上 下
56 / 74
第2章 北の辺境――ノーザンバリー

39.賭けへの勝利と思わぬ拒絶(後編)

しおりを挟む

 ◇


 その後、俺は庭園の芝生に寝転がって青空を見上げていた。

 まだ早朝――十月も末のこの時期は気温も低く、散歩する人間はいない。この時間に来るとしたらせいぜい庭師くらいだろう。
 つまり、俺が芝生に寝そべっていようと何の問題もない。

 
「あー。ほんと意味わかんねぇ。何なんだよ、あいつ……」

 先ほどのユリシーズのあの態度。
 最初は大きなショックを受けたが、今になってそれが怒りに変わってきていた。

 部屋から追い返すとか――いったい俺があいつに何をしたというのか。

「全っ然わからん……」


 ――そう言えば前世、二人目の彼女にも同じような態度を取られたことがある。

 突然冷たくされ、理由を聞いても答えてくれず、仕方がないので放置したらある日突然振られた。
 本当に意味がわからなかったし、今でもどうして振られたのかわからない。

 今の状況はあの時に似ているような気がする。

(でも、ユリシーズは俺の彼女じゃないし。だいたいあいつ、男だし)

 ――ま、考えてもしょうがない。


 俺はユリシーズのことを頭の隅に追いやり、魔法を使ってみることにした。
 魔力が正常に循環するようになった今の身体なら、より威力のある浮遊魔法が使えるはずだ。
 

「さて、ターゲットは何にするかな」

 俺は上半身を起こし辺りを見回した。
 すると十メートルほど離れた花壇の隅に、水の入ったバケツを発見する。

 八分目まで水の入った、それなりに重そうなバケツだ。
 あれを零さず持ち上げることができれば……。


 ――俺はバケツに意識を集中させ、心の中で、"浮け"――と強く念じた。

 するとバケツが左右にカタカタと震えた後、ゆっくりと浮遊し始める。
 と同時に、俺の中から何かが減り始めるのを感じた。

 全身から力が抜けるような、急激に腹が減るような……何とも不思議な感覚。
 きっとこれが、魔力を消費するということなのだろう。

(……なるほど。これは確かに減りすぎると危ないかもな。でもすげー楽しい)

 魔力の循環が改善されたおかげで放出量に制限がなくなった。
 その分消費量は激しいが、昨日までと比べると断然魔法の使いやすさが違う。

 俺はバケツを上へ下へ、右へ左へと動かして、文字通り魔法で遊んだ。
 そうしているうちに、俺はあることに気付く。

(よく考えたら浮遊魔法って、当然のことだけど無重力状態ってことなんだよな? だったら、あのバケツの中の水も当然浮くよな?)

 宇宙では確か、水は綺麗な球体になるんだったはず。表面張力が何とやらってやつだ。

 俺はさっそく試してみる。
 今までバケツに注いでいた魔力を、中の水へと移動させていく。

 すると一定以上の魔力が水に移動したところで、バケツは重力に負けて地面に落下した。
 けれど水は浮いている。完全な球体で――。つまり、成功だ。

 水球の下から太陽を見上げると、海の中から空を見上げているように表面が煌いて見えた。
 この水球を作っているのが自分だと思うと、なんだかとても不思議だ。

(これ、我ながら凄くないか?)

 身体にロイドの魔力を注がれたときは死ぬほど痛かったが、これだけの収穫があるならば……。

(ロイドには、本当に感謝しなくちゃな)

 
 そんなこんなで、俺はしばらく水球を眺めていた。


 ――が、どれくらい時間が経った頃だろうか。
「アレクッ!」と、背後から名前を叫ばれ、俺は咄嗟に振り返る。


 するとそこにいたのは、息を切らせて俺を鋭く睨む、ユリシーズの姿だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

転生したら幼女でした!? 神様~、聞いてないよ~!

