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第2章 北の辺境――ノーザンバリー

44.乙女ゲームは早くもハッピーエンドを迎えました(前編)

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 リリアーナが帰還して四日後の夜、ノーザンバリー辺境伯邸の大広間にて祝賀パーティーが開かれた。

 国境の瘴気の浄化を終えたことを祝うもので、瘴気の浄化に関わった貴族や軍関係者、神官、魔法師、官僚、貿易商などおよそ百名が参加している。

 服装は夜会と同等のドレスコードだ。
 軍人と神官を除き、男性は白のシャツとタイに黒の燕尾服。女性はデコルテが広く空いた夜会用のドレスと決められていた。

 もちろんそれは俺たちも例外ではなく、辺境伯が用意した燕尾服に袖を通している。(と言ったものの、グレンは意地でも剣を手放さなかったため、一人だけサー・コート姿だ。衣装はかつての上官から借りたらしい)

 なお、リリアーナのドレスは淡いブルー系の色をしている。デザインはシンプルだが、生地は文句なしの一級品。銀糸の刺繍がとても美しく、急ごしらえのドレスとは誰も思わないだろう出来だ。

 間違いなく、この会場で最も輝いているのはリリアーナだと断言できる。


 先ほど他の四人と共に一通りの挨拶回りを終えた俺は、ユリシーズとテラスの丸テーブルに腰かけていた。

 テーブルの上には一本のワインと二つのグラス。あとはチーズとハムとクラッカー。
 完全に酒のつまみだ。

 俺達は、夜会で自ら酒を注ぐのはマナー違反だと知りながら、人目がないのをいいことに互いに酒を酌み交わす。

 相も変わらず美しく輝く星々の下、語り合う。


「今さらだけどさ、ほんとに凄いよな。リリアーナも、セシルもグレンも。あんな無茶な計画、ほんとにやり切っちゃうんだもんな」

 会場の中央で、大勢の人に囲まれているセシルとリリアーナ。
 王子と聖女だから当然と言えば当然かもしれないが、それを抜きにしても、今回のセシルの活躍はかなりのものだったらしい。

「そうだね。足りない魔法師を用意したのはマリアだけど、セシルとリリアーナがいなければ実行不可能な計画だったことは確かだろうね」

 サミュエルが計画した国境の瘴気浄化の方法――それは一言で言うなら"国境一体に聖水の雨を降らせる"というものだった。

 そもそも、国境の瘴気はあまりにも広範囲に及んでしまっており、光魔法師では対応ができない状況だった。当然、リリアーナの力でも浄化しきるのは難しい。

 だからサミュエルは、自分の魔力を注いだ魔力石で聖水を作り、それを降らせようと考えた。
 とは言え、必要な水はあまりにも膨大だ。国境付近には川も湖もない。
 計画を実行するためには、まず大量の水を用意するところから始めなければならなかった。

 サミュエルが考えた計画はこうだ。

 まず第一に、土魔法で地面に巨大な穴を掘る。
 第二に、穴底に光の魔力石を打ち込む。
 第三に、水魔法で穴に水を溜める。(水はサミュエルの魔力石によって聖水と化す)
 第四に、溜めた水を広範囲に雨として降らせる。

 かなり無茶苦茶な計画だが、理論上、これで一気に瘴気を浄化することが可能だった。

 だが上記の計画を実行するためには、そもそも安全に穴を掘る環境を作る必要があったし、第四の手順には魔力コントロールが抜群に優れている者が必要だ。

 そのための、リリアーナとセシルだったのだ。


「いや……ほんと、俺たち行かなくて良かったよな」

 今さらながら思うが、俺やユリシーズが同行しても全く役立たずだっただろう。
 それ以前に、瘴気を吸ってぶっ倒れてしまうような少し前の俺では、戦力外どころか足手まといにしかならなかった。

 ――それに、だ。

「付いていかなかったおかげで、俺は身体に魔力を循環させられるようになったわけだし」

 全ては結果オーライだ。
 
 俺はぐいっとグラスを煽る。――すると、そのときだった。

 突然――本当に突然、俺とユリシーズの死角に何かの気配が現れる。
 と同時に、「そのことなんだけど」と言う声がして……。

 俺とユリシーズがバッと振り向くと、そこにいたのはやはり、ロイドだった。
 なお、ロイドの左手にはいくつものシュークリームが乗った皿があり……。

 その姿に、俺は突っ込まざるを得ない。

「――おっ、お前! 今どこから出てきた!? いつからそこにいた!? ってか、その皿どこから持ってきたんだよ……!? お前、マリアから謹慎くらってたはずだろ!?」

 ――そう。
 ロイドはキッチンからお菓子を盗んでいたことがマリアにバレて、三日間の謹慎を命じられたのだ。
 にも関わらず、ロイドは俺たちの前にいる。

「お前、謹慎の意味わかってないの?」

 唖然とする俺に、平然と答えるロイド。

「え~? だって、すっごくいい匂いがしたから」――と。

 その答えに、俺は脱力した。

(突っ込むだけ無駄だ。つーか、突っ込んだら負け……)

 そう思ったのは俺だけではないようで、ユリシーズも深い溜め息をついている。

 ロイドは、シュークリームをもぐもぐと頬張りながら続けた。

「アレクの身体のこと、誰にも内緒だからね?」と。

「――あ? ああ、当然だろ。俺だってリリアーナに変な心配かけたくないし。お前も、魔法を使ったことがマリアに知られたらマズいんだろ。わかってるよ」
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