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第2章 北の辺境――ノーザンバリー
37.それでも、俺は(後編)
しおりを挟む俺は自室を出てロイドの部屋へと向かった。
何度か扉をノックすると、眠気まなこのロイドが扉の隙間から顔を覗かせる。
「ロイド、悪い。こんな時間に」
「……ん~? ……どうしたの~?」
「お前に頼みがあって。入っていいか?」
「ん……どーぞぉ」
この時間だ。ロイドは当然寝ていたのだろう。
大きなあくびをしながら、ロイドは俺を中に入れてくれた。
月明りだけが差し込む暗い部屋で、俺たちはベッドに並んで座る。
「……それで……頼みって……何? 僕…………眠い」
「ああ、そうだよな。悪い、手短に言う。――ロイド、俺に魔法を使ってくれないか? 魔力の滞りを治す魔法を、今すぐ俺に使ってくれないか?」
「…………え…………?」
するとロイドは眠気が覚めたのか、パッと両目を見開いた。
その顔が珍しく真顔になり……暗闇の中で俺を見上げる。
「本気?」
「ああ、本気だ」
「死ぬかもしれないよ?」
「わかってる。わかってて頼んでる」
「…………」
探るような目で俺を見つめるロイド。
その唇が、微かに嗤った。
「いいよ」
そう言ったロイドの瞳は、まるで坑道で初めて会ったときのように、妖しく微笑んでいる。
「君の頼みを聞いてあげる。でもこれだけは伝えておくね。――今から僕のすることは、この世界で誰もやったことのないことだ。君の中の閉じた魔力の通り道に、無理やり僕の魔力を注ぎ込んでこじ開ける。きっとものすごく痛いよ。痛くて痛くて、いっそ殺してほしいと思うかもしれない。どれくらいかかるかもわからないし、成功しても何日も痛むかもしれない。後遺症が残るかもしれないよ」
「…………」
「答えて、アレク。今の話を聞いても、君の決心は揺らがない? 君には本当にその覚悟がある?」
「…………」
正直言えばすごく怖い。怖くないはずがない。
それでも――俺の決心は揺らがないから。
俺が頷くと、ロイドは納得したのだろうか。
すくっとベッドから立ち上がり、どういうわけかクローゼットを物色し始めた。
いったい何をするのかと見ていると、戻ってきたロイドの手に握られていたのは、数本のロープとフェイスタオルで……。
――何だか、とても嫌な予感がする。
「……え。お前、それ何に使うの……?」
恐る恐る尋ねると、満面の笑みを浮かべるロイド。
「もちろん、これで君を縛るんだよ。途中で暴れられたら困るからね」
「――!?!?!?」
俺は戦慄する。
「なっ……、何もそこまでしなくてもいいだろ……!?」
「しないとダメ。手足四本ともベッドに括りつけるからね。あと口も塞がないと。君の叫び声で誰かが駆け付けてきても困るし、食いしばって奥歯が割れるのも防がないと」
「い……嫌だッ! 俺、ちゃんと耐えるから、それだけはやめてくれ……!」
「えー? 今さらそんなこと言っちゃうの? 君が縛られてくれないなら、僕も君の頼みは聞けないよ?」
「……ッ」
(こいつ……鬼畜すぎる……! )
――ああ、だが、こんなことで時間を食っている場合ではない。
俺は、今夜中に片を付けると決めたのだから。
俺は仕方なく承諾する。
「わかった。だがこれだけは約束してくれ。――俺は痛みに気絶するかもしれない。すぐに目を覚ますかもわからない。だから、全てが終わったとき俺が目覚めなかったら、お前がロープを外してくれ。すぐにだ。……俺は、他の誰かにそんな屈辱的な姿を見られるのは……絶対に耐えられない」
「うん、そうだね。僕も、できればそういうのは一人で楽しみたい方だし」
「…………」
ロイドの笑みに、俺の心は不安でいっぱいになる。
俺はもしかして選択を間違えたのではないか? ――と。
(いや……でも、今はロイドに頼るしか……)
俺はベッドに這い上がった。
そしてロイドの手によって……手足をベッドに縛られ、口を塞がれる。
前世の記憶も含め、人生で最も屈辱的な気分を味わいながら……。
――ああ、でも、今だけだ。少しの間だけ……痛みに耐えれば……。
今夜だけ……耐えれば……。
「じゃあ、始めるよ」
その声と同時に、ロイドの両手が俺の身体に触れる。
瞬間、触れられた場所に刺すような痛みが走り――それが全身に広がって……。
「――――ッ!!!!」
あまりの痛みに、声にならない悲鳴を上げる。
そして俺はあまりにもあっさりと、意識を手放したのだった。
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