転生したら乙女ゲームのラスボスだった 〜愛する妹の為にラスボスポジション返上します〜

夕凪ゆな@コミカライズ連載中

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第2章 北の辺境――ノーザンバリー

35.厳しい現実(後編)

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 ◇


 その夜、真夜中を過ぎ皆が寝静まった頃、俺は辺境伯の屋敷のバルコニーから、一人星空を見上げていた。

 辺境伯の屋敷は小高い丘の上に建っていて街全体が見渡せるのだが、この時間になると街はすっかり闇に溶け、夜空に浮かぶ月と、きらめく星々だけの景色になる。

 まるでプラネタリウムのような、作り物とも思えるような、明るく輝く沢山の星々。

 そんな美しい夜空を眺め……俺は、一人溜め息をつく。


「……どうすっかなぁ」


 俺は、正直落ち込んでいた。

 五日前、特訓を始める前は、全てが上手くいくと思っていた。
 才能に溢れたロイドに教えを乞えば、強くなれると信じていた。

 けれど、現実はそう甘くはなかった。

 ロイドだって万能ではない。そもそも、年齢で言えばまだまだ子供。
 才能のあるユリシーズはめきめきと実力を伸ばしているが、俺の身体についてどうにかしてくれと願ったのは、荷が重すぎたのかもしれない。

 今日もロイドの態度はいつもと変わらず軽薄だったが、それでも初日に比べると、考え込む時間が増えてきた。

 俺と目が合うとすぐに頬を緩めるのだが……ああいう性格のロイドでも、多少の焦りを感じているのだろう。


「……ほんと……情けねぇな……俺」

 あんな子供に頼らないと何もできないなんて……。

 俺は自分の無力さに打ちひしがれながら、しばらくの間、ボーっと夜空を眺めていた。

 すると、どれくらい時間が経った頃だろうか。部屋の扉がノックされ、「入るよ」と声がする。
 それはユリシーズの声だった。

 けれど、なんとなく話したくなかった俺は、良くないことだと思いつつも無視を決め込む。
 ――が、結局扉は開き、ユリシーズは部屋に入ってきた。

 ユリシーズはバルコニーに立つ俺の姿に気付き、静かに呟く。

「やっぱり、まだ起きてた」

 その言葉に大きな意味はなかっただろう。
 なかっただろうけど……俺は、どうしても言葉を返せずに、ユリシーズに背を向けた。


 ――ユリシーズは、この五日で目覚ましい成長を遂げていた。
 もともと魔法師として十分な素質があるやつだったから、その成長ぶりは納得だった。

 けれど、それを毎日のように側で見せつけられると正直辛いものがある。
 それに――だ。


(……俺……多分気付いちゃったんだよな。アレクがラスボスになる理由……)

 ――そう。
 俺はこの五日、考えて考えて考えて、そして気付いてしまった。
 アレクがラスボスになるのは、きっと俺のこのヘンテコな身体のせいなのだろうと。

 魔力を正常に循環させることができない……このイレギュラーな身体をトリガーに、ラスボスへの道を歩むことになるのだろうと。

(だって……それしかねーもんな。……ラスボスになる理由なんて)

 もしそうなら、このおかしな身体をどうにかすればラスボスになるのを回避できるということになる。
 けれど逆に、これがゲームの設定だというのなら、治ることはないのではないか……?

 どれだけ努力しようが、あがこうが、無駄なことなのではないか?
 そんな無力感でいっぱいになって、俺はこの先どうしたらいいのか、全くわからなくなっていた。

 バルコニーの手すりに身体を預け、俺は闇に沈んだ街を見下ろす。
 まるで誰も住んでいないかのようにすら思える、暗く静かな街。――あの闇に、俺も紛れてしまいたい。




 ふと気が付くと、いつの間にかユリシーズが俺の隣に並んでいた。
 ユリシーズは手すりに背を預け、星空を見上げている。

「ねぇ、アレク」
「…………何だよ」

 流石にこの距離で無視というわけにもいかず、俺は一応返事をする。
 いったい何の話だろうか……ま、何でもいいけど。と、投げやりな気持ちで。

 するとユリシーズは数秒沈黙したあと、静かな声でこう言った。

「もう……やめない?」――と。

「…………は?」

 その言葉に、俺は咄嗟に顔を上げる。

「特訓、もうやめない?」
「――ッ」

 繰り返された言葉に、俺はまるで心臓にナイフを突き立てられたかのように、途端に息ができなくなった。

「こんなこと言われたくないってわかってる。君に嫌われる覚悟で言ってる。でも言わせてほしい。君はもう十分頑張った。だから、もうやめて王都に帰ろう? 聖下の庇護下にある王都にいれば、君の命が危険にさらされることはない。それに……君がいなくても、リリアーナは大丈夫だよ」
「……っ」

 ――君がいなくても、リリアーナは大丈夫。

 それは、俺に対する戦力外通告だった。

 俺が決して言われたくなかった言葉。
 認めたくなかった言葉。

 それを……他でもないユリシーズが口にした。
 いや……違う。俺が言わせてしまったのだ。

 言いたくもない言葉を……言わせてしまったのだ。
 何よりも、俺の命を優先するために……。

 ――だが、それでも。

 頷くわけにはいかなかった。「わかった」と言うわけにはいかなかった。
 
 なぜなら、もし今ユリシーズの言う通り王都に戻ってしまったら、俺にはきっとバッドエンドが待っている。
 何一つ変えられないまま、最後にはゲームのシナリオ通りリリアーナに殺されることになるだろう。

 それだけは絶対に嫌だった。
 俺は、リリアーナに俺を殺させたくはない。――たとえリリアーナと旅を続けられなくとも、何の収穫もないまま王都に戻ることはできない。

 リリアーナと別の道を歩もうとも、現状を打破するために全力を投じねばならない。
 決して諦めてはならない。

 それだけは……決まっている。
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