饕餮
ファンタジー
  書籍化決定!   2024/08/中旬ごろの出荷となります!   Web版と書籍版では一部の設定を追加しました! 今井 優希(いまい ゆき)、享年三十五歳。暴走車から母子をかばって轢かれ、あえなく死亡。 救った母親は数年後に人類にとってとても役立つ発明をし、その子がさらにそれを発展させる、人類にとって宝になる人物たちだった。彼らを助けた功績で生き返らせるか異世界に転生させてくれるという女神。 一旦このまま成仏したいと願うものの女神から誘いを受け、その女神が管理する異世界へ転生することに。 そして女神からその世界で生き残るための魔法をもらい、その世界に降り立つ。 だが。 「ようじらなんて、きいてにゃいでしゅよーーー!」 森の中に虚しく響く優希の声に、誰も答える者はいない。 ステラと名前を変え、女神から遣わされた魔物であるティーガー(虎)に気に入られて護られ、冒険者に気に入られ、辿り着いた村の人々に見守られながらもいろいろとやらかす話である。 ★主人公は口が悪いです。 ★不定期更新です。 ★ツギクル、カクヨムでも投稿を始めました。

悪役令嬢に転生したので、すべて無視することにしたのですが……?

りーさん
恋愛
 気がついたら、生まれ変わっていた。自分が死んだ記憶もない。どうやら、悪役令嬢に生まれ変わったみたい。しかも、生まれ変わったタイミングが、学園の入学式の前日で、攻略対象からも嫌われまくってる!?  こうなったら、破滅回避は諦めよう。だって、悪役令嬢は、悪口しか言ってなかったんだから。それだけで、公の場で断罪するような婚約者など、こっちから願い下げだ。  他の攻略対象も、別にお前らは関係ないだろ!って感じなのに、一緒に断罪に参加するんだから!そんな奴らのご機嫌をとるだけ無駄なのよ。 もう攻略対象もヒロインもシナリオも全部無視!やりたいことをやらせてもらうわ!  そうやって無視していたら、なんでか攻略対象がこっちに来るんだけど……? ※恋愛はのんびりになります。タグにあるように、主人公が恋をし出すのは後半です。 1/31 タイトル変更 破滅寸前→ゲーム開始直前

転生幼女の怠惰なため息

(◉ɷ◉ )〈ぬこ〉
ファンタジー
ひとり残業中のアラフォー、清水 紗代(しみず さよ)。異世界の神のゴタゴタに巻き込まれ、アッという間に死亡…( ºωº )チーン… 紗世を幼い頃から見守ってきた座敷わらしズがガチギレ⁉💢 座敷わらしズが異世界の神を脅し…ε=o(´ロ`||)ゴホゴホッ説得して異世界での幼女生活スタートっ!! もう何番煎じかわからない異世界幼女転生のご都合主義なお話です。 全くの初心者となりますので、よろしくお願いします。 作者は極度のとうふメンタルとなっております…

プラス的 異世界の過ごし方

seo
ファンタジー
 日本で普通に働いていたわたしは、気がつくと異世界のもうすぐ5歳の幼女だった。田舎の山小屋みたいなところに引っ越してきた。そこがおさめる領地らしい。伯爵令嬢らしいのだが、わたしの多少の知識で知る貴族とはかなり違う。あれ、ひょっとして、うちって貧乏なの? まあ、家族が仲良しみたいだし、楽しければいっか。  呑気で細かいことは気にしない、めんどくさがりズボラ女子が、神様から授けられるギフト「+」に助けられながら、楽しんで生活していきます。  乙女ゲーの脇役家族ということには気づかずに……。 #不定期更新 #物語の進み具合のんびり #カクヨムさんでも掲載しています

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

公爵家三男に転生しましたが・・・

キルア犬
ファンタジー
前世は27歳の社会人でそこそこ恋愛なども経験済みの水嶋海が主人公ですが… 色々と本当に色々とありまして・・・ 転生しました。 前世は女性でしたが異世界では男! 記憶持ち葛藤をご覧下さい。 作者は初投稿で理系人間ですので誤字脱字には寛容頂きたいとお願いします。

処理中です...