこと(前編)
しおりを挟む『俺はただ、お前を救いたかったんだ』
『リリアーナ…………お前を、愛していたから』
それはアレクの最後の言葉。
王都全体を瘴気の海に沈めたアレクが、リリアーナと攻略対象者の手にかかって死ぬ間際に呟いた、プレイヤー以外の誰にも聞かれることのなかった変わらぬ真実――。
◆◆◆
「――レク、ねぇ……アレク」
「…………」
「アレクったら……! 聞いてる……!?」
「――!」
その声に驚いて顔を上げると、そこにはテーブルの向かいから俺をじっと見つめる、ユリシーズの顔があった。
その訝し気な表情に、俺は自身が意識をトリップさせていたことに気付く。
「あ……あー……。悪い、聞いてなかった」
「もしかして、まだリリアーナとセシルのことを気にしてるの? いい加減諦めなよ」
「いや……確かにそれもあるけど……そうじゃなくてだな」
――俺は今、ユリシーズと二人で王都中心街のカフェテラスにいた。
俺たちがノーザンバリーから王都に戻って早二週間。俺が前世の記憶を取り戻してから数えると、約四ヵ月が経った十二月上旬のお昼どき。
社交シーズンに入り貴族たちの出入りで賑わいを見せる街中のこじゃれたカフェで、俺はコートを着込んだまま、なぜかユリシーズと二人きりでお茶をする羽目になっていた。
俺たち以外の客は全員女性で、いたたまれないことこの上ない。
そもそも、なぜこのような状況になっているのかというと……。
二週間前、王都に帰還し神殿にて諸々の報告を終えた俺たちは、一度それぞれの屋敷へと戻った。
セシルも、一度ちゃんと国王と話をすると言ってグレンと共に王宮へと帰っていった。
俺はそのとき、セシルの国王への話というのは国政に関わるものと信じて疑わなかった。
だが実際はそうではなく、なんとセシルはリリアーナを伴侶にしたいと国王に申し出たらしい。できるだけ早く婚約式を上げたい、とも。
俺はそのことを父親から知らされた。一週間前のことだ。
「陛下から書簡が届いた、セシルとリリアーナの婚約が決まった」と。
――そのときの俺の絶望と言ったら、言葉では言い表せないほどだ。
今でもはらわたが煮えくり返ってしかたない。いくらセシルが王子とは言え、出会って二ヵ月で婚約などあまりに早いし勝手すぎる。
まぁとにかく、俺はショックのあまり三日三晩寝込んでリリアーナを心配させた。(泣き顔を見られたくなかった俺はリリアーナどころか使用人ひとり部屋に入れず、そのせいで治るのに時間がかかった。情けない話だが)
当然、「婚約を取りやめろ」となどと言い出すこともできず……四日前、快癒した俺を置いて、リリアーナは再び神殿へと招かれていった。
セシルやグレンと共に、サミュエルから魔法の使い方を学ぶと言って。
――が、俺だってただ寝込んでいたわけじゃない。(いやまぁ、実際身体は寝込んでいたのだが)
リリアーナの婚約にショックを受けながらも、俺は今後のことを考えていた。
ロイドに身体を治してもらってから、急激に思い出した前世のゲームの記憶。
それを整理し、今後どう動くべきかを必死に考えていたのだ。
まず、俺が思い出したゲームの重要ポイントをおさらいする。
一つ、このゲームでは光魔法師――つまり神官が大勢死ぬ。ロイドはアレクに直接殺される設定だが、それ以外にも、瘴気や魔物の大量発生、連続教会襲撃事件などのイベントで大勢の人が命を落とす。
(その殆どは顔も名前もなきモブキャラだけれど、俺はそれを回避したいと考えている)
二つ、まだ未登場かつ現在行方不明の攻略対象者、ノア・クロウリー(二つ名を"疾風の殺戮者”という)は十年前の大戦で滅んだ亡国の王子であり、何者かに命を狙われ続けている。
そんなノアがこの国に留まっているのは、この国のどこかにいるという生き別れた弟を探しているから。
もうお分かりだろう。その弟というのは、他でもないロイドのことだ。
三つ、このゲームは最初、セシルルートかグレンルートしか選べない。
この二つのうちどちらかのルートをクリアするとノアルートが解禁され、さらにそれをクリアして初めてサミュエルルートが解禁される。
――そしてこれが一番重要なことだが、俺はノアルートとサミュエルルートのシナリオを全く知らない。
途中から妹が俺に助言を求めなくなったからだ。
アレクがラスボスというのも、ロイドが死んだという妹情報も、どちらもセシルルートで起こったことだ。
つまり、それらの情報を踏まえ俺はこう推測した。
このゲームの本当のハッピーエンドはノアルートとサミュエルルートをクリアして初めて迎えられるのではないか、と。
ロイドが死ぬ運命を変えるにはノアルートのクリアが必須条件で、さらに俺がラスボス化した理由を解き明かすには、サミュエルルートをクリアする必要がある――そういうことなのではないか、と。
だがリリアーナはどう見てもセシルルートに進んでしまっている。
恋愛ゲームとしては早くもハッピーエンドを迎えたといっても過言ではない。
となると、ノアルートとサミュエルルートは俺がこの手で切り開きクリアする必要がある。
――男の俺にどうこうできる問題ではないかもしれないが、全てはリリアーナと俺自身……それに、俺の身体を治してくれたロイドや、俺を支えてくれるユリシーズの恩に報いるために……。
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